29.へんかと、とくしゅせい。
「……ギルドを改変?
おれが、かぁ?」
「はなしを聞く限り……他に、表現のしようがないかと。
シナクさん。
あなたは、おそらく必要に迫られて、なのでしょうが……目につくものすべてを徹底的に合目的に改良してきました。ギルドも、シナクさんの資質や性格を理解した上で、要所要所でシナクさんを投入し、積極的にシナクさん的な合理化思想をギルドに広めるよう、動いている節があります。
ここ数ヶ月、修練所で使用される教本に、シナクさんの思想が書かれているとするのなら、新人冒険者のほとんどが間接的にシナクさんの影響を受けていると……そういうことになるのではないでしょうか?
そして、そういった新人冒険者と、旧来の冒険者とでは、気質的に異なる点もあり……現在では、旧来型の冒険者もギルドが押し進める合理化思想に染まり、取り囲まれつつある。
ですが、シナクさん。
こうした……目的や機能を最重視し、課程をとことん最適化する……といった合理性を組織ぐるみで邁進する……という事例は、他の場所では、まずみられません。たとえば、本来ならば合理的でなくてはならない王国軍の中でも、いまだに身分とか血縁とか、そうした古い因習にとらわれているのが実状です。
王国とはいわず、大陸の他の地域でも同じようなものでしょう。
実力がありさえすれば出自や身分にとらわれずに登用され、報酬も保証される。
それどころか、異族や異世界の技術や知識でさえ、役にたつのであれば積極的に取り込んで利用する。
実績をあげさえすれば、正当に評価される。
恐ろしいまでに公正、透明、公平な社会。
今のギルドの組織形態は……どうみても、時代を先取りしすぎなのではないでしょうか?
そして、シナクさんという人間がいなかったら……果たしてギルドは、今のような形で存在しえたでしょうか?」
「ふふん。
興味深い。
実に、面白い観点を持ち出してくれたものだの、魔法兵。
まず、大陸の他の地域に、今のギルドかそれに近い、合目的な組織がほかに存在するのか……という問いに答えよう。
ない。
皆無じゃ。
少なくともわらわが家を出る半年ほど前までは、影も形もなかった。
大陸中の情報が集まってくる帝室の関係者として、それだけは断言できる。
次に……シナクがいなかったら、ギルドは今の形で存在していたかという問いだが……」
「……そんなわけは、なかろう。
拙者……ギルドが迷宮の攻略に失敗した世界から来たものだが……あちらのギルドにはシナクがいなかったせいか、今にして思えば実に旧態然とした機構で無駄も多く、冒険者の数も少なかったし、新人冒険者を増やそうとか育てようという機運すらなかった。
あちらが失敗したのは、決してそれだけが原因なのではなかろうが……それでも、シナクがいた場合といなかった場合、両方のパターンを見聞してきた拙者は、堂々と断言ができる。
あちらのギルドは……こういってはなんだが、こちらのギルドと比較すると、実にしょっぱくてしょぼかった。
しかし……そうか。
確かに拙者も、こちらのギルドには大きな違和感を抱えておったのだが……その原因が、今になって腑に落ちたわ」
「あはははは!
さらにいうとだね、今の迷宮には、異世界の知識を求めてくる帝国大学の学者先生とか富を求める商人とか、転移陣網の利用者が毎日行き来しているわけだね!
そんでもって、大陸の他の地域とは圧倒的に異なる、迷宮の中の空気を見聞して地元に戻って、そのことを触れ回っている最中なわけだよ!
目端の利いたものなら、真似をしはじめている頃合いだし……たとえそういうのがなかったとしても、迷宮発の製品や知識は大陸中から注目されているし!」
「シナクさんがギルドに影響を与えたように、これからはギルドや迷宮の文化が大陸中に、否応なく波及していくのでしょうね。
ここ最近でも……例えば、これなんですが……」
「その懐中時計が、どうかしたか?」
「時刻とは……今までは、町に一つとか二つくらいある鐘が告げるものでした。
機械式の時計も、あることはありましたが……いかんせん高価で手入れも難しく、一部の上流階級しか所有できませんでした。
しかし、この懐中時計が売り出されるやいなや、あっという間に普及し……その結果、効率という概念も広まりました。
それまでは、仕事の進行具合を確かめる単位は一日にどれくらい進んだか、だったのですが……いまでは、一時間にどれくらい進んだかで考える習慣が、広まりつつあります。
他にも……馬車用の板バネの改良、荷馬車の規格化、船への荷の積み卸し作業を効率化するための起重機、衛生という概念、栄養バランスという概念、大量生産という概念……など、迷宮から発して大陸中に広まりつつあるものは、有形無形を問わず、数多くあります。
迷宮発の商品や無形の概念が……今、大陸の姿を変容させている最中であるわけです」
「そ、それは……。
異世界から転生を果たした主人公たるこの余が、本来であるならば担うべき役割だったはず……」
「数十の図書館の蔵書にも匹敵する情報量を内蔵したピス族の機械が存在し、専門の研究者が継続的にその内容を検証し続けている現在……うろおぼえの異世界の知識とやらが、いったい何の役に立つというのですが?」
「……うっ……」
「このままいくと……迷宮を攻略し終える頃には、われわれの住むこの世界そのものが、大きくその姿を変えていることでしょう。
怪物を倒そうとする者は、怪物になる必要がある。
昔、そういった劇作家がいるそうですが……迷宮を攻略する課程で、否応なくわれわれも迷宮にその姿を変えられている……。
そんな気がします」
「その変化に先鞭をつけ、迷宮という特殊な環境に真っ先に適応したのが、このシナク。
そのことを見抜いたギリスが、他の冒険者にももっと迷宮に適合するようにしむけ、ギルドの機構もそれに適合したものに改良を重ねた。
それが、現在までの経緯」
「……どーれもいいけど、風呂敷広げすぎなんじゃないかぁ……。
結果的に、たまたまそうなったってだけ、ってはなしで……」
「シナクさんの怖いところは、ご自分のなさっていることの意味に無自覚であるということです。
それでいて、いざというときは最適解に近い選択をしてくれるし……。
三種の知的種族やドラゴンに、グリフォン。
それらに遭遇したのは偶然かも知れませんが……その接触を成功させたのは、他ならぬ、シナクさんご自身の選択です。
今では、数千人以上の冒険者が迷宮内で活動しているそうですが……いざというときに、シナクさん以上の判断を出来る方が、はたしてほれほどいることでしょうか?」
「……そういう、たらればを重ねた問いかけってのは、あんまり意味があることだとは思わないけどな。
おれにしたって、無難な対応をしていたら、たまたま成功したってだけだし……」
「……たまたま、でそんな業績を残されたらぁ……。
われわれ、あとに続く凡庸な冒険者はぁ、泣きたくなりますわよぉ……」
「おれやルテリャスリ王子のような特性持ちでも、無理だな。
そういうのは……補正や特性などの特殊能力があっても、なんの役にもたたん。
未知の種族や強大なレアモンスターに遭遇しても平常心を持ち続ける胆力と、なにが最上の選択かを考え、即座に結論を出して交渉に入れるくらいに頭が回る冒険者、か。
確かに……あまり数は多くなさそうだ」