24.ちてきしゅぞくと、ぎるどのふたん。
「そう考えれば、帝国が国是として掲げるあの大陸法。あれはひどくよくできた施策であるな。
弱小民族や種族を保護し、同時に他の勢力との交易を推奨する。いってしまえばそれだけの法なのだが、無実化せずに長年に渡り実績を作り続け、しかるべき税収も生み出しているているのが凄い。
あの法がなくば、例えば無文字社会の住人であるリザードマンなどは、ヒト族以下の野蛮種族と認定されて、あっけなっく滅ぼされていたか隷属化されていたか……。
ほぼ確実に、そんな行く末を辿っていたことであろう。
この余の、前世の記憶にも、それを裏付ける事例には事欠かぬ。
あのリザードマンはな。自らの言語を表記する文字を持たないことと、それに体格や身体能力に恵まれていることばかりが一般には印象に残っているわけであるが、決してそれだけの種族ではない。
声帯の関係でヒト族の言語を発声することこそ不可能であるが、ギルドの教本を読む必要に迫られて、小学舎に通うリザードマンは少なくはない。それどころか、ヒト族を含めたどの種族よりも短期間で文字の読み方やヒト族の文法をおぼえて使いこなせるようになっていく。一般にはあまり知られていないが、卓越した記憶力も種族的な特性なのであろうな。
それだけではなく、あれらはどうも、先天的に数学的な才能も秘めているらしい」
「……数学的、っすか?」
「数学、といっても通じぬか。
計数……算術……正確にいうのなら、もっと高度な処理や概念も含め……誰に教えられるわけでもなく、やつらリザードマンは、自然と理解できるようなのだ。
いくつか例をあげると、虚数を含んだ計算や多元連立方程式を、幼子でさえ暗算で解答ですることができる。
どうも、その……ヒト族とは、頭脳の構造が、根本的に異なっておるようだな。
帝国のリザードマン研究者は当の昔にその事実に気づいておるし、やつらを単なる傭兵として扱うなど言語道断、あまりにももったいない。もっと有効に活用すべしと、以前より唱えておる。
事実、今、迷宮では、帝国側の仲介で、ピス族の疑似知性機械でやっていた処理の一部をリザードマンが代行できないものか、という研究が進められている最中だそうだ」
「……はー。
なんか、聞いていると……。
能力的に見ると、ヒト族が一番、脆弱で貧弱っすね」
「そのかわり……むやみに数が多いからな、ヒト族は。
まあ、そんなわけで、複数の知的種族が競合、協力しあって次々と新しい商品や文化を発信していくあの迷宮は、今や王国や帝国のみならず、大陸中からも注目を浴びているわけだ。
数日前、魔王軍の侵攻騒ぎの際も……迷宮各所に設置された隔壁が有効に作用していたこともあって、共用部や商用部は最後まで平常運行を貫いた。
あそこは……今となっては、大小の商会や各国為政者の手先が集散する重要な場所となっている。いいかえれば、迷宮が機能していさえすれば、多数の大きな取引があそこで成立し、物や金が流れ……端的にいえば、金が発生するのだ。
安全が確保されていることにギルドが揺るぎない自信を持っていた……ということの他に、今、あそこを安易に閉鎖したりすれば、例え短時間であっても膨大な経済的損失が発生する。
そのため、ギルドも滅多なことでは閉鎖できぬようになってしまっておるのだな。
今の迷宮には、物や金、人や情報のみならず、なにかの拍子にそれまでの弱者が大物に転じる、なりあがる機会が転がっている……というイメージが付随する場所となっている。
わかりやすい例をあげれば、身ひとつで出向いて一旗揚げられる冒険者になるわけだが、商人や学者、それにまつりごとに携わる者にとっても、そうした機会が転がっているかも知れない……と、思わせるだけの場所となっている。
迷宮幻想……とでも、呼ぶべきかな。
一部の成功者の陰には多数の敗残者が存在するのが道理。
しかし、自分が成功するはずと思いこんでいる者の目には、そうした暗部はうつらない。
だから、あそこは、迷宮は……まだまだ、多種多様な人種が集まって……ますます、栄えるぞ」
「王子様のいうことも間違いないし、長期的にはそうなると思うんだけど!」
「おぬしは……確か、コニスどの、といったか?」
「はいな!
冒険者兼ギルド出入りの武器商人!
迷宮関連の案件にも早くから参入してるんで、いろいろな裏情報も知ってるよ!」
「それは、興味深いな。
なにか意見があるのなら、伺ってみようか」
「最終的には、今、王子様いった通りの流れに収束していくとは思うんだけど、短期的には大小様々な問題が山積みで、ギルド側はひとつひとつそれを解消していかなければ先に進めないんだね!
今、一番わかりやすい例をあげれば……元魔王軍の人たちを、どうするかという問題!」
「やつらの処遇か?
迷宮では、目下、空前の人手不足だ。
まとまった人材を確保でき、雇用にあてられるのであれば、願ったりかなったりではないか……」
「そう単純に解決出来れば苦労しないんだけどね!
魔王軍の人たちが使用していた言語は、二十数種にのぼり、困ったことに……これまでに知られているどの言語とも文法からして異なっているものも含まれる!
つまり、これから研究されていくというわけで、彼らと日常会話が出来るようになるまで、ある程度の日数が必要とされる見込みなんだね!」
「その間……彼らは、せいぜい、単純肉体労働くらいにしか、従事できないわけか……」
「それもあるけど!
もっと根本的な問題として、その間、一気に数万人単位で膨れ上がった迷宮内人口、それを支える食料は、どっからどう調達するのでしょうか!」
「……あっ……」
「あっ……」
「……そりゃ……」
「盲点、だな」
「今のギルドは、お金はあるから各地から買いつけは出来るよ! 場合によっては、帝国からなにがしかの補助金も出るかもしれない!
でも……お金の問題だけではなく、流通の経路や量の問題があるんだよね!
人間、生きている限り食べていかなくてはならないわけで、ましてや、最近の迷宮は、ほとんどの食材を輸入でまかなっているし、すぐそこには定常的に五万人分の食料を搬入している王国派遣軍がある!」
「……道が、混雑するな……」
「いや、それ以前に……食料が、穀物などが、軒並み高騰するんじゃないか?」
「ギルドの渉外さんは、今や大国内のみならず、一部国外にも散らばっているし、極力、周囲に悪影響を及ぼさないように買いつけを行ってくれるだろうけど……いずれにせよ、国内外の遠い土地から運んでくるわけだから、買いつけした物資が実際に迷宮につくまでには、タイムラグが発生するんだね!
それまでは備蓄分を放出してなんとかやりくりするしかないわけだよ!
迷宮に出入りしている商人の中は、これをいい機会だと思って食料品を売り込んで来ている人もいるしね!
これなんかはあくまで一例!
実際には、まだまだ問題はいっぱいあるんだろうけど!」
「……なるほど……」
「生きている人間、養わなけりゃならない口が、一気に数万人分も増えたら……」
「そりゃ……ギルド職員の処理能力は、軽くパンクするだろうな……」
「……おれたちが、骨休みできるわけだ……」
「ギリスさんも、大変だな。
知的種族の担当は……今、キャヌさんとマルガさんの二人だったっけか?
あの二人も、今ごろてんやわんやになっているんだろうな……」