22.あんまいすとぜんせいのかち。
「……ティリ様、なかなか解放してくれないんだもんなあ」
「シナクが勝ち逃げをしようとするからじゃ」
「はいはい。
ん?
……なんだ、全裸。
その奇っ怪な椅子は?
さっきまでなかったはずだが……」
「こ~れ~は~按摩椅子なのだぁ~」
「なかなか~具合がいいぞぉ~」
「さっき~塔から~転送してきたぁ~」
「温泉にはこれがつきものだそうだぁ~」
「あれま。
剣聖様まで」
「按摩か……。
これ、気持ちがいいのかの?」
「興味がおありなら、試してみてはいかがですか? ティリ様。
おれは……このガクガクした振動具合に不穏なものを感じるので、遠慮しておきますが……」
「そうじゃの。
剣聖とか魔女とかくらいに肉づきがよければ気持ちよさそうじゃが、わらわのように肉が薄いと直接骨に響いてかえって痛そうじゃ」
「「……あ゛あ゛ん?」」
「ほらほら。
ティリ様も、目上の人を刺激するようなことをわざわざいわないでください」
「それもそうじゃの。
喉が乾いたし、お茶でもいれるか……。
温泉玉子とかいうのも食してみたいし……」
「あれって、ゆで玉子とどう違うんですかね?」
「微妙な風味とか異なるのではないか?
実際に食してみれば、いずれはっきりしよう」
「それもそうっすね……」
「……正直、あまり期待していなかったが、なかなかにいいお湯であった」
「まったくで、王子。
さてと、これでようやくメシにありつけますね……」
「……おお!」
「どうしました、王子?」
「卓球台にマッサージチェア!
これぞ温泉?」
「卓球はともかく……まっさ……なんですって?」
「前世の記憶においても、これらのアイテムは温泉宿には必須であったのだ!
コイン投入式の有料テレビとか型遅れのビデオゲームなどがあればさらに完璧といえる!」
「ど~こ~の~昭和人だぁ~」
「その的確なつっこみ!
ひょっとしてあなたも……異世界からの転生者、もしくは、転移者か!」
「あ~い~に~く~と~、わたしは~、こっちの世界~、原産だ~。
ただ~、あ~ち~こ~ち~の~世~界~を~の~ぞ~き~見~る~こ~と~が~で~き~る~の~で~、知~識~だ~け~な~ら~多~少~は~あ~る~」
「なんと!
では……やはり、余の……前世の記憶は……夢想や妄想ではなかったのだな!」
「……よっと」
「魔女よ。
次は拙者がこれを試しみてもよいか?」
「好きにしろ。
別の世界、か……。
在るといえばある、無いといえばない。
こちらの世界からは本来干渉も鑑賞も出来ないはずの世界を……どう位置づけるべきなのか?
それは、『存在する』という語を明確に定義づけなければ有効な結論を下せぬ命題だな。
仮のその世界とやら実際にあるにしても、こちらからは手が届かないし見ることも感じることも出来なければ、最初から存在しないのとなんら変わりはない」
「な……なるほど……」
「ついでにいうと、生まれ変わりやその際に遭遇するとかいう全能者、いわゆる神についても、その存在を客観的に説明づけることは難しい。
それらはたいてい場合、主観的に認識しうるだけであり、決して普遍的に、誰にでも観測しうるものではない。
だから……前世とかなんとかいう怪しげな代物は、主観的なものとしてなら存在しうる……としか、いえないのではないか?
それが、公正なものの見方であると思うが……」
「いや……確かに。
余にしても……誰かに余の正しさを証明したいのではなく……余が産まれ持った知識を有用に活用したいだけであるしな。
ふむ。
確かに、確かに。
無用なノスタルジーに浸っている場合ではないな……」
「……おーじさまー。
せっかく用意してもらった晩飯、冷めちゃいますよー」
「……おお!
今いく!
魔女どの……とかいったか?
おぬしはなかなかに興味深いご仁だ。
のちにゆっくりとはなす時間を割いていただければありがたい」
「そのときになってみなくては、なんともいえんが……ま、気が向いたら、な」
「では、ひとまずは……ごめん」
「お~お~お~。
な~か~な~か~い~い~な~、こ~れ~」
「そ~う~で~あ~ろ~う~、リ~ン~ナ~」
「……これが……」
「温泉玉子……なのか?」
「そう。
トトの、温泉玉子」
「……トト?」
「トカゲトリだかトリトカゲだかの略称」
「ああ。
ダウドロ一家が試験的に養殖しているっていう、大量発生モンスターか……」
「そう、それ」
「鶏卵よりも……何倍も大きいの」
「味も、なかなかいいそう。
食用試験は、すでに完了している」
「それを、温泉に浸してみたわけか……」
こんこん。
「……大きいだけあって、殻も、かなり厚そうだな」
「シナク。
例の短剣」
「おお。
任せておけ、ルリーカ。
では……」
「……こら」
パシッ!
「……なんだよ、全裸」
「わたしは、玉子の殻を割るためにその短剣をお前さんに渡したわけではないぞ」
「だけど、手持ちのなかでこいつが一番切れ味が鋭いんだよ。
キッチンにあるナイフはもう全滅だっていうし、一応食べ物なんだから、ハンマーとかノコギリを持ち出すよりは、まだしもこの短剣のが体裁がいいだろう?」
「それは……そう、なんだろうが……」
「全裸も、この温泉玉子……どんな味がするのか、試してみたくはないか?」
「それには、確かに興味があるな」
「この玉子は大きいから、昨日の朝から温泉につけ込んだ」
「ルリーカ……。
……わざわざそのために、事前にこっちに転移してきてたのか?」
「そう。
大きい分、熱が通るのに時間がかかると思って」
「丸一日以上、温泉に漬け込んだトトの玉子……どんな味がするのか、この場で味わってみたいとはおもわないのか?」
「それは……確かに、興味深い問題だな」
「では、問題ないな」
しゅっ。
「おお。
鮮やか斬り口じゃな!」
「中は、ちょうどいい具合にとろっとろだな。
メイドさんから小皿もらって、取り分けよう」
「そうじゃな。
わらわが、さっそく借りてくる!」
「ああ。
別に駆け出さなくても……」
「……ほれ!
小皿とスプーンじゃ!
はよ取り分けよ、シナク!」
「ああ、はいはい。
では……白身と黄身の部分を、少しづつ盛って……。
と。
こんなもんかな?」
「ふむ。
では、早速試食しようではないか!」
「はいはい」
「いただきます」
「いただこう」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……なんか……」
「……決して、まずくはないが……」
「……ふつー……」
「……少し味が濃いだけの、玉子だな……」
「……王子様。
なんか、向こうは楽しそうっすね。
大中小の女の子に、自然に囲まれてて……」
「いうな!」
「対して、こちらは野郎二人でぼそぼそとした晩餐……」
「それ以上、いうな!
より一層、惨めな気分になるだけであろうが!」
カンコンカンコンカンコンカンコン……
「こっちはこっちで、いつの間にやらダブルスになっているのであった!」
「パニスさんとテリスさんのパスリリ家姉弟組と、ククリルさんとマルサスさんの新人冒険者組の対決ですね」
「なかなかいい勝負になっているね!」
「パスリリ家姉弟は、魔法使いとはいっても代々軍に仕えているお家柄。
ひ弱、という一般的な魔法使いのイメージとは異なり、いつでも従軍できるように幼いことから鍛錬を欠かさないと聞きます」
「新人冒険者組も負けてはいないね!
みんな、たかが温泉の余興にどうしてそこまで真剣になるんだよ!
っていいたくなるぐらいに真剣なラリーが繰り広げられてるよ!」
「コニスちゃん。
それをいったらお終いですよ」