21.おんせんにはつきもの。
「……ふぅー……。
なんだかんだで、いいお湯だった。
途中から説教くさくなったのと、思いの外はなしが長引いて少し湯あたりしたのがアレだが……」
「わははははは。
まったくだ」
「……お前はおれが説教くらっている間、子どもたちと一緒になって遊んでいただけじゃねーか、バッカス」
「わははははは。
自分の子どもと遊ぶのは、所帯持ちの特権だな!」
「……あーそーかいそーかい。
ったく、嫌みのいい甲斐がないやつだ……」
「……というわけで、宮廷内に有効な人脈を作ることにも失敗した余は、内政方面から改革を進めることを選択し、国内外の産業や経済の構造や同行について調べさせ、それを学んでおったところなのだ。
そこに、ほれ。
例の、迷宮が出現したわけよ。
あれが金の成る木であることは早々に判明したわけであるが、同時に、地方領主でさえ直接に管理せず……それどころか、それまでまるで存在感のなかった辺境の弱小冒険ギルドがほぼすべての権益を独占していると判明したとき、利権に聡い大貴族どもの悔しがる顔といったらなかったわ。しかも、どうした加減が次々に発生した諸問題を外部からの手助け抜きにクリアし続け、容易に介入する口実を与えない隙のなさ。
宮廷も慌てて国軍から大陣容の派遣軍を起こすことを決定し、大貴族どもその流れに便乗した。
口実を儲けてなんとか利権に食い込もうとするどん欲な意志は見え透いていたが、なんとか当初予定されていた人員もかき集め、いざ出発……となったら、今度は司令官職を勤める大貴族の息がかかった者たちが、行軍の途上で急病その他の理由で続々と職を辞して次の人事が決定する前にさっさと郷里に帰ってしまう珍事が起こる。
これとて、直接的な証拠はなかったことになっているだ、偶然にしてはいささか出来過ぎておる。大貴族どもがこれ以上、のさばることを面白く思わない何者かの意図を感じるな。問題は、やつらは普段からあまりにも多くの敵を作りすぎておるゆえ、容易に犯人を特定できないということだ。
この余自身も一度、賊に軍中の寝所に侵入され、襲われかける……という得難い経験をしたものであるが、そこからもわかるとおり、派遣軍の要人警護はお粗末もいいところだ。形だけなんとか取り繕っておいて、実効性は検証されておらん。
あえて……なのであろうな。
あの参謀長は……王族だの貴族だのを官僚の手駒としてしか見ておらん。ゆえに、形式以上の敬意を払うこともない。
事実……あの軍においては、参謀長より上の司令官職は有名無実でなんの決定権も持たぬ飾りでしかないのだから、いくらすげ替えても軍の機能には支障がない。
余の立場からいえばその不敬さを叱責せねばならぬのであろうが、あれはあれで筋を通しておるし、なにより私欲によって動いているわけではないから、どうにも腹を立てる気にもならん。
で……大貴族どもがすごすごと尻尾を巻いて逃げ出した結果、産まれ持ったちーと能力のおかげもあって、いよいよ余が担ぎ出されるわけであるが、これは、近い将来、国政に手を出さんと準備を進めておった余の動きを敏感に嗅ぎ取った一派が、余を宮廷から遠ざけるための口実でもあったわけだ。
なに、余にしてみれば一挙手一投足を監視されるような環境から脱出できるいい機会であったわけだし、願ったりかなったりもいいところであるわけだが、やつら既得権益を手放したがらない連中にはそこまで想像できまい。
事実、ギルドに身を寄せ迷宮内に潜伏した余はかねてより構想しておった諸々を、徐々に試しはじめて今にいたる。
一番成功し成果をあげておるのは、将来実施する予定の義務教育、その雛形ともいえる少学舎で……」
「……ハイネス、おつかれぇ。
はい。
縄を解くねぇ……」
「おお。
もういいのか、ククリル」
「いつまでも冷たい廊下に転がしておくのも、忍びないしねぇ……。
はい、王子様もぉ……」
「む。
すまぬ。
手数をかける」
「いやまあ、王子様のおはなしが面白かったんで、思ってたよりも退屈はしなかったけどな」
「なぁにぃ?
懲りずに、やぁーらしぃはなしでもしてたのぉ?」
「いやいや。
もっと、真面目なはなし。
国政とかなんとか。
この王子様、ときおり前世がどうのこうと訳がわからないことをしゃべりはじめるのが難だが、想像していたよりもずっとまともだわ」
「当人の目の前で、酷いいわれようだな」
「全裸で女湯に突撃した人がぁ、なにをおっしゃいますかねぇ」
「……むむ。
それをいわれると……」
「ほれ。
二人とも、さっさとお湯に入って暖まってらっしゃい。
寛大なことに、夕食もこれから用意してくださるそうですから……」
「……いくわよ! 辺境の!」
「魔法兵には、負けない」
カンコンカンコンカンコンカンコンカンコン……。
「……なにをやっているんだ?」
「やぁやぁ、シナクくん!
知ってた?
ルリーカちゃん、あれで結構卓球が得意なんだね!
今、パニスちゃんと魔法使い対決やっているんだけど……」
「三対二で、ルリーカさんの方が優勢ですね」
「ルリーカ、体は小さいし体力も筋力も頼りないけど、あれで運動神経は悪くないしな。
たまに一緒に仕事していると、真っ先に異変に対応して誰よりも早く動いたりしているし……」
「詠唱も早いしね!」
「で、こっちは……」
「もう一回だ、帝国皇女!」
「ふふん。
いくらでもつき合ってやろうではないか、魔法剣士よ」
「リンナさん、負けがこんで何度も繰り返し、ティリ様に挑んでます」
「速度や反射神経だと、圧倒的にティリ様が有利だよな。
職能的にみても」
「そうなんですが……どうも、だからこそ、悔しくて仕方がないそうで……」
「負けず嫌いなところあるもんなあ、リンナさん」
「卓球なら、身体能力補正はあまり関係ありませんね」
「魔法もな!」
「テリスさんと、カスクレイド卿か……。
なんという組み合わせ」
「意外と接戦です。
カスクレイド卿、動態視力などは常人離れしていますが、速度や反射速度は十人並みなので、いい勝負になってますね」
「長期戦になってくると、息の切れないカスクレイド卿が有利になってくると思う」
「レニーやコニスはやらんの?」
「ぼくは、補正の関係で、球技関係はフェアな勝負になりませんから……」
「空いたらやるけど、卓球台三台しかないしね!」
「あっ、そ」
「……くっそぉっ!
また負けた!」
「あ。
リンナさん、切れた」
「……シナクよ」
「は……はい」
「拙者の仇を取ってくれ……」
「……たかが卓球で、そこまで深刻な表情作らないでも……。
はいはい。
では、交代しますかね」
「おお、今度はシナクか!
魔法剣士よりはいい勝負になりそうだな!」
「はいはい。
ではティリ様、いきます……よっ、と」
カンコンカンコンカンコンカンコンカンコン……。
「……無念……。
そこのおぬし、冒険者同士の縁だ。
おれに替わって、あの魔法兵めに目にものをみせてやれ!」
「自分がですか?
では……」
「はいはい。
手を抜いたら、あとでひどいわよぉ、器用貧乏のマルサスぅ」
「その呼び名はやめろ、ククリル!」
カンコンカンコンカンコンカンコンカンコン……。
「しかし、平和……というより、ひどく緩い光景だな。
温泉だけに」