19.しなく、なぶられる。
「浴室は、しばらくあの二人以外、誰もいれるな。
おそらく、十八禁な光景が繰り広げられるであろうからな。
他の者には刺激が強すぎたり、教育上問題があったりする」
「かしこまりました、ご主人様」
「……だから、この酒も畳も浴衣も、みな東方経由で大陸に広まったものだ」
「そうなんですか? リンナさん」
「そうともよ、シナクよ。
東方の文化は、自堕落になる楽しみについてはとことん追求する傾向がある。
温泉につかってうまい料理を食べていい酒を飲んで、そしてまた温泉につかってごろごろする。
これ以上に心地よく努力を要しない娯楽が他にあろうか!」
「まあ、この浴衣にて畳の上に座るのも、はじめのうちは奇異に感じたものだけど、慣れてみると楽でいいっすけどね」
「ふむ。
杯が空になっておるな。
まあ、飲め」
「あ、これはどうも。
この清酒ってやつも、飲みやすいからついつい飲み過ぎるようで、かえっていけねえや」
「なに、こんな小さな杯ではないか。
酒精も、ガラムなどの蒸留酒よりはよほどゆるやかなはずだ」
「なぁ……シナクよぉ……」
「なんすか、リンナさん」
「ちょっと試したいことがあるのじゃが……少し、協力してはもらえまいか?」
「……あー。
まあ、ものによりますが……誰かに危害を加えたりすること以外でしたら、出来るだけ協力させてもらいますが……」
「ふむ。
それでは……」
かぷっ。
「……うひぃ!」
「ルリーカも、参加」
かぷっ。
「……わひゃぁっ!」
「それでは、拙者も……。
シナクの耳は長いから、まだ甘噛みする余地があるな」
かぷっ。
「……あひょっ!
ちょ……リンナさんまで!
三人とも、いきなり……」
「……ふぅーっ……」
「わたぁっ!
駄目!
息を吹きかけるの、禁止!」
「なに。
剣聖様に、シナクは耳を噛まれると全身から力が抜けて動けなくなると聞いてな……。
少々、試してみようかと……」
かぷっ。
「……あっ……。
本当……。
駄目……。
三人とも……。
もう……んっ!」
「うーむ。
少なくとも、耳が弱いという情報は、確かなようだな」
「涙目になったシナク、可愛い」
「気のせいか……この、耳の先の尖った部分をコリコリすると……シナクの頬が、より一層紅潮するような……」
「どれどれ……。
おお……本当だ。
真っ赤になって、全身を身震いさせておる……」
「ねえ……シナク。
……感じる?」
「……なんか向こうでは、直接的な行為でない分かえって扇情的にみえないこともない光景が繰り広げられていますが……」
「あんな描写ばかり長々とやっていると、またノクターンに逝け! とか感想に書かれるに違いないね!」
「規約的に大丈夫ならなにをやってもいいってことはないわよねぇ。
良識的な意味でぇ」
「独り身としては、なんとも目の毒になる光景で……」
「マルサス、いい加減、彼女でも作ったらぁ。
身分も、それに今では実入りの方もそこそこいいんだしぃ、ハイネスと違って誠実そうにみえるんだから、よりどりみどりでしょうにぃ……。
若い男の冒険者なんて、今、迷宮に来るいいとこの観光客にモテモテなのよぉ……」
「自分、不器用ですから」
「モテないとか女の扱いが下手だと素直にいわないあたりが、確かに不器用よねぇ」
「わはははははは。
おれにはかーちゃんがいるから、関係ないな!」
「で……あの中のどれが、ぼっち王の本命なのだ?」
「それがはっきりしていれば、あんなことになっていないんだね!」
「シナクさんも、仕事以外の私生活ではかなりのヘタレですからねえ」
「あらあらあらぁ。
そうなのぉ。
そのへんのこと、よく知りたいものですわぁ」
「さらにいうと、シナクくんに懸想している娘は他にもいるしね!
個人情報保護のため、誰とはいわないけど!」
「「「「「……きゃーっ!」」」」」
「おっ。
剣聖様のところの娘さんたちが、食いついてきた」
「そうなんですか?」
「やっぱり、可愛い顔をしているから!」
「その癖、ぶっちぎりでトップの成績を収める冒険者とか!」
「ギャップですか!
やっぱりギャップ萌えなんですか!」
「あはははははは。
シナクくん、こっちでもモテモテだね!」
「謀ったな、剣聖」
「さて、なんのことか?」
「まあいい。
あまり追求すると、せっかくの酒がまずくなるしな」
「そうさの。
そこの点には、同意する。
酒は、おいしくいただなくてはな」
「……王子様。
屈辱的とかなんとかいう以前に……すっかり忘れ去られていることが、とっても、むなしいです」
「いうな!
ハイネス!」
「……はぁ……。
ようやく、解放された……。
なにか……人間として、男として……大切なものを失ったような気がする……」
「おおげさだのう、シナクは。
なんなら、仕返しにわらわの耳でも噛んでみるか?」
「さらに大きなものを失いそうなんで、遠慮させていただきます、ティリ様」
「なんなら、拙者のでも……」
「ルリーカも……」
「おれ、誰の耳も噛みたくはありませんから、ええ」
「やはり、シナクはヘタレだの」
「ヘタレ、ヘタレ」
「なんとでもいってください。
なんといわれても、譲れないものというものはあるんです」
「そこのところだけ切り出してみると、とてもカッコいいセリフなんですけどねぇ」
「譲れないものというのが自分の理性か貞操か、というあたりが、なんともいえず……」
「うるせぇ!
さて……気を取り直して、お湯にでも浸かってくるか……。
ん?」
「今は、別の方が使用中なので、ご遠慮していただきたく……」
「……そうなの?
メイドさん」
「残念ながら、そうなのです。
シナク様」
「……そいつは、残念」
「今しばらく、お待ちしていただきたく」
「……しかたがないっすね……。
そういうことなら……」
「……おーい、ぼっち王!
そっちでばかりいちゃいちゃしていないで、こっちに来て酌でもしろ!」
「はいはい、剣聖様。
どうせすっかり酔いも醒めちまったし、酌くらいいくらでもしますよ、っと……」
「おう!
来い来い!」
ぐいっ!
「……おっ?」
どさっ。
「……なんの真似ですか? 剣聖様」
「ぼっち王よ。
どちらの方が、大きいと思う?」
「……はぁ?」
「その魔女と、ちょいとした論争になりかけてな。
魔女のを触りなれているおぬしなら、判定役としてちょうどよろしいかろうと……」
「……だからな、これのはなしだ」
「ちょ……。
そんな、力を入れて押しつけないでください!」
「ほれほれ。
どちらの方が大きいと思うか、忌憚のないところを申し述べてみよ」
「……そんなん、実際に計るかバッカスに判定去させればいいじゃないっすか!
ってか、剣聖様!
あんた絶対酔っているっしょっ!」
「馬鹿いえ!
とーちゃんにあたし以外の女の胸を揉ませるわけがないであろう!」
「おれが剣聖様のを揉むのはいいのかよっ!
無茶苦茶だぞ、その理屈!」
「……んー。
確かに、おぬしは抱き心地がよく膝の上に乗せて愛玩するのにちょうどよい大きさだの。
魔女が手放したがらない理由がよくわかる……」
「おれはペットかぬいぐるみですか?
ってか、あんた、人のはなしぜんぜん聞いてないだろぉ!」
「んっふっふっふっ……。
うまそうな、耳……」
かぷっ。
「……ひゃっ!
やっぱ……すっかり出来上がっちゃっているよぉっ、この人ぉ!」