15.おんせんへいこう。
「ま、元魔王軍の始末は、ギルドの領分だ。
その中のいくらかは冒険者になり、いくらかは迷宮で働き、それ以外は機を見て余所の土地に流れていくだろう。
こちらの言葉をおぼえるまでは、いずれ迷宮周辺にとどまるより他、ないのだろうけど……」
「ええ。
どのみち、侵攻した先で、大本の軍が瓦解したのです。
扱いとしては……かなり寛大な処置にはなると思いますが……」
「敗軍の将兵というより、難民として扱うだろうからな、うちのギルドは。
実際、大量発生にいろいろ備えていたおかげで、こちらの損害もほとんどなかったし……」
「損害といえば……向こうの方が、よほど甚大です。
モンスターは六万体以上、人的な被害は五万人を数え、三万人以上が生き残って、現在、ギルドに保護されています……」
「……そんな数になるのか?」
「なるんですよ。
仮にも、ひとつの世界を制覇すべく派遣された先兵なのですから」
「……隔壁とかなかったら、相当やばかったんだな」
「やばかったことになりますね。
それと……われわれ冒険者が、対モンスター戦に慣れていたことも、幸いしました」
「迷宮の隧道を通過できるサイズなら、今では新人たちのパーティでも楽勝で始末できるしな」
「そのためのノウハウを研究し、日夜実践してきましたからね。
彼らが弱くわれわれが強かったというよりも……魔王軍の方法とわれわれの方法の相性が、とにかく悪かった」
「やつらからみればな。
おれたちからみれば……これでもかってくらいに、相性がよかった。
それなりに冒険者の数も、ちょうど揃ってきたところだったし……」
「半年とはいわず、三ヶ月くらい前に魔王軍が来ていたら……あの当時のわれわれでは、対応できなかったでしょうね」
「三ヶ月……ってことは、ちょうど、迷宮内に隔壁を設置しはじめた頃か……。
その頃だったら、冒険者の数もまだまだ少なかったし、かなり危なかったな。
それでも、地の利を活かしてそれなりに抵抗できたとは思うけど……」
「でも、今ほど有利にことを進められなかったでしょうね。
犠牲も……かなり必要となったはずです」
「さてはて。
辛気くさいいくさのはなしは、これまでのこととする。
それよりも……数日、迷宮の探索業務は休みとなったわけだが……その間、なにをするか?」
「なにを、とかいわれてもね、リンナさん。
……少しの買い物をして、その後、宿屋でゴロゴロするくらいしか……」
「つまり、シナクには予定がないのであるな?」
「……ええ、まあ。
あの……なんか、非常に悪い予感がするのですけど……」
「わはははははははは。
シナク。
実はな……かーちゃんがな、今回、頑張った冒険者を別荘に招いて慰労したいといっててな……」
「剣聖様の別荘……だと?」
「いや、スベルラクルにある山荘なんだけどな……」
「ここからだと馬車でも片道五日以上かかる山奥じゃないかよ!
第一、まだ雪が残る季節に山荘にいっても、なにもないだろう!」
「温泉がある。
それに、ルリーカもいったことがある場所だから、往復の足については心配する必要がない」
「任せて」
「……行楽にいくのに転移魔法を使うなよ……」
「いいではないか、温泉!
わらわも、一度体験してみたいと思っておったところでな!」
「……帝国には、ないんですか?」
「あちらには、そもそも火山自体が少ない」
「なるほど。
こっちは……ほとんどが休火山や死火山だけど、一応山があるしな……」
「シナクは温泉にはいったことがあるのか?」
「あっちこっち流れていた頃、それなりに。
とはいっても、山の中で勝手沸いているのを使わせてもらった程度ですけど……」
「で、その山荘のすぐ近くに、天然の温泉が沸いててな。
近くに人家はないし、気兼ねなくくつろぐことができるわけだ」
「……このメンツでいくのか?」
「他に、かーちゃんの心当たりを何名か呼んでいるそうだが、実際には誰を呼んだのか、おれは知らされていない!」
「……あ、そう」
「食い物なんかもうちのメイドたちが用意するから、二、三日分の着替えだけを用意してくれればいいっていってたな!」
「あの……一応、聞くけど……おれに、拒否権は……」
「「あるわけなかろう」」
「シナクさん、剣聖様のお誘いを無碍にするんですか?」
「あははははははは。
剣聖様なら本当にシナクくんの首に縄でもつけかねないから、やめておいた方がいいよ!」
「シナク、あきらめた方がいい」
「……はぁ」
「では、そういうことで……今日の夕刻、日の入りまでに迷宮前に集合な!」
迷宮前。
「……しかし、温泉。
ついこの間までとのこの落差は、なんなんだ」
「あらあらあら。
ぼっち王先輩、どうぞよろしく」
「……えっと……。
君も、剣聖様に呼ばれた口?
確かに……門の部屋で見たような顔だけど……」
「ええ。
そういえば、改めてご挨拶する機会も、今までありませんでしたねぇ。こちらの方は、先輩のような有名人のお顔は存じ上げておりますけど……。
わたしはぁ、ククリル。
で、こっちの軽そうなのがハイネス、こっちのお馬鹿そうなのがマルサス。
一応、駆け出しの冒険者ということになりますかぁ……」
「どうもぉ!」
「ごめん」
「あ。
こっちの軽そうなのは知ってる。
おれと交代して前衛にきたやつだ」
「その節は、お世話になりました」
「そのおりに、剣聖様に顔と名前をおぼえられたみたいで、今回のお呼ばれにつながりました次第。
わたしたち二人は、このハイネスにくっついてきたおまけみたいなもんで……」
「まあ、招いたのは剣聖様だし、その剣聖様が了承したんなら、おれがとやかくいうこっちゃないさ。
聞くところによると温泉くらいしかない山荘らしいから、せいぜい、骨休めをさせていただこう」
「おお!
いつぞやの余のライバルどのではないか!」
「…………すまん。
どなたでしたっけ?」
「わははは。
ルテリャスリ王子!
おぬしは、まだまだ名と顔を売る必要があるの!」
「で……あなたも、どなた?」
「おお。
おれを見忘れたというのか! この迷宮へ到着したおり、真っ先に声をかけたというのに!
ほれ、変形剣のカスクレイドよ!」
「…………ああ!
全身甲冑の!
甲冑のイメージが強いから、脱いでいると誰だかわからなかった……。
で、きみたち二人も、剣聖様に?」
「さよう!」
「他ならぬ、剣聖様のお誘いとあっては、無碍に断るわけにもいかん」
「それどころか、生涯の誉れとなろう!」
「あっ……はっはっ……。
……あの人がおやじモードになったとしても、果たして、そういっていられるものかな……」
「おお、はやいな、おぬしら!」
「あ、これはどうも、剣聖様。
ご一家とメイドさんと……あと、子どもたちも、なんかやたらと増えているような気がするんですけど……」
「なに、例の誘拐してきた子たちが、いつの間にか増えてな。
一応、勤め先とか奉公先は世話しているのだが、現状、減るよりも増える方が多い」
「あの……これからいく山荘って、そんなに大きいんですか?
収容人数的な意味で」
「ふむ。
もとはといえば、当時の領主が道楽で作ったもので部屋数も多く、二百人は軽く宿泊できると聞いているな」
「なんか、おれが知っている山荘とスケールが違う!」