14.こうさつとすいろん。
「……確かに、そんな手順を踏んでいたようだったけど……。
そんなんで、世界征服……それも、いくつもの世界をまたいで征服なんか、できるもんなのか?」
「世界征服なんか、なんでする必要があるのか?
迷宮は……ただひとつを確保するだけでも、巨大な富をもたらす。資源や知恵や人が、向こうからやってくるんだ。
それが、二つか三つとかそれ以上だとかだったら……かなり儲かるんじゃないか?
あるいは……あまたの世界を征服してきた……ってのが嘘ではなかったとしたら……魔王軍の上層部にとって、世界とは、迷宮そのものを指す言葉だったのかもしれない。
迷宮さえ確保すれば、他の広大な地域は、時間をかけてじわじわ浸食していくことができると……確信できるだけの経験を、それまでにしてきたのかもしれない」
「そ……そんな、馬鹿な……」
「と、いいきれるか?
そもそも……最後に登場したとかいう、形を変えて何度も再生する特殊なモンスター……そんなものを作る必要が、どこにある。
明らかに虚仮威し的な機能と外観……単体で、いくら攻撃力が高く破損しにくいとしても……兵器としての効率を考えたら、あまりにも非効率的で使い勝手が悪い。
それとも……あれは兵器ですらなくて、強さへの妄執に駆られた魔王とやらが自分の身を際限なく魔改造し続けた、そのなれの果ての姿だったのかもしれんな」
「あれが……魔王……だって?
もとは……人間だったってのか?」
「もとがヒト族かどうかは、知ったことではないがね。
強い妄執を持った者が、自他にどれほどのことをなせるか……このわたしは、よく知っている。
だから、あれが魔王であり、魔王軍が、その力への意志と妄執に駆られた者の欲望を実現させるために、世界をまたにかけて拡張していったとしても……別段、驚きはしないな。
ヒトとは……どんな狂い方でも、出来るもんだ」
「そいつを……おれたちは、殺しちまったのか……」
「自衛のためだったんだろ?
では、しかたがなかろう」
「それが本当だとしたら……門の向こうに残された魔王軍は……このあと、いったい、どうなるんだろうな……」
「偶像だかなんだが知らないが、ようするに御輿である魔王がなくなったとしたら……求心力を失って、早晩、内部分裂がはじまるのだろうな。
で……しばらく時間がたてば、元の木阿弥。
異世界侵略のノウハウも、どこまで後世に伝えることができるか……。
別段、お前らがやらなくとも、どこかの世界で撃退されて、躓いていただろうがな。
魔王軍とやらがいくつの世界へ侵攻したのか知らないが……それまで成功していたのは、単純に、確率の問題だ」
「……確率?」
「たまたま、それまで自分たちよりも強いやつらとあたったことがなかった……ただ、それだけのはなしさ」
「身も蓋もねー、結論だな」
「現実なんて、そんなもんさ」
「……いい時間だし、寝るか」
「またか?
では、服を脱げ」
「脱がすな」
迷宮内、管制所。
「……仕事がない?」
「正確には、迷宮内での……が、頭につきますが。
簡単な採取クエストとかはいくつか入っているんですが、それらは新入りさん向けにとっておきたいので……。
シナクさんにお願いするまでもないお仕事かなあ、って……」
「そりゃ、いいんですが……後かたづけ、そんなに長引いてますか?」
「作業そのものは、割合に順調ですが……。
今回、元魔王軍の方々を受け入れたはいいが、人数が人数ですからね……。
いろいろと事務処理が滞っていて……ギルドの事務方が業務過多で、機能も麻痺しかかっているような感じでして……」
「で……普段、通常業務に回している人手を割いている、と……」
「そういうことです。
ほんの二、三日、お時間をいただければ意地でも本来の機能を回復させるつもりですが……」
「いや、わかった。
確かに……今回のは、いろいろ例外的なことが多かったからな。
では……不意に休暇をもらったと、そう思っておくことにするよ」
迷宮内、羊蹄亭支店。
「……お。
ようやく来たな、シナク。
みんな、奥で待っているぞ」
「はいはい。
相変わらずお店が繁盛してて、結構なことだな、マスター」
「ま、表の客は、大半が観光客だがな」
「ぼやくなぼやくな。
どんな客でも儲けは一緒だ」
「違いない」
しゅん。
「……やっほー! シナクくん!
こっちこっち!」
「……相変わらず騒がしいな、コニスは……。
はいはい」
「どうも、シナクさん。
この間はお疲れさまでした」
「お前もな、レニー」
「わはははははは。
あれからぐっすり寝られたか?」
「ああ。
丸一日以上、ぐっすりとな、バッカス」
「シナク、ここに座る」
「おう、ルリーカ。
で……おれの膝の上に、ルリーカが座るのな」
「そう」
「シナクさん。
今日は、ホットミルクですか?
カフェオレですか?」
「じゃあ……カフェオレの方で、ターレンさん」
「年下なんだから、呼び捨てても構いませんよ、シナクさん」
「……では、ターレンちゃん」
「はい。
カフェオレですね、シナクさん」
「で、だ。
おぬしは寝るのに忙しくて、同じパーティの仲間であるわれらに……」
「連絡をとる余裕もなかったと、そのようにもうすのだな、シナクよ」
「はい。
左右から凄まないでください、リンナさん、ティリ様。
なんか用事があればそっちから押し掛けてくるだろうと思ってましたしね。
それに…疲れていたのも、事実ですし……。
お二人とも……こっちの宿まで押し掛けてくる気力が残ってなかったんでしょ?」
「いや……まあ……」
「それは……そうであるが……」
「で、だ。
例によって、今回の件について、魔女のはなしを聞いてきたんだが……」
「……迷宮の有効活用がそれなりにうまくいって……」
「かえって、道を誤った世界、か……」
「例によって、あの魔女が勝手にいっているわけで、なんら確証があるわけではなし。
話半分に聞いておいてくれ」
「いや、でも……それ、信憑性は、あると思いますよ、シナクさん。
元魔王軍に従事していた人たちの証言も、それを裏づけているようですし……」
「あれから、なんか新事実とか発覚したの?」
「いいえ、ほとんど。
今、生き残っている人たちは……ほとんど、命令に従うだけの下級兵士ばかりみたいですから。
将校クラスの、ある程度全軍を見渡せる人たちは、ほとんど戦死していますし……」
「仮に生き残っていたとしても、この状況では名乗り出てくることはないと思うね!」
「……敗戦の責任でも取らされると思ってるんかな……。
こんな状況で……」
「シナクくん、シナクくん!
そっちではなくて!
元魔王軍のお偉いさんが今でも生き残っていたとしたら……元下っ端の人たちは、どう遇すると思うかね!」
「……あっ。
そっちか……」
「ええ。
下手をすれば、いいえ、十中八、九、私刑にあって暴行をうけることでしょう。
元魔王軍は、あまり兵士を大事にする軍隊ではなかったそうですから……」
「恨み骨髄、ってか……。
やるせないこったな」
「で……全体像がつかめない下級兵士の証言によれば……迷宮から迷宮へと多くの世界への侵攻を、長年続けていたのは事実らしいです」