6.まおうぐんがり。
迷宮内、某所。
「あはは。
いきなり開けた場所に転移されて、戸惑っているっすね。
みなさん、キョトキョトしているっす」
「キャヌ。
笑ってないで、さっさと仕事。
下手すると、万人以上のオーダーになるっていってるし……」
「大丈夫!
食料はかなり余裕を持って運んでくるようにいってすっすから」
「しかし……本当に、奴隷扱いだったようね。
みんな、着ているのが汚れてて離れてても、匂ってきそう……」
「給湯施設など、水回りの設備は手配済みっす。
すぐにでも工事がはじまる予定っす」
「では……食料の配給から、はじめましょうかね。
言葉は通じないけど、瓶詰めを配るくらいのことは身振り手振りで出来るでしょう」
「……みなさーん。
こっちきてくださーいっす!
とりあえず、食べ物を用意しましたーっす。
まだまだあるんで、並んで、順番に……」
迷宮内、全部。
『……魔王軍のみなさまに、重ねて申し上げます。
元の世界に通じる門はすでに閉ざされています。
補給も援軍も、これからはいっさい来ないということです。
さらに、複雑きわまる迷宮の中には、各所の腕利きの冒険者たちがみなさまと干戈を交えようと先ほどから待機しております。彼ら冒険者の多くは日常的に凶暴かつ強力なモンスターを狩ることを生業としており、みなさまが魔獣を全面におしたてて進軍しようとも、勝てる見込みはきわめて少ないと断言できます。
いまだ魔王軍の秩序を信奉し、この世界への侵攻をあきらめていない人がはたして何人いるのか、こちらは詳細を把握しておりません。しかし、今までに外に向かい、ギルドが解放した人数より多いとは、思っていません。
多くて一万人前後、少なければ数百名というところでしょう。
これにみなさまがたのいう魔獣、われわれが呼ぶところのモンスターが加わったところで、大勢にはあまり影響はありません。
悪いことはいいません。
門の向こうでのことは忘れ、これからはこちらの世界に適応することを考えてはいかがでしょうか?
あなた方魔王軍の残党が、かりにわれわれ冒険者を出し抜き、迷宮を突破したとしても、外には五万名以上の王国軍が控えています。
あなた方魔王軍がこちらの世界で勝利する目は、万が一にもありえません』
迷宮内、某所。
「……吹くわねぇ、ぼっち王先輩……」
「ククリル。
やつら、素直に投降すると思うか?」
「……大半は、勝ち目がないってことを理解しているし、投降したいとも思っているんでしょうけど……少数の上官が、それをよしとしないでしょうね。
軍人ってのは、どこの世界にいっても頭が固い連中だろうから……」
「そんなもんだろうな。
ってことは……いくさになるのか?」
「いくさではなく討伐よ、ハイネス。
いくさっていうのは、主権を有する対等な団体同士が行うもの。
仮にこれから戦うことがあるとすれば、やつらは過去の名利にすがり、みずから的確な判断を行う権利を捨てたということ。
だから、そのときの相手はお馬鹿なモンスターと同列に、討伐してさしあげればいいの」
迷宮内、全部。
『……今、そこから迷宮へ出る隔壁を開けたそうです。先に脱出した人たちの別所への収容が、ほぼ終了したからです。
まだ本気でこの世界に勝利できるとお思いなら、そのまま進んでまずはわれわれ冒険者と交戦してみてください。
戦意はなく、上官の意向にいやいや従っているだけという方は、戦闘状態に入ったときに、うまいこと立ち回って逃げてください。冒険者たちには、向かってくる者とは戦え、逃げる者は追うなと徹底して通達しています。
つまり……一緒に進軍していても、直接交戦する意志を見せない限り、こちらから攻撃させれることはありません。
それとも……その場で、籠城でもなされますか?
食料や水の備蓄は十分ですか?
モンスター……いや、魔獣は、ヒトとは比べものにならないほどの大食らいだと予想しますが……元の世界との門が閉ざされた今、籠城が可能だと思いますか?
え?
ああ、はいはい。
今、ギルドが手配して、そちらに向け、火をつけた虫除けを多数、転送しはじめたようです。
よほど大量に吸い込まない限り、人体には影響がないとのことですが……はは。
じれたギルド側が、早期決着を目指してみなさまを薫りだしにかかたようですね。
この騒動が収まらない限り、われわれも通常の業務を再開できませんので、仕方がない決定であると思います。
門周辺にいるみなさまにおかれましては、さぞかし煙たい目にあわれていることでありましょう。
ことによると、このまま放置すればそちらの魔獣が暴れ回って、なにもしないままに被害を出してしまうかも知れません。
戦うにせよ、投降するにせよ、一度、外に出てきた方が、無用な被害を避けられることと思います。
あー。
虫除けの在庫はまだまだあるそうで、ありったけ火をつけて放り込んでいく予定だそうです。その煙、まだまだ濃くなっていきますよ?
……え?
ああ、はいはい。
どうやら、一部の魔王軍の方々が、迷宮の中に進軍を開始した様子ですね。
どういう意図を持っているのか、それとも単純に煙を嫌って外に出てきたのかまではわかりませんが……いずれにせよ、このまま進めば、みなさんは分断された状態で、各所に待ち伏せている冒険者たちと交戦することになります。
ああ、やはり、続々と外に出てくる、と。
ええ。
監視はね、当然していますよ。
こちらは中の地形を把握していますし、見つかりそうになったら脱出札を使えば一瞬で逃げられますから。
それでは、迷宮各所に潜伏中の冒険者のみなさま、お待たせいたしました。
これより待望の魔王軍フルボッコタイム、開始でございます。
ただし、討伐するのはこちらに向かってくるものだけにしておいてくださいね』
迷宮内、某所。
「……あらあら。
同族くん、絶好調ねん」
「あ。
リリス博士」
「はーい!
帝国大学言語学教授、リリス博士ですよ。
未知の言語があると聞いてきぼりんさんをともなって参上しましたぁ!
すぐに意志の疎通ができるとはいわないけど、地道に語彙とか文例の収集をはじめるわねん」
「あ、はい。
お願いします」
「同族くんのコインがあれば一番手っ取り早いんだけど……きぼりんさんとかピス族の解析機械を利用できるだけでも、かなり効率的か。
しかし……軍隊っていうより、難民に近い感じよね、この人たち」
「どうも……占領した場所に住んでいた人たちを、使い捨ての歩兵として使っていたようで……」
「魔王軍、か……。
名前の通りの軍隊だったようねん」
迷宮内、某所。
「将校、つまり、偉そうに命令を出しているものとモンスターを真っ先に倒せと」
「ギルドは、そういっておるの。
そのようにすれば、いやいや従っておるものもこちらに降伏しやすいであろうと……」
「では……狙撃が、よろしいでしょうな?」
「マルサスとやら。
弓は得意か?」
「仲間うちでは器用貧乏のマルサスと不名誉な呼び名を頂戴しています。
得意かどうかはともかく、弓以外も普通以上には使えるつもりです」
「ふむ。
大丈夫そうじゃの。
では、偉そうなやつの狙撃はおぬしに任せるとしよう。
その指輪をしているのなら、心配はなかろう」
「そういえば、姫様……」
「ティリと呼べ」
「ティリ様も、ずいぶんとたくさんの指をおめしで」
「魔法とは便利なものよの。
これをつけているだけで、意のままに武器を具現化できる。重い荷物を背負って歩く必要がない」
「ええ。
われらのように、多くの武器を使い分ける者にとっては、便利なことこの上ない」
「……んっ。
ギルドから、通信が入った。
敵が、すぐそばまで来ているそうだ。
隔壁はすでに開けて、後続の道は閉ざしてあるので……あとはわらわたちに、存分に蹴散らせと……」
「ほう……では」
しゅん。
「ああ。
いよいよ……」
しゅん。
「「魔王軍狩りの、時間だ!」」