5.こんせん。
迷宮内、作戦会議室。
「……うぉっ」
「どうしました、シナクさん」
「……いや。
今、いきなり……大勢の声……いや、意志が、頭の中に聞こえてきたんで……。
ちょいと、動揺したっていうか……。
向こうは、どうやら内紛に近いことがはじまっているようです。
魔王軍の秩序をそのままに守ろうとする派と、そこから抜けようとする派の二手に分かれて……秩序維持派は、出入り口を塞いで脱出派を通さないようにしているようですね。
困ったことに……モンスター、魔王軍のやつらは魔獣と呼んでいますが、そいつを操っているのは、大半、秩序維持派だってことです」
「こちらから、その秩序維持派を攻撃することは出来ませんでしょうか?」
「少し前なら可能だったんでしょうが……今では、大半の戦力が迷宮内に散らばっているからなあ。
ここに残っていたおれとルリーカだけでは、モンスターの大軍を相手にするのは心許ないっていうか……」
「打撃力が問題なのなら、王国軍魔法兵が待機している」
「それだけだと……魔法使いばかりだと、防備に不安が残る。
それに、下手に大規模な攻撃をしても、モンスターが無差別に暴れ出したりしたら、助けられるものも助けられなくなる」
「……モンスターを使っている者だけを排除する必要がある?」
「ま、それができれば、一番上等だってことだな」
「なんだ、そんなことか。
そりゃ、おれたちの得意技じゃないか」
「グリハム小隊長」
「はは。
ずっと待機中でいつまでも呼ばれないから、このまま出番なしかと絶望していたぜ。
なに、その手のややこしい任務はな、おれたちの小隊が得意とするところだ。
副官!
今すぐ動けるやつ二十名、即座に揃えろ!」
「はっ!」
「で、ギルドのみなさんよ。
おれたちの仕事は、出口を塞いでいるやつらをぬっころして逃げたいやつを逃がすこと、でいいんだな?
では……こちらの魔法使いさんに、おれたちを……そうさな。
出口付近の隧道まで、転移してもらおうか?
少し距離がある場所から移動して近づいた方が、相手にばれにくいからな。
あとはまあ、背後から近づいて、いっせいに二十名ほどの喉笛をかききってくるわ」
迷宮内、某所。
「……魔獣使いどもが……。
どこまでも、邪魔だてをしてくれる……」
「ここまで来て……魔王軍から、逃れられないとは……」
「あの魔獣さえいなかったら、やつらをなぶり殺しにしているものを……って、あれ?」
「……次々と……やつらが……」
「首から血を吹いて……倒れていく……」
「……いや!
背後に、黒衣の者たちが!」
「……いつの間に……」
「やつら……これだけの人間が見守る中……誰からも気づかれずに、背後まで忍び寄ったというのか……」
「はは。
傑作ではないか。
暗殺は……魔王軍の十八番であったというのに、ここに来て……」
「みよ。
黒衣の者が……魔獣使いの一人をおどして……道を、開けさせている……」
「……自由だ!
今度こそ、自由になれるんだ!」
迷宮内、某所。
「……はぁ?
大勢が出てくるけど……大半は、合流希望者だあ?
すごい勢いで押し寄せてくるから……道をあけろ、だって?
だって……そうしたってかまわないが……。
道をあけたら、やつら、確実に、迷宮の中で道に迷うぞ!
……なに?
適当なところで、隔壁を遮断して閉じこめるって?
とにかく数が多すぎるから、一度、通せって?
そんな無茶な……って!
来た!
本当に、多い!
おい!
全員、脇によってやつらを通せ!
さもなくば……踏みつぶされるぞ!」
迷宮内、作戦会議室。
「……そんなに、多かったんですか……」
「人型の種族だけで、軽く数千人はいるってこって……。
やつら、魔王軍ってやつは、まずモンスターを出して暴れさせるだけ暴れさせて、その後疲弊した世界をお手軽に征服するのがセオリーだったそうで……。
で、モンスターが暴れた後に突入させるのが、それまでに征服してきた別の世界の住人。
こいつらは、ほぼ奴隷も同然の状態で、すし詰め状態で狭い場所にみっちりと大勢詰め込まれ、そのまま使い捨てにされる下級兵士らしいです」
「そのすべてが……」
「ええ。
それまでの上官である魔王軍に反抗して、こちらへの合流を希望しているわけですが……」
「……はぁ。
予定外のことばかり。
なかなか、こちらが思うようにはいきませんね。
グリハム小隊の方々は、すでに脱出札を使用して離脱しているそうですが……」
「あの混乱している場所にあのままいても、いいことなんか何一つありませんからね。
その判断は、的確だと思います」
「とりあえず、その数千名の方々は、迷宮内の空いている空間に逃がすということで……」
「……それしかないでしょう」
「隔壁をうまく開閉すれば、それなりに誘導もできますし……。
迷宮内各所で待機している人たちにも、しかるべく対応をするように通信します」
「お願いします」
迷宮内、某所。
「通り抜けたか」
「……すごかったな」
「あれがすべて合流希望者だとすれば……残りは、敵ばかりか」
「そうとも限らないのではないか?
まだ、何らかの理由で魔王軍の中にいる者もおるかも知れん」
「難儀なことよな。
実際に対面してみなくては、敵味方の区別がつかぬというのも……」
「まだ向こうに残っているのが敵ばかりだと確定したら、隔壁を完全閉鎖してしばらく待てば、勝手に飢え死にする。
ギルドがそうしていない以上、まだ合流希望者が残っている可能性があるということだ」
「それも、そうか。
ギルドから、次の指令はないのか?」
「いや、まだだ。
まだ、この場で待機と」
迷宮内、作戦会議室。
「シナクさん。
再度、合流希望者の方々に、コインで連絡をお願いします」
「はい。
どうぞ、ギリスさん」
「ギルドは、緊急避難措置として、合流を希望してきた人たちすべてに当座の食料と寝る場所を提供することができます。
その後、希望する方は冒険者として登録できますし、別の仕事について生計をたてることも可能です。
現在、この迷宮は空前の人手不足であり、ほとんどの職種で求人を行っています。
目下、隔壁で行く先を遮られ、閉じこめられて不安に思っている方も多いでしょうが、これから順次、案内の者を派遣して解放していきますので、今しばらくその場でお待ちください。
……以上です」
「……伝えました」
「……え?
でも、シナクさん、なにもやっていないように……」
「このコインでね。
おれの耳に入ってきたギリスさんの言葉を、そのまま伝えました。
コインを通せば、そういうことも出来るみたいですね」
「……ギリスさん。
帝国公館の方々が、面会を求めていらっしゃいましたが……」
「はい。
行きます。
それでは、シナクさん。
残っている魔王軍の方々に……」
「はい。
投降の呼びかけ、ですね?」
「そう。
お願いします」
迷宮内、某所。
『……魔王軍のみなさん。
ギルド所属の冒険者、シナクです。
今し方、そちらを出てきた大勢の人たちは、現在、実質的にギルドの保護下に入りました。
もろもろの手続きに時間はかかるでしょうが、大陸法に基づくところの、知的種族と同等の扱いで、今後はこちらの世界で普通の平民として遇されることでしょう。
問題なのは、残った魔王軍の人たち、いまだ戦意を捨てていないあなた方の処遇です……』