16.たよりにされるうちがはなとはいうけどそいつもばあいによりけりだよな。
「さて、一度宿に戻って着替えてから酒場にいくかな……」
「シナクさん!」
「ん? 受付嬢さんか。
どうしたの、こんなところで? 迷宮前にいなくていいの?」
「ちょ、ちょっとお力を借りたいことがあって……薬師さんの工房にいくとかいっていたので、追いかけてきたんです」
「あれまあ、なにがあったの?
緊急?」
「と、とにかく来てください」
ずるずるずる。
「……面接? おれが?」
「ええ。
今日はたまたま帝国官吏の受け入れ準備とか迷宮産アイテムの販路開拓とかでギルドの人が出払っていまして、そんなときにちょっと強引に加入を求めてきている人がいまして、最初の数日は人夫として働いてみて、様子をみて……とおすすめしても、ちっとも引いてくれないんですよぉ。
わたし、受付の経験しかないのにぃ……」
「そんなこと、おれに泣きをいれられても……。
……ギルドももう少し、人、増やせよ……」
「募集はかけているんですよ。だけど、ちょうどいい人材って、なかなか来てくださらなくって……。
加えて、最近は扱う品目も増える一方で、ギルドの内勤もパンク寸前なんですよぉ……」
「それには同情したいところだけど……なんで、おれ?」
「シナクさん、今朝も冒険者登録志望者の方々をうまくさばいてくださったじゃないですかぁ」
「ええっと……ありゃあ、あくまでその場だけのなりゆきであって、な。
第一、そういうのはおれの仕事ではないと思う」
「意地悪なことをいわないでくださいよぉ。
報酬の件は、わたしがかけあってちゃんと出すようにしますから……」
「そういうのが前例になって、今後もこういう雑事を頼まれるようになるのも、正直、困るんだが……。
そうだ。
レニーあたりにふるっていうのはどうだ?
あいつなら、もともといいところの出だっていうし人当たりもいいから、適当にこなせると思うけど……」
「あの人はいつもにこにこして愛想がいいけど、愛想がよすぎて裏で何を考えているのかって時々怖くなるんです。
それに、ほかの冒険者の方々だって、乱暴だったり野放図だったりで、シナクさんくらいしかこういうこと頼める人がいないんですよぉ……」
「わかった。わかったから。
とにかく今回だけはその志望者とやらにあってみるから、とにかく今はおれの腕をはなしなさい。
こんな往来でずるずる引きずられていると、あらぬ噂がたつ。おれはともかく受付嬢さんは困るだろう……」
「ふぅ……」
「で、おれは、そいつらと面通しして、資質を見極めればいいわけな」
「ええ。
彼らは、少し離れた山で猟師をしていたご兄弟だそうです」
「猟師系か……。
まあ、腕に覚えはあるんだろうな。
外と迷宮の中とでは、また勝手が違うんだが……。
ま、やってみるわ」
コンコン。
「お待たせしました」
ガチャ。
「ギルドの者に頼まれて面接を担当することになった、冒険者のシナクといいます」
「おう」
「おぬしが、冒険者たらいうもんか。
はじめてみたが、ずいぶんとちんまいのう」
「体格はあまり関係ありません。冒険者に必要なのは能力と判断力です。事実、年端も行かない女の子の冒険者も、当ギルドに登録し、人並み以上の活躍をしています」
「そんなもんかのう」
「聞くところによると、お二人は、猟師をなさっていたとか?
そちらのご本業の方は、もうよろしいのですか?」
「おう。それよ」
「聞いてくれ、冒険者の人。
わしらがおった山では、もうめぼしい大物がおらんようになってしもうての」
「全部、わしら兄弟が狩り尽くしてしまったわ」
「そんなところに、数十年に一度現れるかどうかという迷宮が出現した、と聞いての」
「いてもたってもいられなくて、様子を見に来たわけよ」
「そしたら……おぬし、あの骨をみたことがあるか?」
「クマ、ワニ、ヘビ……多種多様な、あの、大物の数々」
「ああいう大物を狩ることができるとは……。
冒険者とは、わしらのような猟師にとっては理想の、うらやましい限りの身分でのう」
「いてもたってもいられなくなって、ひとづてにはなしを聞いて、その足でこちらのギルドにお邪魔をした次第じゃ」
「なるほど。
おはなしのほどはわかりました。
では、お二人の希望としては、一刻もはやく冒険者として迷宮に入り、モンスターを狩りたい、と……」
「おうよ。
さきほども、ギルドのおなごにそのように力説したのじゃがの」
「最初の数日は人足の真似事から、とかぬかしおって、どうにも埒があかんのよ」
「その、冒険者さんよ」
「おぬしの裁量で、どうにかならんものかのう?」
「……ええっと……。
結論を出す前に、二、三、質問させていただきます。
例えば、ですね。
お二人がごらんになったという骨、その持ち主が生きて動いていると仮定して、あなた方お二人なら、どれくらいの時間でしとめることが可能ですか?」
「……兄者」
「お、おう。
ワニやヘビは狩ったことがないから、クマである、と、想定させていただく。
とはいえ、いかなわれらとて、あれほどの大物を狩ったことはないのであるが……」
「あの大物を山で見つけたとして……ねぐらや普段の巡回路を確かめ……」
「……応援を呼び、人数を集めて……」
「そうさのう……」
「よくよく条件が整えば……」
「最短、三日といったところか……」
「わかりました。
その場合ですと、かなり高い確率で、お二人はロストしています。ロスト、というのは、数日にわたり連絡がない状態……行方不明をさすギルド内の用語です。迷宮に入ったままロストする、ということは、おおむね、死ぬということと同義語です」
「なんと……」
「どう、ご説明すればいいか……。
迷宮内では、獲物の習性を観察したりする余裕が与えられることは、まず、ありません。なぜなら、そんな悠長なことをしている最中にも、別種のモンスターと、いつ遭遇するかわからないからです。
外の野生動物と迷宮内に出没するモンスターとは、かなり違っています。
モンスターは人を恐れません。野生動物よりよっぽど好戦的な存在です。遭遇したら最後、どちらかが死ぬまでやりあうことになります。
やつらは、どこから、どういうタイミングで出てくるのか、まるで見当がつきません。こちらの都合に頓着してくれません。
それに、冒険者の仕事はモンスターを狩ることでもありません。いろいろありますが……一番の目的は迷宮を調べ、その情報をもって生還することです。モンスターを倒すことは、その際に邪魔な存在を排除する行為でしかなく、いわば、副産物でしかありません……」
「……というのが、現在必要とされる冒険者の仕事なわけですが……ここまでで、なにかご質問はありますか?」
「あっ……いや……」
「その……お主も、冒険者というておったな……」
「そ、そうじゃ。
それなら……いまいったようなことを、おぬしもやっておるのか?」
「ええ、まあ。
それが仕事ですから」
「あ、兄者……」
「お、おう……。
確かに、おぬしのはなしを聞く限りじゃと、猟の仕事とは、かなり勝手が違うようじゃの……」
「確かに、わしらじゃと……見習いからはじめた方が、無難かもしれん」
「ご理解を得られて幸いです。
ギルドとしても、それなりのスキルをすでにお持ちでいらっしゃるお二人のような人材は、歓迎するところです。で、あればこそ、むざむざロストさせるような愚を犯したくはない」
「なるほどのぉ……」
「ところでお二人の得物は……弓と、そちらのさすまたですか?」
「おうよ。
われら猟師は、毛皮に傷がつくのを嫌うのでな」
「なるほど。
そこいくと迷宮では、たいがいの場合、まず生き延びることが優先ですからね。毛皮の損傷とか、あまり考えている余裕がない」
「おぬしも弓か?」
「弓も、場合によっては使いますが、たいていは短刀ですね。投げるのと振るうの、常に数本持って使い分けています。
なにぶん、ほら、迷宮内は暗いですから、弓はあまりあてには出来ないんですよ……」
「なるほどのう……」
「……ここだけのはなしですけどね。
この町では、冒険者、かなりモテますよ」
「モテ……」
「……おなごのはなしか?」
「ええ。
ここじゃあ、冒険者は金離れがいいってことになっていますからね。
でも、お二人の場合は……そうですね。もう少し身綺麗にするのが先か。
町の、北のはずれに蒸し風呂があったはずだから、まずはそこにいってさっぱりとしてくるといい。
それと、服ですね。
町中では清潔な服に着替えること。間違っても返り血を浴びたままの格好でうろついてはいけません。仕事用の服と普段着は、別にしておくことをおすすめします。
お二人はまだまだ若いし気風もいいから、ただそれだけのことで若い娘の方から寄ってきますよ……」
「兄者!」
「おう!」
「……それじゃあ、明日から数日、人夫をしていただけるということで。
できるだけ早い時期に正式に冒険者として契約できるよう、おれもギルドに掛け合っておきますよ。
お二人とも、それまでの間に男を磨いておいてくださいよぉ」
「おう!」
「世話になったな!」
「……ふう」
「ということで……受付嬢さん。
こんなんで、いいんすか?」
「……すごいですねえ、シナクさん」
「そぉかぁ?」
「そうですよぉ。
あと、わたしの名前は受付嬢ではなく、ギリスといいます」
「お……おう」