0.はる、とおからじ。
迷宮内、羊蹄亭支店。
「……こちらが、迷宮入り口になりまぁす。
冒険者として登録をご希望の方は正面の管制窓口に。
商談をご希望の方は、あの青い看板の下の転送陣へ。
売店は、管制所を右に折れたところにあります。
帝都への転移陣はこちらからですと管制の裏側になりますが、現在順番待ちの行列が出来ております……」
「ついこの間まで、何にもない廃坑道だったのが、今では王都や帝都から連日、大勢のお客さんが転移陣で行き来して買い物とか商談とかをしていく、変則的な目抜き通りになっている。
ここに来る目的も種族もバラバラで見事に統一がとれていないが、それだけに猥雑な熱気にあふれていて……。
半年とはいわない。三ヶ月までもここまで迷宮が賑やかな場所になるなんて、夢にも思わなかった」
「今では、大陸中から人が集まってくるようになっているしな。
ピス族の先進技術や知識が目当てやってくるもの、あわよくば一旗揚げようって商人や冒険者、異族に優しい土地柄だと聞いて集団で移住してくる連中、大陸各地へ通じる転移陣目当てにやってくる連中……。
人が集まれば物が売れる。迷宮内の常設商店は今では五百店舗を越えるし、そのうち二百以上は郷土料理とかを出して余所者にアピールしようっていう飲食店だ。
その他にも武器や防具はもちろんのこと、着物や装身具の店も結構流行っている。
ついこの間までの辺境の田舎町が、今では流行の発信地になっちまっているし……」
「マスターの店も、いつの間にかかなり広くなっているしな」
「おかげさんでお客さんが多すぎて、手頃な部屋をギルドから借りたからな。
転移陣で移動すれば、別店舗って感覚もあまりないし、床面積の問題だけではなく、本格的な厨房をしつらえることができたのは大きいな。
従業員も、いつの間にかかなり増えているし……」
「その賑やかな場所の奥で、おれたち冒険者は相変わらずドタバタと仕事に励んでいるわけですが……」
「お前なんかは好きでやっている口だろ、シナク」
「……好きというより、他に能がないだけですが何か?」
「いやいややっているのが、こんだけ長期に渡って賞金王の座をキープできるかよ」
「いやいや。
それは、リンナさんとかティリ様と組んでいるからですよ、ええ。
それに最近では、軍籍持ちの連中とかククリル組とかガールズパーティとか、意外なところでは王子様とかも台頭してきているし、討伐専用の人狼と吸血鬼コンビとか、ピス族の機械化師団なんかは超打撃力だしで、おれなんかの影もすっかり薄く……」
「……なってはおらんだろう、シナクよ」
「ああ、リンナさん。
来ましたか」
「来たとも。
ついさっきも武装したオーガ三十名を血祭りにあげておいて、なにが、影が薄く……だ」
「そのうち半分くらいは、リンナさんたちの手柄でしょうに……」
「つまり半分くらいは、おぬし一人の手柄であったということだ。
シナクよ。
もう少し手を抜け。
帝国皇女が暴れ足りないと、夜毎宿舎でぶちぶちと愚痴を……」
「愚痴などいっておらぬよな、魔法剣士よ。
そのような言い様では、わらわがまるで血に飢えた戦闘狂であるかのように聞こえるではないか……」
「……お前ら、まだまだ余裕ありそうだな。
最近、モンスターもめっきり強くなってきたってはなしなのに……」
「モンスターが徐々に強くなっていく、ってのは、昔っからのことだし……使えるアイテムや術式も、それに対応するように揃って来たし……。
ま、どうにかやれていますよ。
今のところは」
「シナクよ。
それを飲んだら仕事を再開するぞ」
「はいはい。
で……」
「……緊急放送、緊急放送。
迷宮再深部においてモンスターの大量発生が確認されました。
各部隔壁術式はすべて正常に作動しております。
冒険者の方々は速やかにギルド管制所へ向かって指示を待ってください。五分後も迷宮に残っている方は、引き寄せ札にて強制的に転送します。
居住区並びに共用部への影響は、今のところありません。事態に変化がありましたら放送でお知らせいたしますので、いつでも移動できるような体勢でお待ちください。安全確保のため、係員の指示には従ってください。
ご協力をお願いします。
繰り返します……」
「来ましたね」
「来たな」
「来たようじゃな」
「「「行くぞ!」」」
迷宮内、管制所。
「……大量発生に気づいたパーティが即座に管制に報告、その直後に脱出札を使用したため、現在、人的な被害はでておりません。
隔壁術式も報告と同時に起動できたので、モンスターは隔壁の向こうに閉じこめられている状態です」
「……深刻な事態には、陥らずにすんだか」
「過去の経験から学び、対策を講じてきた成果だな」
「……お静かに願います。
今回の大量発生は、過去のどの大量発生とも異なる特徴を持っています。
過去の大量発生は、どれも単一種によるものでした。
今回の大量発生は、大きさも形態も雑多なモンスターが高密度で発生している、複合型大量発生となります。
われわれが初めて経験する、複合型大量発生ということになります。
それから、もう一つ問題が。
隔壁に行方を阻まれたモンスターたちは、それでも進行をあきらめずに隔壁に体当たりを続けています。
このままでは、隔壁の術式に使用している魔力が枯渇し、隔壁が破られるおそれがあります」
「どういうこった?」
「隔壁の術式が、このままではモンスターの圧力に耐えきれずあぼーんするとさ」
「……対策は?」
「対策は……モンスターの圧力を、減らすこと。
もっと直接的にいうのなら、討伐して間引いていくことになります」
「でも……姿も大きさも異なるモンスターの、混合軍……それも、未曾有の大軍ってことだろ……」
「今のおれたちで、対応できるのか、そんなの……」
「対応します。
無理にでも対応し、最終的には全モンスターを討伐しないと……われわれは、破滅することになります」
「……」
「……」
「……確かに……その通りだ」
「ギルドも大量発生を見越して対策を考慮してきました。
複合型の出現までは予想していませんでしたが……それでも、まだ手段はあります。
まず、隔壁に使用されている術式の出力を故意に弱めます」
「それでは……モンスターが、突破しして来るではないか!」
「低出力とはいっても隔壁を通れるのは、力が強い一部のモンスターだけです。
何カ所か、段階的に隔壁の出力を調整していけば……」
「迷宮内に、モンスターが広範囲に散らばる状態になるな」
「そうなります。
もちろん、最終防衛線として居住区や共用部に近い隔壁の出力には、手を加えません。
その状態で、隔壁で区切られた区画ごとに、少しづつモンスターを討伐していきます。
大量発生が恐れられているのは、多くはその数に起因します。
一度に対戦するモンスターの数が制限できるのなら、時間はかかるかも知れませんが、われわれにも対処可能です」
『ピス族のピスリスス曹長だ。
意見具申、よいか?』
「どうぞ、ピスリスス曹長」
『基本方針には賛成する。
だが、その前に……わが軍の機銃を総動員して鉛弾が空っけつになるまでやつらにおごってやる、っていうのはどうだ?
やつらの鼻先に戦闘車両を転移させ、一時的に隔壁を除去、機銃でモンスターを撃てるだけ撃ったら戦闘車両を再転移させて逃げる……というのを繰り返せば、かなりの数を間引くことができると思うが』