117.けんせいさまのほうほうろんと、はんようがたのあいてむ。
剣聖邸宅内、リビング。
「……最年少の男の子が十三歳、最年長の女の子が十八歳の計十八名。
数日、この屋敷に住まわせながら、先行きについてはおいおい考えることにして……。
まずは、元締めをシメにいかねばな」
「さっき、橇の中でいってた、親玉ですか?
でも……結構、遠くにいるのでは?」
「やつらの本拠地は、馬と船を乗り継いでここから十日前後はかかる都市にあるな。
わたしととーちゃんとで、明日にでもいってこようかと思う」
「そんだけ遠いのに……」
「なに、魔法があるさ。
転移魔法を使って送ってくれる者にも、すでにはなしはつけてある」
「……はぁ。
すでに、用意は万端なわけですか……。
って、まてよ?
ではなんで、さっきもバッカスを連れずにおれなんかを誘ったんです?」
「とーちゃんは強面で体がでかいからな。
あんなのが夜中に迎えにいったら、子どもたちが無闇に怖がるではないか」
「……酷ぇ……。
でも、反論も出来ないけど」
「そこへいくと、明日の作業はその筋の者を脅して黙らせてくるわけだからな。
強面であればあるほど、いい」
「適所適材、ってわけですか……」
「ふむ。
今回はおぬしに頼んだが、次回以降があればリンナや帝国の皇女などにも、順番に声をかけるつもりだ。
ただ、あやつらは迷宮の中で寝起きしておるからな。
呼び出すのも手間だったし、今回は気軽に呼び出せるおぬしにしたわけだ」
「こっちにしてみれば、いきなり呼び出されていい迷惑なんですがね。
しかし……明日の転移魔法は、やはりルリーカあたりに頼んだので?」
「いいや。
頼めば断らないであろうが、あの娘も地元では名家の息女であるからな。
慎重を期して、もっと後腐れがなさそうな者に頼んだ。
二つ返事で、協力を約束してくれたぞ」
「ルリーカではないとすると……きぼりんか?」
「違うな。
帝国大学の、リリス博士だ」
「ああ……あの人も、魔法使えるとかいってたな、そういえば……。
実際に使っているところ、見たことがないけど……」
「余所者、しかも帝国の学者がやったことであれば、将来なにかのはずみで指弾されるようなことになっても、追求がかわしやすい」
「一応……かなりグレーな方法だっていう、自覚はあったんですね。
さっき次回以降があれば……とかいってましたけど、実際に、ありそうなんですか?」
「あるであろうな。
あの手の組織は、それぞれに縄張りをはって人を集めておるから……ひとつだけを潰せばそれで万事解決、というわけにはいかん。
それに、完全に壊滅させてしまっても、今度は子どもを売らねばならぬ側が困窮してバタバタ飢え死にしていく。
一挙に貧困を駆逐する手だてがない以上、認めたくはないが、あの手の組織も必要な悪というわけだ。
今の時点で出来るのは、圧力をかけて活動を制限する、程度のところまでだな。
だから、まあ、結局は長期戦になろう。
剣聖だのなんのと呼ばれてはいても、今のわたしに出来るのは、せいぜいそんな程度のことでしかない」
「根が深いというか、業が深いというか……」
「人間と所詮、不完全な生き物だ。
不完全な人間が形作る社会も、自然、不完全なものになろう。
その中で、適当な落としどころを作ること……くらいまでが、このわたしにも対処可能な、手の届く範囲内、ということになるな。
欲をいえば際限がないし、妥協に妥協を重ねた結果、不満だらけの落としどころではあるが……なにもしないでいるよりは、いくらかはマシだ」
商人宿、飼い葉桶亭。
……ぎぃ……
「……ふぅ」
「今夜はずいぶんと遅いではないか、抱き枕。
それに、いつもとは違う場所から帰ってくるし……」
「ああ、全裸か。
今夜は……ちょっと野暮用があって、一度この部屋に帰ってから、この窓から外出したんだ……」
「そうか。
詳しいはなしはあとで聞くことにして……ほれ。
服を脱いで、はやく寝台に横になれ。
いつもなら、とうに寝ている時間だぞ」
「いわれなくても、そうするつもりだけどね……。
……よっ、と」
どさっ。
「……体が冷え切っているな。
髪の毛が、なんだか湿っぽいし……」
「ああ。
剣聖様のところで、風呂を借りてきたから……。
まあ、いろいろあったんだよ」
「今のお前さん……体内の魔力の流れが、微妙に今までと異なっているが……」
「そんなことまでわかるのか?
あれかな?
グリフォンの羽根で、二回ほど暴風を起こしたから……かな?」
「昨夜、いっていたあれか。
本当に、風を起こすことに成功したのか……」
「一回、迷宮の中で無我夢中でやってみたら成功して、二回目は比較的すんなりとやれた。
とはいっても、力任せに風を起こすだけで、細かいコントロールとかはまだまだ出来ないっぽいけど……」
「……それだけでも、初心者としてはたいしたものなのだがな……」
「……初心者?
なんの?」
「なんの、って……魔法の、に決まっているだろう。
他に、何がある」
「アイテムを使うだけでも……魔法に入るのか?」
「入るといえば、入る。かなり、限定的な形ではあるがな。
魔法とは、魔力を使用して世界を部分的に書き換える行為である……と、定義されている。
道具のあるなしとか、どこの魔力を使のうか、とかの動力源については、特に制限をされていない」
「じゃあ……迷宮の中で、お札を使うのなんかも……」
「広義でいえば、魔法を使用したことになるな。
ただ、ギルドが売っている術符などは、単機能で使用法が固定されていて、誰にでも使える。
お前さんが持っているグリフォンの羽根とかドラゴンのコインとかは、多機能である分、使用者の側からすればどう使えばいいのか迷うであろうし、その分、使いこなせれば、かなり便利な道具にもなろう」
「グリフォンの羽根だけではなくて……ドラゴンのコインも、なのか……」
「立派な、多機能……というより、機能開発型の、汎用万能型マジックアイテムになりうるな。
ま、いろいろ試してみて、お前さんの好きなように使ってみるといい。
つまらない使い方ばかりをすれば、つまらない道具にしかならん。
逆に、突拍子もない使い方をしていれば、それだけ個性的な道具になる。
どちらにしても、お前さんの使い方や心がけ次第だ」
「さらりと……とんでもないものをくれてたんだな、あのレアモンスターたち……。
羽根は、斬ったのを記念に、って、グリフォンさんに一言断ってもらってきたんだけど……」
「あの手の怪物どもに好かれるヒトというのも、いるようでいて、なかなかいない。
モンスターを討伐するよりも、話し合いをする方が……話し合いをしようと思いつき、実行してしまうやつの方が圧倒的に少なく、滅多に出てはこないからな。
お前さん自身が、ドラゴンスレイヤーやグリフォンスレイヤーなどの脳筋勇者などよりよっぽどレアな人種であるってことは、もう少し自覚してもいいな」
「……褒められているんだか貶されているんだか、よくわからねー……」
「どちらでもあるといえるし、どちらでもないともいえる。
それ、夜もかなり更けているし、お前さんの体も冷え切っている。
ちゃんと抱きついて暖めてやるから……もう目を閉じて、なにも考えずに眠れ」
「……シナク、シナクよ!」
「……んっ……。
あっ。
……もう、朝か……」
「ぐっすりと寝入っておったから、起こすのも可哀想に思ったのだがな……。
ぼちぼち、いい時間だ」
「……あー。
はいはい。
今、起きます……」
「寝癖がひどいことになっておるぞ、シナクよ」
「ああ……。
髪の毛、乾ききる前に寝ちまったからな……。
ふぁ。
んじゃあ……リンナさん。
着替えるんで、部屋の外にでてください」
「気にしなくてもいいぞ、シナクよ。
すでに一度、互いに全裸で同衾をしてる身……」
「いいから、部屋を出てください」