116.ふぶきをよんで、せいよくふはつなおってをまいた。
どざっどさっ。
「さて……たんこぶや青たんの一つもつけておかねば、のちのちに説明がつかんか……。
少し、眠っておけ」
ごん。ごん。
「……おっと。
御者の分を、わすれるところであった」
ごん。
「これでよし。
わたしは、この橇でこのまま町に入るつもりだが……」
「……雪の上に橇の跡が残るんで、行き先が丸わかりになりますが……」
「それは、シナクよ。
おぬしがなんとかしろ。
それとな……おでましだぞ」
「……え?」
「着く予定の新しく若い娘がいつまでも着かぬので、訝しく思ってこちらを伺っておったのだろうな。
業者に対しては脅しや鼻薬をかがせれば黙らせることができるであろうが、長いこと禁欲生活を強いられ異性に飢えた無数の若い男どもは理性的にどうにか出来るとも思えん。
ということで、シナクよ。
あとはおぬしに任せた。
はっ!」
パシッィイッンッ!
「……え?
あの……その……囮って……つまりは、そういうことっすか?」
「……おい!
女衒の橇が、あさっての方向に去っていくぞ!」
「泥棒だ!
女泥棒だ!」
「おれの新品ロリがぁ……。
高い金払ってすごい倍率の当たり籤、ようやく引けたと思ったのにぃ……」
「食い物と性欲の恨みは深い。
野郎ども、追うぞぉ!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「……おうっ!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「……ええっと……。
……。
ざっと五十人……いや、もっと出てきた。
八十人以上、こっちに向かってくるなぁ……。
同じ若い男ととして同情したい気持ちも、ないわけではないが……。
黄色い腕章の、なんてったっけか?
ああ、そう。
憲兵ってやつ、こんなときに限って出てくる様子がないし……。
別に恨みがあるわけではないけど……いっぱつ食らわして、適当なところで姿を眩ますしかないか。
そうだ!
こんなときこそ……グリフォンの羽根!」
……ぶぉおぉぉぉぉぉぉぉ……
「な、なんだ?
いきなり、竜巻が……」
「い、いや。
雪が風で舞い上がって……。
これは……もはや、吹雪だ!」
「くそっ!
前が、よく見えねえ!」
「……すまんな……」
「……え?」
「ん?」
「誰か……なにかいったか?」
「術式駆動、長大峰打ち!」
剣聖邸宅内、庭園。
「……はぁ。はぁ。
えらい目にあった……ような、気がする。
肉体的にはともかく、精神的な疲労度で……」
「おお。
早かったな、シナク。
あの局所的な吹雪は、おぬしが起こしたのか?
おぬし、いつの間に魔法なぞ使えるようになった?」
「……あれは、魔法では……ないわけでも、ないけど……。
うーん。
あれは、特殊なアイテムを使用したせいです。
おれ自身が魔法を使えるようになったわけではありません」
「そうかそうか。
いずれにせよ、あれで追っ手をまくことが出来たし、橇の跡を追うことも難しくなった。
首尾としては、上々というところじゃな」
「それはよかった……けど。
剣聖様。
肝心の、積み荷の子たちは?」
「メイドたちに命じて、風呂を使わせたり食事をやったり……。
長旅のあいだ、ろくな世話をされていなかったらしく、ひどく痩せてよごれておったな。
まだまだ怯えておるが……一晩眠れば、あるていど込み入ったこともはなせるようになるだろう」
「あの子たち……どうするおつもりで?」
「どうするもなにも……まずは、当人たちの意志を確認してみなくてはな。
郷里に送っても、まず度し難い貧困が待っているだけであろうし……結局は、この地に居場所を定めることになると思うが……。
ある程度、読み書きができるようならギルドの職員か迷宮内の売店で売り子。その他にも、保存食工場とか羊蹄亭の給仕とか、今のこの町には働き口なぞいくらでもある。
迷宮内で、あのバカ王子が少学舎をはじめたというから、その気なら働きながら教育も受けることも可能であるし……」
「……少学舎?
なんですか、それは?」
「知らぬか?
どうした加減か冒険者を志望して迷宮に入ったこの王国のバカ王子が、読み書きと簡単な四則演算程度の知識を、希望者に無償で教えるよう、手配をしているとか……」
「って、ことは……教練所の中でやっているのかな?
教官をやっていたのは何ヶ月も前のことなんで、そっちの方の噂には、とんと疎くなっていまして……」
「うちのとーちゃんの耳にさえ、入ってきている噂であるのにな……。
とはいっても、おぬしはおぬしで毎日のように懸念事項が目白押しで、周囲に気を配る余裕もないか……。
まあいい。
おぬし、全身が雪まみれだぞ。
中に入って、熱い茶と風呂でももらっていけ」
剣聖邸宅内、大浴場前。
がちゃ。
「……うわぁっ!
ごめんっ!」
ばたん。
「……どうかしましたか、シナクどの」
「どうか、って……まだ人がはいってましたよ、小さい子が!」
「今、中にいるのは、男の子だけのはずですけど……」
「……お……男の子ぉ?
ちらっとみただけだけど……かなり、可愛らしい顔立ちをしてたぞぉ!」
「シナクどのだって、似たようなものではありませんか。
それに……美形であるのならなおのこと、買い手はつきます。
衆道とか稚児買いをする女性も、それなりにいますので……」
「……世も末だな、おい……」
「そこまで慌てるということは……シナクどのも、そっちの趣味がおありで?」
「ない、ない!
おれ、これでもノーマルだから!」
「……あら?
シナクどのは、男女の別なく経験がないと聞いていましたが……。
なのになぜ、断言できるのですか?
当人には無自覚な嗜好があるときいきなり発現することもあるのですが……」
「……ねーよ!
ってか、なんでおれの経験の有無をこの屋敷のメイドに断言されなけりゃならないんだよ!
誰がそんな情報を広めているんだよ!」
「あら?
間違ってましたか?」
「……そ、それは……って!
よく考えてみたら、素直に答えなければならない義務ないよね!」
「……ちっ。
気づかれましたか……」
「……はぁ。
もうやだ、ここのメイドさん……」
「シナクさんは、いたってノーマル。
ゆえに、いくら美形であるとはいえど、年端もいかない男の子と入浴したって、いっこうに問題なし。
……違いますか?」
「いえ……。
それで、間違いはありません」
「では、さっさとお風呂にはいっちゃってください。
シナクさんの雪まみれになった服は、その間に炭火鏝をあてて出来る限りかわかしておきますので……」
「……はぁ。
では、それでお願いします」
がちゃ。
「……脱衣所には、いないか……。
さっさと服を脱いで……。
さあ、ちょっとご一緒させてもらいますよぉ……」
剣聖邸宅内、大浴場。
「……あっ!
さっき、吹雪を呼んだ人だ!」
「……こんなに若かったんだ……。
暗がかりで、顔の下半分をマフラーで隠してたから、人相まではわからなかったけど……」
「ねえねえ!
さっきのあれ、魔法?
魔法なの!」
「あっ……はは。
子どもは、無邪気が一番だよなあ、うん。
……魔法だけど、別におれが魔法を使えるわけではないなあ。
あれは、あるアイテムを使った効果だ」
「そんなアイテムを持っているなんて……じゃあ、おにいちゃん、冒険者?」
「さっきねー。
メイドさんに、ここが剣聖様のお屋敷だって聞いたけど、本当?」
「ぼくたちも、冒険者になれるかな?」
「おれはシナクって冒険者で、ここのは確かに剣聖様のお屋敷、冒険者には誰でもなれるけど、君たちは少し若すぎるかな?
もう何年か、食べて寝て遊んで勉強して体を鍛えて……それから、改めて決めた方がいいよ……」