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114.いのうしゃ、ふたり。

 迷宮内、教練所。

「……ほっ。

 ほっ。

 ほっ……」

「あの……」

「何用であるかな?

 ほっ」

「それぇ、なにをやってるのかなぁ、って……」

「スクワットである。

 腰より上の重量をこうして上下させることによって、足腰を鍛えておる」

「……なるほどぉ……。

 いわれてみれば……それなりに、効果はありそうですねぇ……」

「……わかるか?

 ほっ……」

「ええ。

 これでも、その手のことに関しては、センスを有しておりますので……。

 あなたぁ、小太りなのにぃ、面白いことを考案なさるぅ……」

「……ほっ。

 余が考案したわけではない。

 ほっ。

 前世の記憶を参照して……。

 ほっ」

「……前世ぇ?

 ってことはぁ……あなたぁ。

 ひょっとしてぇ……ルテリャスリ王子ぃ?」

「いかにも。

 ほっ。

 余がその、ルテリャスリ王子である。

 ほっ。

 が、かしこまる必要はないぞ。

 ほっ。

 ここでは、余も一介の冒険者にすぎん。

 ほっ」

「別にぃ、かしこまりはしないけどぉ……。

 そっかぁ。

 わたしぃ、自分以外の特性持ちとぉ、初めてまともに会話したような気がするぅ……」

「ほっ。

 なんと!

 ほっ。

 おぬしも、チート能力の持ち主かっ!

 ほっ」

「……ちーとのうりょくぅ?」

「ほっ。

 これで、三百回。

 ようやく……休憩抜きで、ここまでできるようになったわ……」

「……おつかれぇ。

 すごい汗ぇ……」

「……はぁ、はぁ。

 すまぬな、汗くさくて。

 はぁ。

 チート能力とはだな、常人より群を抜いて優れた能力、という意味だ」

「汗くさいのは、こういう場所なら当然でしょう。

 第一、先に声をかけてのは、こちらだしぃ……」

「それよりも、おぬしはどのようなチート能力を持っておるのだ?」

「わたしのはぁ、武神の加護と呼ばれているけどぉ……。

 ようするに、どうすれば相手に勝てるのかぁ、直感的に悟っちゃう能力ねぇ」

「おお。それはすごいな。

 では、そなたなら、どんな相手にも勝てるというのか?」

「勝ち方がわかるのと、実際に勝てるのとでははなしが別だしぃ。

 この能力にはいくつか制限があってぇ、基本、この体で可能なこと以上の動きができるわけではないということ、それに、場合により相手により、勝ち方が見えないときもあるということぉ。

 全然、絶対でも無敵でもないんだわぁ。

 この能力、わたしはぁ、これまでに累積されたご先祖様の戦闘記録が、瞬間的に参照できる能力だと思っているんだけれどもぉ。

 いってみれば……ほんのちょっと、必勝法のカンニングが出来るだけの能力っていうかぁ……」

「……ふむ。

 戦闘経験の記録、であるか。

 数代に渡り別キャラクターのスキルを引き継ぎ、しかし、経験値や成長はその個体のまま、という状態であるな」

「……きゃらくたぁ?

 けいけんちぃ?」

「いやなに、こっちのはなしだ。

 なに、それだけでも実に対した能力ではないか」

「……そぉ?

 今日、特別実習ってことで迷宮にはいって、はじめてモンスターの死体とかいくつか目の当たりにしたんだけどぉ……。

 勝ち方がまるで見えてこなかったり、見えてはいても、今のわたしには再現できない技だったりしてぇ、実はちょっと焦っているところだったんだけどぉ……」

「そのような能力であれば……確かに、対人戦のデータの方が、豊富であろうな」

「……でしょう?

 で、慌てて、もっと鍛えなけりゃって思ったわけぇ。

 この能力のおかげで、どう鍛えればいいかは直感的にわかるしぃ……」

「いい心がけだ。

 余も、こちらに来て、自分のいたらさを痛切に自覚した口であるからな。

 気持ちは、わからんでもない」

「参るわよねぇ。

 迷宮なんて……。

 このまま政略結婚の道具にされるよりはって、知り合いにつきあって来たはいいけど……思ったよりも大変な状況みたいだしぃ……いろいろ見ちゃったら、そのまま帰る気にもならないしぃ……」

「ということは……おぬしも義勇兵であったのか。

 義勇兵も、いろいろだな」

「あんなチンピラどもと一緒にされちゃあかなわないけどぉ、流行に乗っちゃたぁってのはあるわねぇ。

 今では、それなりに本気で取り組むつもりだけどぉ……」

「そうであるのか?」

「……そうよぉ。

 これまでの人生で、本気で何かをやりたい、やりとげたいと思ったのてぇ、これがはじめてじゃあないかしらぁ……」

「余も……まあ、似たようなものであるな。

 ここに来るまでは……前世の記憶やチート能力のこともあり、本気になればなんでも出来ると思っておった。

 しかし、実際にやりと通そうとしてみると……これが、なかなか。

 思わぬ妨害は入るは、予想だにしないことが障害になってくるはで……現実には、自分自身の体一つ、おのが意志のままに動かん有様だ。

 そして……困ったことに、その不自由な身で、このままならぬ現実、奔出する問題をどうクリアしていくのか、楽しみにしている自分に気づいてしまう。

 王宮の中にいたころ頃は、まさかこんなことになろうとは、まるで予測できなかったものよ」

「……ルテリャスリ王子てぇ、はなしに聞いていたよりはぁ、まともな人みたいねぇ」

「フラグか?

 またフラグが立ったのか?」

「旗ぁ? 旗がどうしましたぁ?」

「なんでもない。

 どうだ、あー……」

「ククリルでぇす」

「ククリル。

 チート能力者同士、この余と組んで見ぬか?

 現在の余のパーティは三名、全員、チート能力者だ。

 おぬしも四人目のチート能力者として……」

「……あれぇ?

 それ、パーティ参加へのお誘いぃ……」

「むろん、そうだとも」

「そういうの、ぱぁあす。

 本ちゃんの冒険者やる前に、まだまだ学びたいこと、いっぱいあるしぃ……それにぃ……」

「……それに?」

「わたしぃ、パーティ組むんなら、特性持ちよりも、普通の人たちと組みたいしぃ……。

 だって、特性持ちってぇ、どっか壊れている人が多いってはなしじゃないぃ……」

「……ふむ。

 カス兄ぃといい、あの魔女といい……確かにその説には、かなりの説得力があるな」

「いくら、突出した能力を持っていてもぉ、人間関係で無駄に苦労するのいやだからぁ、やっぱ組むのは普通の人がいいわぁ、わたしぃ……」

「……わかる。

 わかるぞ、ククリル。

 そうだな。そうであるな。

 無用な苦労は……確かに、負わずにすめば、それに越したことはないな。うん。

 よし。

 おぬしを余のパーティに誘うという件、それはすっぱり忘れ、なかったものとしてくれ」

「……あらぁ?

 意外な、ものわかりのよさぁ……。

 ひょっとして……今のパーティで、王子、かなり苦労してらっしゃるのかしらぁ……」

「……そ、そ、そ、そんなことはないぞ。

 わははははははは。

 では、余はこれで失礼する。

 いずれまた会う機会もあろう。

 それまで、壮健なれ」


 商人宿、飼い葉桶亭。


 ばたん。


「……ふぅ。

 今日も、変な一日だった。

 さて、さっさと着替えて……おぷぅっ!」


 がばっ。


「……隙だらけだな、シナクよ」

「誰かと思えば……剣聖様か……。

 どうしたんですか? こんな夜更けに。

 産休取っている主婦が一人暮らしをしている男の部屋を訪ねる時間じゃありませんよ」

「ときおり、ユーモアセンスの欠如をひけらかすようなことをいうな、おぬしは」

「……放っておいてください。

 それより……何事もなくて、こんな時間、こんな場所に来る人ではないでしょ。

 一体……どうしました?」

「なに、悪事へのお誘いだ」

「悪事、ですか?」

「おう。

 婦女子の集団誘拐への、誘いに来た」

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