113.かいぞうと、ほぞう。
「本当か? ルリーカ。
本当だとしたら、なぜ今まで教えてくれなかった?」
「本当。
そして、シナクに教えなかったのは、これまではその方法を使う必要がなかったから。それに、かなりリスクを伴う方法だったから」
「リスキーな方法……。
と、いうことは……ルリーカさん的には……」
「当然、推奨できない」
「その方法を実際に使うかどうかは……一通り、説明を聞いてみてから判断するよ。
説明してもらえないか、ルリーカ」
「これは……一種の、パラメータ補正法」
「売店で買った、この腕輪みたいなもんか?」
「かなり大ざっぱな分類でいえば、それに類する方法」
「というと、違う点もあるわけだ」
「ある。
この方法は、シナクしか……より正確にいうと、シナクのような体質の人しか、使用できない」
「シナクさんの体質……魔力を体内に溜められる人のみ……ということですか?」
「そう。
さきほど説明したように、魔力とは世界のほころび。
そのほころびに指向性を与えるのが魔法。
この場合は……シナクの体内ならびに体躯周辺の法則性をねじ曲げる。
その腕輪が魔法的なドーピングだとすれば、この方法は魔法的な身体改造に相当する。
当然、シナクの体にかかる負担も大きくなる。
それに比較して、得られる成果はさほど大きくはない。
だから、ルリーカは推奨できない」
「その方法を実際にやると……おれの体は、具体的にどうなるんだ?」
「短時間の間……おそらく、数十秒からせいぜい一、ニ分の間、通常時の五倍から十倍の筋力を発揮できる。普通に考えればあまり意味がないほどの短時間だが、俊敏さと機動性に優れたシナクがその間に出来ることを考えると、その効果は絶大ともいえる。
そのかわり、この力を使った直後は体力のみならず体内魔力も枯渇し、普通に立っていることさえ困難になるほどの疲労と、それに無気力感におそわれるはず」
「それは……精神面でも影響がある……ということですか?」
「そう。
重度の鬱状態になるようなもの。
体内の魔力が枯渇すると、そういう精神状態になる。
それから……」
「……まだあるのか?」
「ある。
この術式は、シナク本人の肉体と精神、両方を直接操作する。かなり長く、複雑なものとなる。
ゆえに、シナクの肉体にそのかなり長い術式を直接書き込まなくては、効果を発揮しない。
具体的にいうと、かなり広範囲な刺青という形で、シナクの肌に直接、術式を刻む必要がある」
「……術式による、精神と肉体の直接改良……か。
はは。
確かにこりゃ……軽々しくおすすめはできんよなあ」
「出来ない。
仮にシナクがその改造をしてくれともうしでてきても、ルリーカは止めるし反対する」
「だな。
幸い、まだそこまで追いつめられているわけではなし、今回はパスしておこう。
なに。
いざってとき、切り札あるってことを知っているだけでも、少しは気が楽になるさ」
「それがいいね!
でも、シナクくんだと……なにか、ちょっとしたきっかけがあれば簡単に自分を改造しちゃいそうだから不安だよね!」
「……そ、そぉかぁ?」
「そうだよ!
シナクくん、自分のためにはあまり頑張らないけど……他人を助けるためには、かなり危険なことでもするっとやっちゃう人だからね!
リンナさんやティリ様も、シナクくんのそんな部分を心配しているんだろうけどね!」
「いや、そんなことは……ないだろう」
「そうですかね?
シナクさん、ソロでやっていたときよりも、最近の、パーティを組んでからの方が、無茶のことをやっていませんか?
たとえば、今日とかの場合でも……ソロだったときなら無理をせずに引き返して、態勢を整えて仕切り直したのではないですか?」
「……そ、そう……いわれると……」
「今日、無理をしたのは……他の人たちがいたから、なのではないですか?」
「い、いや……。
本当、そこまで深くは考えていなかったって……。
まじで」
「リンナさんたちも大変だよね!
一緒にいると無茶するし、かといって、別行動でソロにしても、今の迷宮だと難易度的に無理があるし!」
「そういうことですね、シナクさん。
今のシナクさんは、すでにぼっちではないのですから、もう少し慎重に動いてください。
今日の行動は、シナクさんが教官だった頃教えていた内容に反していますよ」
「……は、はい。
確かに……面目ない」
迷宮内、地の民商工会。
ぶん。ぶん。ぶん。
「……ほれ、この重量バランスを保ったまま……柄を、もっと強靱なものに変えてもらいたいのじゃ」
『材料を変えれば、出来ないこともないが……金属製にすると、全体に、かなり重くなるぞ』
「全体に、重く……か。
ある程度は仕方がないが……下手すれば一日中、持ち歩くことを考えると……可能な限り軽量化してくれるとありがたいの」
『強靱で、なおかつ、軽く……ふむ』
「わがままで難しい注文をつけている自覚はある。
しかし、この木製の柄のままでは、疑似質量増大の術式を使用したまま振り回すと、遠心力でポッキリいっていまいかねんのでな。
戦闘中に槍が折れたら、これはもう最悪というものじゃ」
『その曲刀も、術式つきではないか』
「これでは、まるで足りぬ!
リーチも……なにより、振り回したときに得られる勢いもじゃ!
今日、そのことをいやというほど思い知らされたわ!
やはり、槍には槍の得手というものがあって……」
『いや、そのことは、わかる。
地の民は、武器の造作には精通しておるでな。
おぬしの要求も、必要性も、理解はできるのだ。
ただ……』
「技術的には、難しいと?」
『軽合金で作れば、軽くはなるが強度に不安がある。
かといって、重い金属で作れば、非力なヒト族のおなごには扱えない重量になろう。
はなしを聞く限り、おぬしはかなり過酷な使い方をするようだから、柄にかかる力も相応のものになるであろうし……だからいっそう、半端なものは渡せぬし……』
「なにか、手だてはないものかのう。
ちょうどいい合金を作るとか、心材を金属で補強し、あとは木製にするとか……」
『その程度のことで解決するのなら、とうに引き受けておるわ。
いや……まてよ。
地の民の技術だけで無理があるのなら、他の種族の手を借りてみるか……。
この手の需要は、まだまだありそうであるし……』
「需要は、これからもっと増えると思うぞ。
修練所の状況をみる限り、女性の冒険者は、これからもまだまだ増加していくであろうし……」
『軽くて強靱な素材と、それを使用した武器、な。
引き受けた!
と、今すぐ安請け合いは出来ぬが……今は一度、根本的なところから考えなおさせてもらいたい。
なに、ピス族ときぼりんの知恵を借りれば、それなりにいい思案はえられるであろう』
迷宮内、女性用宿舎。
「……敵を混乱させ、あわよくば操作する術式……は、敵の種別により可能であることが、今日、判明した。
あとはこれを……魔法にあまり縁がない者にでも簡単に使えるよう、うまいこと整理して落とし込めばいいわけだが……。
まず、最初から遠隔操作するのは難しいから、術式に直接、接触させる必要がある。
次に、一口に操作するというても、モンスターの種別は選べぬからなあ……。
かといって、無分別に暴れさせても、味方に被害がでるだけ、という場合もあろうし……。
さて、術式そのものは出来ておるが、実際にそれを素人に使わせるとなると、いろいろと、難しいものがあるの……。
完成すれば、特に拙者らのように少人数のパーティにとってかなりの恩恵となることは、わかりきっておるのだが……」