112.しなくとまほうとぞうきょうほう。
迷宮内、羊蹄亭支店。
「……ふへぇ……。
疲れた……」
「あれだけやって……一人、銀貨二枚、か……。
戦闘の後かたづけというのも、これでなかなか大変な仕事だな」
「どういう基準で判断しているのかわからないけど……一日単純肉体労働で銀貨をもらえる仕事なんて、物価の高い王都にだってそうそうないしぃ……」
「じゃあ……ギルドとしては、かなり奮発しているわけ?
この、人夫仕事の給金も……」
「そうなるわね。
このギルド自体が、かなり景気がよくて金回りがいいっていう要因もあるんでしょうけど……。
それに、これまではこの後かたづけ、人夫の管轄だったみたいだけど、これからは実習まで進んだ研修生にあてがわれるみたい。
稼働パーティが多くなって、人夫の数が足りなくなってきているんだって……」
「同じ時間拘束されるんなら、より実入りのいい冒険者を選択する者が多かろう」
「そっかぁ……。
でも、研修生にこの仕事やらせるっていうのは、いいかもなあ……。
モンスターの死体とか直に対面する機会があった方が、かえって肝が据わるってもんだし……」
「たとえ銀貨二枚でも、収入は収入。
たまにはおいしいお茶とお菓子くらい、いただいてもいいわよねぇ。
この迷宮ではお金を使えるような場所、あまりないし……」
「確かに、ここのお茶は王都の店に引けを取らないくらいにうまいけど……。
あん?
どうした? マルサス」
「いや、さきほどからな。
あそこの御仁が、女性二人になにやら責められているのだ」
「なに? 痴話喧嘩か!」
「はい、ハイネス。
そんなところにだけ反応しない!
痴話喧嘩ではなく、仕事の上での失敗みたいね。
もう小一時間くらい、ネチネチ絞られているようだけど……」
「さりげなく聞き耳を立てているククリルさん、素敵っす」
「黙れハイネス」
「細身できつそうな女性と、活発そうでやはりきつそうな少女か。
どちらも、美形であるのに……」
「なにげにチェックが厳しいマルサスであった」
「黙れハイネス」
「三人組、か……。
あの人たちも、冒険者なのかな……」
「ここで、少人数でやる仕事っていったら、それしかないでしょう」
「しかし……女性の冒険者はまだまだ少ないと聞いていたのだが……三人のうち二人が女性のパーティというのもあるのだな」
「女性だけのパーティというのもあるのよ。
宿舎や浴場でときおり顔を顔を合わせるけど……。
でもまあ、あの三人は、おおかた特殊なスキル持ちなんじゃない?
でないと、三人パーティなんて成立しないもの」
「特殊スキル、かあ……。
ククリリとか王子様とかカスクレイド卿とか……そんな特性持ちがごろごろしていそうだしな、ここのギルド。
義勇兵なんて半端な連中が来ても、あまり居場所がないっていうか……」
「……今日の片づけたモンスターとかの残骸を見てると、そういう気分にもなってくるわね……」
「三人パーティ……か。
もしや、あの三人が、今日、われわれが掃除したルートの……」
「ははははは。
そりゃないだろ、マルサス。
今日のルートは……特に、最後の鎧軍団の部屋は、女性二人と男一人のパーティの手には余るって……」
「普通に考えればそうなのだろうが……しかし……」
「そんな詮索を今ここでしたってしかたがないでしょ?
わたしたちぃ……これから、あれだけのお仕事、平然と出来るようにならなければならないのよぉ。
もう休憩は十分だし、さっさと帰って近い将来に備えないぃ?」
「そりゃ……そうだな。
ククリル、たまにはいいことをいう」
「たとえ修練所でいい成績を残したとしても、それだけではまだまだ現場では有効打にはならぬようだ。
それが理解出来ただけでも、今日は収穫だったな」
「ははは。
それで、お二人にこってりと絞られたんですか、シナクさん」
「おう、そらもう、こってりとな。
確かに自業自得といえばその通りなんだが、他にいい手だても思いつかなかったし……」
「その場の思いつきを実際にやっちゃって、しかも成功させちゃうところがシナクくんらしいね!」
「いや。
でも、本当によく使えましたね、そのグリフォンの羽根……」
「やっているときは無我夢中だったし……それまでだって、ちょいと練習していたときは、羽根の硬さを変えるところまでは出来たんだから、魔法の通し方までは、感覚的に出来るとわかってたし……。
あとはまあ、出来るんだから出来る、って信じ込むっていうか、自分で自分を騙すっていうか……」
「その手の思いこみ、魔法を使うときには有効」
「そうなのか? ルリーカ」
「そう。
魔法とは、想念により世界の理を一時的に書き換える方法。
出来ると思っていない限りは、どんな魔法も成功はしない」
「そんじゃあ……魔力、ってのは、つまるところ……なんなんだ?」
「ひとことでいうと、世界のほころび。
だから、この迷宮には蓄積しやすい」
「ほころび、ねえ……。
ルリーカやリンナさんやおれには……そのほころびを体に宿しやすい体質ってわけだ……。
正直、意味がよく理解できないけど……」
「理解できなくて正解。
ヒトは……ヒトの頭脳は、世界の埒外にある事物を、理解できないようにできている。
魔法使いは魔力を関知できるが、直感的に魔力の本質を理解できる者はいない。
先人が残した過去の研究資料を総合して、もっとも整合性のある理論を理解できるだけ」
「なんだ。
そっちも、仮説ってやつなのか」
「仮説。
でも、定説。
ほぼ間違いはないであろうと、そういわれている」
「魔法といえば……いよいよ、魔法を使う敵が現れましたか……」
「はじめてとかレアなのとか、シナクくんはそういうのによく当たるよね!」
「シナクさんは昨日、ソロでグリフォンさんと遭遇してますし……やはり、パーティではなくシナクさんに、そういう運がついているのでしょうね。
すでに三百以上のパーティが稼働しているのに、シナクさんばかりがそういうものにあたる確率を考えると、これはかなりすごいことなのではないかと……」
「はいはい。
事実なだけに否定をしてもしかたがないし、なんとでもいってください」
「そういえば……リンナさんやティリ様どうしました?」
「リンナさんは、新しい術式だか札だかを考案するとかで、ティリ様は新しい装備を買いに出てる。
今日ので、戦力を増す必要を感じたらしい」
「シナクくんは、そういうのしなくてもいいのかい?」
「そうはいっても……おれのは、防具も武器も、当面は打ち止めだろ。
金を払ってもっと性能がいいのを揃えられるんなら、そうするんだが……」
「確かに……シナクさんの場合、今の技術では、すでに限界近くまで性能を向上させていますからね。
特に防御関係は、最新鋭の術式を使っていますし……」
「欲をいえば……ほとんど物理攻撃しか効かない相手に対する打撃力が、欲しいところではあるんだが……。
この野太刀と三種類の複合術式だけだと、そろそろ追いつかなくなってきてるし……」
「ほとんど物理攻撃しか効かない相手と、それに、多数の敵を相手にしたときの対策、ですか……」
「ああ、それそれ。
うちのパーティはリンナさんがいるから、まだしもマシなんだが……それでも、魔法が効きにくい相手ってのはいるからなあ」
「シナクの打撃力を増強する方法……ないことも、ない」
「……本当か、ルリーカ!」