109.そうごてんいふ。
迷宮内、管制所。
「ということで、人手と、それに苔を剥ぐ道具なんかも欲しいわけですが……なんとか、手配できますか?」
「ええと……ちょっと待ってください。
人手はどうにかできますが、道具の方はちょっと聞いてみないことには……」
「手近な剣や槍でも苔はどうにかできますが、ちょっと効率が悪くなる。
一気にかっぱげるような……T字形の道具とか用意してもらえると、効率が全然違ってくるんですが……」
「はい!
別の場所で作業をやっている職人さんに頼んで、急遽いくつか作ってもらうことにします!
シナクさんたちは、今しばらく待っていてくださいね!」
「そんじゃあ、おれたち、そこの羊蹄亭にいますんで、準備できたら声をかけてください!
迷宮内、某所。
「……二週目……転送!」
「ええと……これで台車、六台分、片づけた計算になるんだよな」
「かろうじて半分くらいはぁ、片づいたのかしら?」
「半分……か。
これ、量が多すぎ!
歩く距離、長すぎ!」
「おお。
ハイネスがついに泣きをいれた」
「一度脱出してから、管制に相談してみましょう」
「そうしよう」
「……もっと早くに、そうしておけばよかったよな……」
迷宮内、羊蹄亭支店。
「……ふぅ。
熱いお茶。
この暖かさが、心地よい」
「こうしてみると、あそこはかなり冷えていたのじゃな」
「まったく、へんな動植物もあったもんだ。
周囲の熱を吸い取る苔、か……」
「利用価値も、それなりにありそうじゃがな。
おや、魔法剣士よ。
今度はなにをしておるのか?」
「新しい術式の研究。
無勢で多勢で相手にしたときとか、物理攻撃しか効かない相手への対処法を、少し考えてみようかと……」
「おお、さっそく。
流石はリンナさん」
「成果はあまり期待するでないぞ。
こういうのは拙者よりも、専門職であるルリーカとかの方が得手としておるからな。
ちなみにシナクよ。
おぬしなら、多勢に囲まれたとき、どう切り抜ける」
「おれなら、とりあえず片っ端から腱を傷つけて動きを封じて、それから一つづつ潰していきますね。
急所のない、例の動く甲冑みたいな相手には通用しませんが」
「それでは、術式としては意味がないの……。
ふむ。
物理攻撃、か。
それに、一つ一つ、潰していく……」
「……シナクさん、お待たせしました!」
「というほど、待ってもいませんが。
もう、準備が整いましたか?」
「ええ、別件で、かなり大勢の職人さんがこちらに来ていたもので、一度手を止めて道具を作ってもらいました。
それから、あちらの研修生の方々が協力してくださるそうです。みなさん、実習にでるところまで進んでいる方なので、ちょうどいいかと……」
「はいはい。
こっちとしては、人数を集めてくだされば、それで結構です」
迷宮内、某所。
「全部で二十人、ってところか。
T字形の道具とか車輪つきの台車まで用意してもらって……ずいぶん、気前がいいことだ」
「ギルドとしても、早期解決を望んでおるのだろう。
異例のことであっても、解決が可能ならば協力はしてくれるさ」
「ですね。
では、研修生のみなさん。
今日は協力してくれてありがとうございます。おれは冒険者のシナクといいます。今日一日のつきあいとなりますが、よろしくお願いします。
ギルドの方からはなしは伝わっていると思いますが、今日、みなさんしていただきたいのは、この苔を剥いでもらうことになりです。
こちらのリンナさんが魔法で凍らせて乾燥させますので、そうしたら少しの力であっという間に剥ぐことができます。それを集めて、この台車で回収してもらうだけのお仕事です。
手間はかかるし地味ですが……」
「……以上で、なにか質問はありますか?」
「はい。
質問ではなくて、要望になりますが……この苔取りが終わっても、今日一日、こちらのパーティの仕事ぶりを見学させてもらってもよろしいでしょうか?」
「……どうします?
リンナさん、ティリ様」
「許可してもよいが……物理的に、無理であろう」
「シナクよ。
おぬしが長いことソロでいた理由を忘れたか?」
「ああ……ついて来れないか……」
「ついてこれるのなら、ご自由に……とでも、答えておけ」
「ですね。
それが、無難そうです」
「人数がいますし、武装もしているようなので、見学については各人の自由としてます。
ただし、こちらも仕事でここに来ていますので、みなさんが来るのをいちいち待っているほど悠長なことはできません。
おれたちはおれたちのペースで進みますので、見学をご希望の方は勝手について来てください。その際、はぐれたりした方、他の見学者と距離ができた方は、無理をせずに脱出札を使って、すぐに外に出てください……」
「場所により、天井も苔むしているようであるが……」
「壁と床のさえ剥がせば、この冷気もかなり和らぐかと」
「先に進むのに支障がなければ、それでいいのではないか?」
「で、あるな。
では……手分けして、壁と床の苔をお願いしたす」
迷宮内、管制所。
「ああ、それでしたら……今日、あがってきたばかりの、試作品があるんですが……」
「相互転移符……ですか?」
「これを離れた二カ所の貼ると、それぞれの場所を転移陣で結ぶことができるようになります。
用が済んだら、お札を貼がせば転移陣は消えます。
物流関係で、こういった需要が今後増えるとみこして開発されたそうで……。
でも、あとニ往復でそちらのお仕事が終えられる見込みでしたら……こちらのお札もあまり使いようがないですね。
一往路分しか、省力化できないというか……」
「「「……あっ」」」
「やっぱり……もっと早くに、相談しておけばよかった……」
「一往路分でも、楽ができるだけましじゃない?」
迷宮内、某所。
「相互転移符……ねえ」
「試作品を使っていいというから、貰ってきたのであるが……」
「確かにこういうの、あれば便利だけど……なんか、どんどん簡単になるな……」
「その方がいいではないか、シナクよ。
聞けば、迷宮に魔力が溜まりすぎると、またモンスターの大量発生を招くとかいうし……使えるものなら、迷宮の魔力なぞ、いくらでも使い尽くしてみればいいのじゃ」
「そうなんですけどね……迷宮にどんどん人の手が入って、気軽な……人にとってわかりやすい、ありふれた場所になっていくのをこうして目の当たりにすると……少々、複雑な気分にもなりますね。
ギルドはいろいろな施設を迷宮内に作って、もっと大勢の人が行き来する空間に仕立て上げようとしているようだし……」
「それはギルドの意図だけではなく、外部からの要請もあってのことだと思うが……いずれにせよ、拙者にもシナクのいわんとすることは理解できる。
以前から迷宮を知るものとしては、少々複雑な心境にもなるわの」
「わららはその点、ここへ来てから日が浅いからの。
いろいろなことがありすぎて長いように感じるが、冒険者として本格的に活躍しだしてから、まだ数日しかたっておらん。
わらわにしてみれば、毎日が発見と変化の日々よ。
懐かしむことができるようになるまでには、まだ少々の時間が必要なのであろうな」
「毎日が、発見と変化、か……。
それはこっちも同じですが……いつの間にやら、それが当たり前のことになっているから……」
「特にシナクの場合、発見と変化には事欠かない生活を送っておるからな」
「まったくです。
おれとしてはもっと穏やかな、変化のない日々を望んでいるんですが……」