106.きかくがいのしんじんたち。
迷宮内、管制所。
「はい、これ。
とりあえず、一本の通路、行き止まりまで探索し終えました。
終点は、例によって、大きな部屋。
百体以上の動く鎧がいて、かなり手間取ったけど、なんとか制圧した」
「お疲れ様です、シナクさん。
動く鎧が百体以上……ですか。
相変わらずですね」
「あんなのがボコボコ出てくるんなら、他のやつらもかなり手間取っていると思うけど……救援要請とか、来てないかな?」
「今のところ、あまり……。
部屋についたらまず様子をみて、自分たちだけでは手に負えそうにない場合には脱出札で一時離脱。
パーティメンバー募集掲示板に乗っている人に片っ端から声をかけたり教練所の実習組に手伝ってもらったりして、人海戦術で対応している場合もあるようです」
「……なるほど。
新人さんの方が、新しいお札を積極的に使いこなしているみたいだなあ……」
「ええ。
中には、任意の地点に転移陣の出口を作るようなお札をギルドで作ってくれないか、みたいな提案をしてくる方もいらして……」
「はは。
こりゃ、ますますうかうかしてられないや。
確かに、攻略するのが目的であって、特定のパーティだけですべての問題を解決しなければならないわけでもないしな……。
通路部ならともかく、広い部屋に出れば人数的な制約もあまり関係ないし……。
転移陣の出口を開くお札なんてのが出来れば、ことによると探索業務班と対大物モンスター討伐班、みたいに冒険者を分業化することも可能になるわけだし……」
「将来的にはそうなるのかも知れませんが、シナクさんたちみたいにどちらのお仕事もこなせる方が一番賞金を稼げると思います。
大人数で討伐しても、その分、賞金の方も頭割りになってしまうわけですし……。
では、次はこちらの探索業務をお願いします」
「それは、そうなんだけどね……。
はい、確かに。
おれたちのパーティは、少し休憩してから迷宮にはいります」
「お願いします」
迷宮内、女性用簡易浴室。
「この仕事をしていると、生傷が絶えないのが、なんとも……」
「仕方がなかろう。
いくら術式で守られているとはいっても、すべての攻撃を受け止めきれるわけでもなし」
「防御術式がするのは、向かってくるものをそらすことと、衝撃を緩和すること。
確かに、完全でも完璧でもないのであるが……」
「……傷を治す術式とかは、ないのであろうか?」
「あることはあるのだが……その分、生気を消耗するので、実際には使用されることはあまりないの」
「生気を消耗……で、あるか?」
「簡単にいうと、傷の治りが早くなる分、疲れるのだ。
一日中、寝台にでも寝そべっていられる状況なら問題はないのだが、戦闘中とか死にかけの重傷者にこの術式を使ったりすると、かえって逆効果になる。
傷が癒え、しかしそのおかげで本人が危ないめにあうようであれば、それこそ本末転倒というものであろう」
「……そういうことか。
なかなか、難しいものであるの」
「結局、傷だの怪我だのはしかるべき治療をほどこした後、自然に癒えるまで放置するのが上策というものだな」
「傷だの怪我だのをしないのが、一番じゃ」
「もっともだ。
さて、シナクも待ち疲れておろう。
さっさと身支度を整えて参ろうぞ、帝国皇女」
迷宮内、教練所、射的場。
ズバン! ズバン! ズバン! ……
「……すげえ」
「さっきから……一発も、はずしてない……」
「あんなに速射しているのに……」
「……この程度、造作もない。
義勇兵が軟弱者の集まりだとは、思われたくないのでな。
貴族の中には、武を尊び幼少の頃より修練を欠かさない者も、少なからずいる……」
迷宮内、教練所、剣術指導所。
「あの音は……マルサスか。
やつめ、一刻も早く迷宮に入りたくてうずうずしておるな」
「……次、ハイネス!」
「はいはーい!
教官! 指導お願いします!」
「いいから来い!
後がつかえている!」
「では……」
カンッ!
「……おい!」
「今の、見えたか?」
「ダハロ教官が、一合も交えず……」
「剣を……飛ばされた……」
「ども!
自分、地元では神速のハイネスと呼ばれてましたです!
ここの教練、どうも自分には学べる部分がなさそうなので、別のところに移っていいっすか!」
迷宮内、教練所、模擬戦場。
「……だる。
剣術指導所がうるさいのは……ああ、あの子がまた、考えなしに騒がしているのか……。
ハイネス……昔っから、無駄に軽薄にできているから……」
「そこの女子!
早く誰かとパーティを組んでください!
今だけの仮パーティでいいので……」
「……セルニ教官。
面倒くさいんで、そういうの、いいですぅ……」
「……はい?」
「わたしぃ、一人パーティでいきますので……」
「そ、それでは危険すぎます!」
「大丈夫でぇす。
昔から、こうしてきたんですから……。
それで、ちゃんとお家から立派な防具一式も持ってきてますし……」
「いや……でも……」
「……こうして立っているだけでも面倒くさいんで、はやくはじめません?
なんなら、わたしぃ、最初でもいいですよ?
はやくはじめれば、はやく終わるし……」
「セルニ教官!
この女子の相手は自分らのパーティがしてもよろしいでしょうか!」
「……アジヌズくんも、落ち着きましょうね。ね!」
「誰でもいいから、はやくやってはやく終わらせましょう……ふぁ」
「では、自分らのパーティがお相手させていただきます!
野郎ども、用意しろ!」
「「「「「……おうっ!」」」」」
「あ、あの……みなさん、落ち着いて……。
男子六人で、女子一人を……」
「セルニ教官!
開始の合図をお願いします!」
「……きょうかーんっ!
本当に大丈夫なんで、遠慮せずにはじめちゃってくださいーい!」
「……え? え?
で、では……どーなっても知りませんよ!
はじめっ!」
「「「「「「……うぉぉぉぉぉぉぉうっ!」」」」」」
「えい」
ぐぉぉぉぉぉぉ……んっ!
「……え? え?
なに?
なにが起きたの?」
「セルニ教官……」
「ククリルさんが槍の柄で……」
「六人全員の足首を……一気に薙ぎ払いました」
「わたしぃ、不動のククリルとか颱風のククリルとかいわれててぇ……いわゆるひとつの、特異体質?
あれ……ふぁ。高貴な血補正ってやつを受け継いじゃったみたいでぇ……武術関連全般、無駄に勘働きが異常にいいみたいなのよねぇ……。
ご先祖様の誰かが、どこかの武神の加護を得るようなことをやったみたいでぇ……。
迷宮に入れば……少しは退屈しないですむのかな?」
迷宮内、第二食堂。
「マルサス、お前、さっき教練所を無駄に騒がしていただろ?」
「それはぁ、あんたのことでしょ? ハイネス」
「そういうククリルだって、一人で何パーティも連戦連勝してたじゃねーか……」
「わたしぃはぁ……そういう風に生まれついているんだもん。
でもぉ、マルサスとハイネスは違うでしょ?
家風かなんか知らないけど、結局は本人の努力でここまで育った努力型」
「確かに、なにもしてないククリルに較べりゃあ……それなりのことはしてっけどよ……。
おい、マルサス! お前もなんかいえよ!」
「ククリルに抗弁するのは、無駄だ」
「ったく、相変わらず愛想ないやつだな……」
「おい! お前ら!」
「はい!
なんでございましょうか、先輩方!」
「……ハイネス、うざっ……」
「お前ら、平民と馴れ合うのが、そんなにおもしろいのか?」
「先輩方にはそうみえましたか?
特に馴れ合うつもりもございませんがね、ここの研修を一通り受けないと、迷宮でロストする可能性が大きくなるということで、しかたなく……おれたちは先輩方とは違って、純粋に迷宮に入るのを楽しみにしておりますので、はい」