102.かみあわないさんにんぱーてぃ。
迷宮内、教練所詰め所。
「義勇兵の次は、王国軍魔法兵だと?
それも、パスリリといえば王都一の魔法の名家だというではないか。
いったい、なにを考えているのだ」
「んふふふふふふふ。
それよりも、魔法使い向けのカリキュラムなぞ、これまで想定していなかったというのが、もっと差し迫った問題だと思うのだけど……ダリル教官」
「予想通り……というか、測定値は全体に低めですね。
ちょいと前に入った王子様並です」
「あの王子様は、あれなりに頑張ってはいるからな。
DはDでも、かなりCよりのDくらいになるまでは持ち直している」
「ただ……パニスさん、ですか。
彼女の場合、魔法が使えるというスキル特化型として、パーティメンバーとの組み合わせまで考慮した上で教練を施すべきかと」
「あと、座学を中心にするべきだな。
魔法使いが今さら体を鍛えても仕方がない。
あのルリーカ嬢だって、身体能力的にはごく普通の娘さんだ」
「それに……彼女、本業をおろそかにはできないから、当面、迷宮に来れるのは夜間か休日のになるとかで……」
「それでは、まともな指導もできぬではないか。
ますます、なにをしに来たのかわからんな」
「なに、王都一の魔法使いがわざわざやってきたんだ。たとえソロで迷宮に入ったところで、滅多なことはあるまい。
むしろ、お手並み拝見といこうではないか。
われら教官組としては、聞かれたことにのみ答えておけばよいのではないか?」
「では、彼女への指導方針としては……座学を中心にし、最低限の知識獲得を目的にし、積極的な干渉は差し控える……と、当面は、そういうことでいいか?」
「あとは……彼女の出方次第であるな。
彼女自身がさらなる知識や指導を望むのなら、こちらとしても教えるのにやぶさかでもないのであるが……」
迷宮内、男性用宿舎。
「もし」
「え?
あんた、女かい?
こっちは男子用だよ」
「ある人に、所用がありまして。
ルテリャスリ王子様がこちらにいると伺ったのですが……」
「……王子?
ああ、余の人か。
そんなら、もう少し先にいった、左側の寝台にいるはずだ」
「ご案内、感謝いたします。
それでは」
「……余の人が女にいいよった場面は数限りなくみてきたけど、女の方から余の人を訪ねてきたのはこれが初めてだな」
「王子様、ルテリャスリ王子様ではございませんか?」
「いかにも、余はルテリャスリ王子であるが……おぬしは?」
「このような風体、訝しく思うのは当然でございます。
目下、病を得て見苦しいことになっておりますゆえ、お目汚しと思い顔を覆っている次第であります。
わたくしの名はパニス・パスリリ。数代に渡り王家に仕えし魔法使いの末席に連なるもの。こたびの遠征軍にも加わっております」
「おお、あの高名なパスリリ家の!
したが、その令嬢がなに用あってこのような場所に?」
「軍を抜け、単身で迷宮に挑まんとする王子様の心意気、このパニス・パスリリ、心より感服いたしました。
王家より数代に渡りご恩を受けている身ゆえ、軍務を放棄するわけにはいきませぬが、このパニスめも出来うる範囲内で王子様の手助けをさせていただきたく……」
「なんと!
そのような殊勝な申し出を受けたのは……ううっ!
余にしても……」
「……お、王子様……」
「あ、いや、なんでもない。
はは。
普段から理解者に恵まれておらぬと、不意打ちに弱くなってな。
それより……そうか、あのパスリリ家の令嬢が、余に手助けを申し出てくれるとは……これは、運が向いてきたぞ。
おぬし、パニス嬢ともうしたか。
これから、あるいは明日にでも、時間はとれるか?」
「病ゆえ、軍務については数日の暇をいただいているので、数日であれば体は空いておりますが……」
「病とは……それほど、重篤なものであるのか?
だったら……」
「いえ、体調的には、問題はないのですが。
ただ、この面貌が酷いことになっておりますので、魔法兵の頭領として威厳を保つ必要があるため、軍務はおやすみさせていただいている次第でございます」
「ああ、容色が、な。
おなごにとっては、重大事であるな。
それはともかく。
おぬしの魔法と余の絶対防御、この二つがあれば恐れるものはなし、さっそく二人でしっぽりと迷宮に……」
「あと、このカスクレイドの力も加わって、三人でいけば怖いものなぞないな」
「……か、カス兄ぃ……。
どこから……」
「なに、今来たところだがな。
パスリリ家の姉弟といえば、魔法使い以外の者を人とも思わぬ傍若無人な輩と聞いておったが……ふむ。
人の噂はあてにならぬものであるなあ。
人望がないことでは定評のあるこのルテリャスリに、わざわざ追従しようなどとは……なかなかに、殊勝な心がけではないか。
あるいは……別に、思惑でもあるのではないか?」
「カスクレイド卿……で、ございますか……。
思惑などと……このパニス、決してそのようなことは……」
「ふん。
まあ、そういうことにしておこう。
このルテリャスリはな、絶対防御などとうそぶいておるが、その心根は極めて単純で傷つきやすい。
おおよそ、王族にはあるまじき心性の持ち主といえる。
おれとて、こんなルテリャスリはさして好みもせぬのだが……それ以上に、こやつをだしにして何事かの野心を遂げようとする類の連中は、もっと好かん。
パスリリ家の令嬢とやらよ。
もし二心あるならばこのカスクレイドが敵に回ると、そのように心得よ。おぬしの魔法もたいそうなものであるが、いかんせん、詠唱の時間が必要となるという致命的な欠点がある。
十人力ともそれ以上とも称えられしこの体躯が女の細腰を砕くのには、ものの一秒も必要とはせん。
それでもよいというのであれば……当面、この三名でパーティを組むこととしよう」
王国軍、将校用天幕。
「……はぁ。はぁ。はぁ」
「だ、大丈夫かい? 姉さん……。
こんなに遅くまで、どこで……。
それに、その汗……」
「……あの、脳筋公子がぁ!」
「わぁっ!」
「さんざん、人を引き連れ回して……作戦もなにもなく、王子を突っ込ませて……。
おかげでこっちは大がかりな魔法がつけなくなるし、しまいには、ハァピィが、ハァピィの大軍がぁ!
あー!
もう、思い出してもイライラするぅっ!
あんなの、わたし一人に任せてもらえば三秒で全滅させられるのよぉっ!
なんだって王子を真っ先に突っ込ませるのっ!
人質?
わざと?
わざとなの?」
「……ね、姉さん?」
「ちょっと……何秒か待ってね、テリス。
落ち着いて、それから順を追って説明するから」
「……うん」
「……ふう。
実は今日、冒険者登録をして、ルテリャスリ王子様とカスクレイド卿との三人でパーティを組んで、迷宮に入ってきたの……」
「……姉さん!」
「な、なに? テリス」
「最近、挙動不審でしたので心配していたのですが……姉さんもちゃんと魔法使いのことを考えてくれてたんですね!」
「……あー……それは……」
「そうです!
われら魔法兵は、魔法兵でも可能な迷宮での戦い方を模索せねばなりません!
姉さんが寝込んでいる間に迷宮を見学させてもらったり、仲間内で語り合ったりしてきたのでが……姉さんが一人で考えて同じような結論にいたったことが、ぼく嬉しい!
しかも、ルテリャスリ殿下とカスクレイド卿という強力な支援者とさっそく手を組んでいらっしゃるなんて!」
「ちょ……テリス。
お、落ち着こう……ね」
「やはり姉さんは、ぼくの……いえ、パスリリ家の誇りです!」