101.ぱにす、さんせん。
王国軍野営地外部、城塞建築予定地。
「穴掘りの次は、板を組みたてて……」
「型枠、っていうそうだ。
なんでも、この枠の中に壁の元を流し込むんだとよ」
「壁の元?」
「最新の工法だそうだ。
砂とか小石とか石灰だとかを混ぜで水で溶いたものを流し込んで、固める。
すると強固な壁になるんだとよ」
「はぁん。
確かに、聞いたことないな、そんな普請法」
「じゃあ、あの鉄材は?」
「骨、なんじゃないか?
壁をより強くするための」
「……こんだけ厚い壁作っても、まだ足りないってのかよ」
「軍事施設だもんな、ここ」
「それも、対モンスター用だ。
土台だって、こんな地中深くに作っているくらいだしな。
いくら押し寄せてきても外に漏らさないように、とにかく頑丈に作るんだろう」
「でも……モンスターって、虫型とか鳥型とか、空を飛ぶやつだって多いよな」
「その手のは、魔法だか大砲だかで対応するんだろう。
よくわかんないけどな」
「わかっているのは……」
「ああ。
うちの上の方が、かなり本気でこいつを作っているってことだ。
でなけりゃ、ここまで大がかりな普請はできねえ。
五万って大軍も……ことによると、全部工事に必要な人数として勘定しているかもしれねえ」
王国軍司令部。
「木材、鉄材、石材、砂、砂利、石灰……資材は、順調に到着しているようですね」
「一度ルートが定まれば、あとは定期便になりますので、供給は安定するかと」
「実際の普請は技官に任せるとして……ふむ。
木材関係が……」
「予想よりも値上がりしております。
どうも、迷宮内でも建材を必要とする作業が急激に増えたらしくて……」
「それでですか。
需要が増えれば値が上がるのは当然のことですが……お国のためということで、圧力をかけられませんかね?」
「それがどうも……王国高官子弟の声がかりもあるらしく、容易には脅せない状況のようです」
「前の報告にあった、義勇兵というやつですか……。
向こうのギルドも、彼らの対処には苦慮しているようですが……こっちにまでこんな形で影響があるとは……。
何事も、思い通りにはいかないものですねえ」
「それだけではなく……王国大学の関係者ならびに帝国大学の関係者が、本格的に迷宮に居座って調査を開始する模様です」
「学者さんたちまでもが、ですか?
確かに、あそこからは世にも珍しいものばかりが出てきますから、調査しようという気になるのでしょうが……。
ふむ。
どんどん、直接介入がしづらくなりますねえ。
グリハム小隊の選抜隊の件、進捗状況はどうなっていますか?」
「ギルドより迷宮内部の空間を借り受け、すでに訓練を開始しています。
実地に使えるようになるまで、一月ほどかかるとのことです。
第二期、第三期などの後続選抜隊の訓練開始も間髪をおかず予定されていますので、一度実戦に投入されはじめれば、あとは安定して供給できるとのことです」
「グリハムくんのやることですから、間違いはないでしょう。
なにしろ、彼は、実戦指揮の天才です。
城塞建築に影響しない範囲内で、引き続き可能な限りの援助をしてあげてください。
彼ら選抜隊には、王国軍が決して手を抜いていないことを対外的にアピールする重要な役割を担ってもらうわけですから」
「はっ。
それから、魔法兵に……」
「なにか、問題でも?
これからしばらくは、城塞建築に少し協力してもらう以外は、彼らに仕事はないはずですが……」
「問題、というか……。
迷宮を見学して以来、どうも、妙な使命感に目覚めた風でして……独自に迷宮内で有効な戦術を研究しはじめました。
今のところ、これといった成果もみられないようですが……場合によっては、非番時に冒険者登録をして迷宮に入る者も、出てきそうな様子です」
「飼い犬は飼い犬なりに、主人のいうことにだけ耳を傾けていればいいものを……。
まあ、いいでしょう。
今の迷宮は、その過酷な状況とは反対に、滅多にロストできないような措置を冒険者に対して行っているそうです。
ですから、本来の任務に差し支えない限り、みて見ぬ振りをしてあげてください。
それで彼らが満足をするのなら、あえて禁止するのも酷というものでしょう。
もう何代にもかけて、自分で判断することをやめてきた人たちの気質性質が、迷宮に入ったくらいでいきなり変化するとも思えませんけどね」
迷宮内、羊蹄亭支店。
「だからな、帝国王女よ。
シナクはあれで可哀想な生い立ちの男なのだ。
そこを汲んで、われらとしてはもう少し遠慮というものをだな……」
「なぜにわらわらがシナクに同情して遠慮せねばならぬ。
シナクはな、あの伯父上に長年にわたって英才教育を施されてきたのだぞ。可能なことなら、わらわが代わって欲しいくらいに恵まれておるわ」
「シナク、可哀想な生い立ちなの?」
「……今こうして、女性陣にぼろくそにいわれているところは可哀想なのかもしれない……。
は、はは……」
「……もし、すいませぬ」
「はい?」
「冒険者の方とお見受けする。
ギルドに登録するには……」
「ああ。
あっちに見える管制所までいけば、懇切丁寧に案内してくれますよ」
「おお、あそこで。
ときにこちらには、ルテリャスリ王子がすでに冒険者として登録しているとか……」
「ああ、あの王子様ね。
昨日あたりから、カスクレイド卿とかいう人と組んで、迷宮に出入りしているようだけど……」
「迷宮に?
まだ、研修中の身と聞き及んでいたのですが……」
「研修中でもありますが、迷宮への出入りは本人の意志次第です。
ギルドの研修ってのはあくまで最低限必要なスキルを与える場所で、いわば、一種の目安みたいなもんだと思ってください。
一通り受けていた方が、安心できるはずですし、確実に生き残れます」
「さようでございますか。
では、長々と失礼しました」
「……フードで顔を隠していたけど、妙な雰囲気を持った女だったな。
あれも、義勇兵の一人か?」
「強力な、魔法使い」
「そうなのか、ルリーカ?」
「そう。
塔の魔女ほどではないけど、普通の魔法使いの三人分くらいの魔力持ち」
「おや、まあ。
そんな強力な魔法使いが、今になって迷宮入りを望む、か……。
どんないきさつがあるのか知れないが、なにしろ貴重な魔法使いだ。
協力的な人だといいがな……」
ギルド管制所。
「パニス・パスリリ……さん。
えっと……王国迷宮派遣軍所属の……魔法兵!」
「ええ。
今は、病を得ていますので、顔を衆目に晒したくはないのですが……。
職場には、すでに了解を取ってあります。
こちらへの登録者は、その前歴を問わないと聞いておりますが……」
「え……ええ。
もちろん、軍籍のままでも登録可能ですが……現に、グリハム小隊の方々が……そ、そうだ、そちらでお世話になっては……」
「野盗狩りの方々とわたくしたち魔法兵とでは、同じ王国軍といっても仕事の性質がまるで異なりますので……お声をおかけしましても、かえって向こうの方のご迷惑となりますでしょう」
「そ、そうなんですか……。
それでは、こちらが仮の登録書となります。
これから、修練所で各種能力値を測定していただくことになりますが、お時間はおありでしょうか?」
「もちろん、たっぷりとございます。
ただ……わたくし、魔法使いの家に生まれましたもので、運動関係に関しては、からきし自信がないのでございますが……」