100.ぎゆうへいのきゅうしゅつ。
「脱出札と引き寄せ札、ですか?」
「ええ。
明日より配布開始、携帯を義務づけます。
それだけで、ロストする可能性が激減するはずです」
「確かに。
単純なことだけど……画期的ですね、これは。
むしろ、なぜ今までこんなアイテムを作ろうと思わなかったんだろうかと、疑問に思うほどです」
「今までは、作ろうと思っても迷宮内にこのようなお札を作動させるほどには魔力が充満していませんでしたから……」
「あ、そうか。
作ったとしても……作動させる魔力がなかったわけか……」
「それで、迷宮各所に、モンスターの大量発生を見越した隔壁を、結界術式で……」
「……あっ。
ギリスさん、こんなところに……」
「どうしたんですか、エズラさん。
あわてて……」
「それが……迷宮に入った義勇兵パーティーのうち、何組かから、救助要請の通信が入りまして……手すきの冒険者の方がいらっしゃいませんので、今、教練所に声をかけようかと……」
「……おれがいきましょう。
それと、きぼりんを一体、呼んでください。
二人で組んで行動すれば、移動のための時間を最小限に抑えられるはずです」
「お願いできますか、シナクさん!」
迷宮内、管制所。
「それが救助要請通信が入った方のリストになります」
「今の時点では十二組でございます」
「……多いな」
「内容的には……モンスターが予想以上に強く、自分たちの手に負えそうもない、何とかしてくれという悲鳴混じりの嘆願がほとんどですね」
「いって、モンスターを始末していけばいいのな」
「リストはすべて記憶しました。
転移陣を書きます……書きました抱き枕様」
「あいよ。
じゃあ、いってきます」
しゅん。
迷宮内、某所。
「……うわぁあっ!」
しゅん。
「ほい、どいたどいた」
「……え?」
「そこにいられると邪魔なんだよ。
よっ! はっ!」
ざしゅ。ずしゃ。
「……あっ」
「……一撃で……」
「怪我人は?」
「四名でございます抱き枕様ただいまか止血と麻痺の札を使用中でございます」
「それ終わったら、片っ端から脱出札貼っていけ」
「……あ、あの……」
「おれたちゃ、ギルドの依頼であんたたちを助けに来たの。
あんたらもさっさとお帰りぃー」
ぺたぺた。
しゅん。
「……おー。
本当、貼るとすぐに作動するんだな、これ……
」
「抱き枕様次の転移陣が書き終わりました」
「はいよ」
しゅん。
迷宮内、管制所。
「六名様、ごあんなーい!
うち、怪我人は四名様ぁー!」
「どう?」
「うん。
お札が効いているし、この程度の傷ならこっちで縫っちゃった方が早いね」
「病院の先生、最近うちから運び込む人が多いからカリカリしてきてるし、その方がいいね」
「しかし……このくらいの浅手で気を失っちゃうかぁ……」
「あ、元気な方は、後ろの邪魔にならないところに下がっててくださいね」
「はい、綿と蒸留酒」
「出血は、そんなんでもないけど……。
お酒は、こんなもんでいいのかな?」
「はい、糸はこれね」
「はい、どうも。
じゃあ、縫いますか」
「あ。
誰か教練所いって、応急処理の実習やりたい希望者がいたらつれて来てー。
この分だとまだまだ来そうだし……」
「それはもう声をかけてるー」
「あ、そ」
「五名様、ごあんなーい!
うち、怪我人は全員、五名様ぁー!」
「シナクさんたち、手際がいいなあ。
こっちの処理よりもよっぽど早いし」
二時間後。
迷宮内、羊蹄亭支店。
「んで、シナクくんはあっさりと全員を救出しちゃったわけだ!」
「冒険者カードを持っていれば居場所はわかるし、順番にきぼりんに転移させて邪魔なモンスターを排除し、義勇兵とやらを札で押し戻して来ただけだけどな。
ある程度以上の腕を持った冒険者だったら、誰でもおれと同じことができるし、通路で遭遇するモンスターを討伐しても今さら自慢にもならん。
むしろ、あの程度で自力で帰還できないくらいのパーティだったら、最初から迷宮にはいるなとおれはいいたい。
後始末が、面倒くさい」
「まあまあ!
ギルドも救助手当をばっちり請求するそうだし、その大半はシナクくんときぼりんちゃんところに入るわけだから、そんなに拗ねないんだね!」
「そうはいうがな、コニス。
今日程度の救出活動なら、研修中のパーティにだってできそうなんだよな。
転移魔法だけ、どうにかすれば」
「明日から配布される予定の二種類のお札があれば、その救出活動だって不要になりますよ」
「となると……あとは医者かあ」
「それも、今日の件でなんとかなりそうですよ」
「本当か? レニー」
「ええ。
救助された義勇兵の方々がぞろぞろ王都へお帰りなり、そこで迷宮がいかに恐ろしい場所であるか、にもかかわらず貧弱な医療体制しかないことを喧伝しくれましたので、王都の医学生や若いお医者さんが何名か、研修もかねてこちらに派遣されてくるそうです。
残った義勇兵のために、という意味合いが大きいようですが……」
「向こうさんの理由なんざ、なんでもいいさ。
それでこちらが助かるのは、確かなことなんだから」
「しかし、シナクくんも相変わらず忙しいね!
グリフォンさんと遭遇して、宝箱で当たりを引き当てて、義勇兵を助けて……」
「まったくです。
ぼくなんかよりもシナクさんの方が、よっぽど強い幸運補正を持っているのではないかと疑ってしまいますね」
「おれとしては、代われるもんならいつだって代わってやりたいぐらいだよ、レニー」
「仮にシナクさんの立場と代われたとしても、ぼくなら絶対に代わりたくはないですね」
「「……苦労するから」」
「冗談はともかく、あの宝箱のせいで、より正確にいうのならシナクさんが引き当てたミスリルのせいで、義勇兵のみならず他の冒険者たちも浮き足だっています」
「そんなにか?
真面目に仕事してれば、一月かそこいらで稼げるだろ?
それくらい」
「シナクさんならそうなんでしょうが……並の冒険者は、そこまで稼げません。
よくてその半分、たいていは三分の一から四分の一以下です。
それだって、他の平民の収入と比較したら、かなりのものなんですが……」
「ミスリル・インゴットが十本もあれば、一生遊んで暮らせるからね!
目の色も変わろうっていうもんだよ!」
「そういわれりゃ、そんな気もしてくるが……。
そもそも、仕事もしないで遊んで暮らして、いったいなにがおもしろいんだ?」
「シナクさんの人生観については、とりあえず置いておくことにしまして……今回、宝箱の当たりが出たことで、ますます迷宮に向かう人が増えてきますよ」
「……欲に目がくらんで……か」
「ええ。
今回は、義勇兵経由で王都でも喧伝されているわけですから……どこまで、噂が飛んでいくことやら……。
例の魔女さんの仮説によると、大勢の人が集まってくればくるほど、迷宮にとっては歓迎すべきことだそうですが……」
「複雑だよなあ。
こっちは、迷宮を攻略するために、より多くの人手や各種の援助が欲しいと思っている。
迷宮の中に入る人間が多くなることは、迷宮もどうやら歓迎しているらしい」
「そして、多くのモンスターの生命を魔力に変化した迷宮は、人間にとっても利用価値が高い場所となり、より多くの人間がさらに集まってくる」
「どっちが先に根を上げることになるのかって、我慢大会みたいになってきたな」
「われわれ人間側が迷宮を制して終わらせたいものですね」