98.たからばこ。
迷宮内、教官詰め所。
「……既探索地域のお片づけに、結界術式敷設作業の護衛、か。
なんにせよ、迷宮内での仕事は新人にとってはいい経験になるし、この手の仕事が増えるのはいい傾向なんだがな……」
「その割には浮かない顔をしていますね、ダリル教官」
「だって、あまり戦闘に縁がなさそうな任務じゃないか!」
「それでお手当がでるのなら、平和でいいじゃありませんか」
「そうでは、あるのだがな……。
では、実習組にこの課程を割り振ることにするか……」
「どちらも、まだ準備中なんですよね」
「片づけの方が本格化するのは、専用の転移札が出来てからになるそうだ。ギルドの方としては、今すぐでもに入ってもらいたいくらいなのだそうだが……モンスターの死体といえば、大した重量物だ。
慣れていないものが扱うとなると、かなり手間取るぞ」
「今まではどうしてたんでしょうね」
「いろいろだな。
特に部屋に出現するモンスターは、そのままでは通路に出られない大きさであることが多いので、その場でおおざっぱに解体。
その後、床が平坦なところでは、台車を使い、そうでない場所ではロープをかけて引きづったり、わざわざきぼりんに頼んで近くに転移陣を書いてもらったり……」
「そりゃあ……専用の転移札、欲しくもなりますよね」
「それができるだけで、かなりの省力化になるな。
あとは、隔壁用結界術式敷設作業の護衛、か……。
こっちも……常時五十組必要、か。
結構な数だな」
「実習組は、現在、三百組前後のパーティが所属しております。
決して、無理なオーダーではありませんね」
「ただ、なあ。
放免寸前のやつらは、一刻も早く迷宮にはいたくて気が逸っておるし、こういう地味な仕事はやりたがらないであろうなあ」
「実習組に入ってから間もないパーティを中心に、声をかけていくことになりますかね」
「そうなるだろうな。
まだあまり迷宮に入った経験がないものにとっては、いい実習になることは確かであろうし……。
こっちは、きぼりんとこっちの調整が出来次第、開始したいとのことだ。
で、きぼりんの方は、明日からでも構わないとかいってきている」
「明日からですか……こっちも、はやい方がいいですね。
ちょっと、調整してきましょう」
「例の義勇兵どもの問題もあるし……ここも、まだまだ落ち着きそうにないな」
迷宮内、某所。
「衣装箱、であるな、カス兄」
「衣装箱、にしか見えぬな、ルテリャスリ」
「座学で習ったところ、このようは部屋と呼ばれる空間には、通常、強敵が待ちかまえているものと相場が決まっておる」
「おうよ。
おれの馬力とおぬしの体質との合わせ技で、これまでにも幾度となく叩き潰してきたではないか」
「つまりは……広大な部屋の真ん中に、ぽつねんとこの箱一つが置いてあるこの状況は、いかにも怪しい」
「罠である、というのか?」
「それ以外になかろう」
「だが、なにを考えることがあろうか。
ルテリャスリよ。
おぬしは、普段豪語しておるとおり、絶対防御の持ち主。
この箱がどのような災難を呼び寄せようとも、おぬしであるのならば、まず、間違いはあるまい」
「カス兄ぃ。
そ、それは……」
「それとも!
おぬしは、その特異体質について、普段口にしておるほどには自信を持っていないとで……今さら、そのように申すのか?」
「い、いや……それは……」
「なれば、臆することはあるまい。
考えれば考えるほど、罠が仕掛けられていることが必定のこの箱を開けるにふさわしい者は、おぬししかいないではないか。
残念ながらこのカスクレイドは、おぬしほど身の安全に自信が持てぬ身であってな。
しばらく、距離を置いて見守ることにしよう」
「あ、あの……。
カ、カス兄ぃ……」
「……どうした、ルテリャスリ!
その箱、見事開けてみせいっ!」
「……ええい、ままよ!
鍵は……かかっておらぬのか!
開けるぞ!
開けるからな!」
がちゃっ。
「……」
「……どうした、ルテリャスリ!」
「空だ。
そして、箱の底に、ハズレ! と、大書きしてあったわ!」
「……当たりであった場合……さて、罠が炸裂するのか、それとも、宝物がはいっておるのか……」
迷宮内、某所。
「衣装箱、であるな」
「衣装箱、ですねえ、ティリ様」
『不自然。
この場所、衣装箱、疑問?』
「なにより不自然なのは、迷宮の中にぽつねんとこのような箱が出現することじゃな」
「でも、それをいいだしたら、迷宮自体がきわめて不自然なものですし……」
「このような部屋自体が、造形的には人工物にしか見えないわけですし……」
『箱、処置、予測、疑問?』
「この箱をどうするべきか、と、リザードマンが問いうておる」
「開けてみますか?」
「誰が?」
「思いっきり怪しいじゃん!」
「怪しいな。
怪しいから、こうしよう。
皆の者、ずーっと後退して、この箱から距離を取れ。
その上で……やっ!」
ばかん。
「あっ」
「ティリ様が、武器の術式で叩き壊した」
「どうだ?
なにも起きる様子がないか?」
「……なにも、なさそうですね。今のところ」
「どうやら、罠は仕掛けられていなかったようです。
あるいは、まともに箱の蓋をあけることで、作動する仕組みだったのか……」
「……どれ。
箱の残骸を検分してみるかの。
……なんじゃ、これは?」
「どうしました、ティリ様」
「箱の底に、ハズレ! と書いてある」
迷宮内、某所。
「おぬしらリザードマンは寒さに弱い。
ゆえに、十分に距離をとっておれ。
これより、この箱を魔法により限界まで冷やす。
毒物を噴射したりいきなり爆発したりする仕掛けは、これにより八割がた作動不能になる道理だ。
……。
よし。
カチコチンに、凍りついた。
では、蓋を開けてみるぞ。
……。
なにも、起こらぬな。
ん?
これは……ハズレ! だと……」
迷宮内、某所。
「……衣装箱、かあ。
こんな時……ティリ様とかバッカスなら、箱ごと破壊する。
幸運補正持ちのレニーは罠をおそれずにそのまま開ける。
コニスなら、こんなときにうってつけの便利アイテム、平然と持っていそうだし、ルリーカやリンナさんなら、魔法が使えるからそれで何とかするんだろう。
で、おれはといえば……地図に、箱の在処を記載して……。
あとは、ギルドに丸投げ。
おれの仕事はあくまで迷宮の探索だもんな。余計なことして自分でリスクを大きくしたりしない。
さ。
次いこう、次」
迷宮内、管制所。
「はい、その衣装箱というのが、意外とあちこちにあるそうで……」
「そうなの?」
「ええ。
決まって、部屋のまんなかにぽつんと、意味ありげに置いてあって……」
「意味ありげに、ねえ……」
「みなさん、それぞれの方法で箱を開けていらっしゃるんですが、底にハズレ! と、おお書きされているだけで、中身が空っぽだとか……少なくても、今までに発見されたものすべて、そのパターンでした」
「ハズレ! ねえ。
おれは、開けずにそのままにしてきたけど……」
「そういう人は、シナクさんが初めてですね。
中身、気になりませんでしたか?」
「別に。
それよりも、探索範囲を広げる方が先だろう」
「仮にシナクさんが発見した箱の中に金銀財宝が詰まっていたとしたら、その所有権は発見者であるシナクさんに帰属することになります。
実は、ギルドに丸投げするシナクさんの方法が、一番安全確実な判断だったりするんですが……」
「ギルドはあの箱、どう処理するの?」
「魔法使いのみなさんとか、ピス族の技術に期待して、開ける前に調べるだけ調べて、なにもなさそうだったら、可能な限り安全な方法で開けてみます」
「さすが、堅実。
ほかの冒険者の人たちにも、宝箱っぽいものをみかけたら、すぐに開けずにギルドに任せる、っていうの、広報しておいた方がいいね」
「すでに、そのようにしております」