97.それぞれのじゅんび。
王国軍野営地外部、城塞建築予定地。
「掘って掘ってまた掘って、と」
「軍隊とか派遣軍とかいいながらも、おれたち、穴掘りしかしてねーな。
それも、三交代で二十四時間ぶっ通し」
「魔法兵が雪をどけてくれただけ、ましってもんさ」
「掘った土を、ロープで引き上げて外に出して……」
「しかし、こんなに広くて深い穴……いったい、どうしようってんだ?」
「なんでも、砦を作るんだとよ」
「砦だあ?
国境でもないのにか?」
「だから、よ。
あそこの迷宮からモンスターが溢れ出たとき、外にでないようにせき止めるための、砦よ」
「……普通の城市は、外部の敵から中の町を守るために外郭があるが……」
「ここでは、その逆になるのか……」
「じゃ、じゃあよ。
その、いざってときには、この砦の中にある町は……」
「当然、見殺しになるだろうな」
「なに、この町よりも、この町の外の方が広いし、大勢の人間がいる。
多数のために少数を犠牲にするってのは、お偉いさんお得意の論法じゃあねーか」
「第一……迷宮の中でどうにかできなかった時は……そんときはもう、町がどうこういってる場合じゃなくなっているってこった」
「……はぁ。
王国派遣軍とはいっててても、王国の民を救うための軍隊ではないんだな、おれたち……」
「だから、救うんだろ?
この町を犠牲にして、その他の王国を」
「王国軍が王国を救うんだから、正しいちゃ正しいだろ。
ただ、ちょいとした都合でこの町が例外になるだけさ」
「こりゃ、迷宮に入る選抜隊に選ばれたやつらの方が、まだしもマシだったかな?」
「あっちはあっちで、かなり厳しい訓練を受けることになるらしいけどな。
訓練を担当するのが、なにせあの野盗狩り小隊だ」
「それに、あの選抜に漏れても、すぐに第二第三の選抜が開始されるってよ。
あっちはあっちで、最終的にはかなり大規模に人数を投入するらしい」
「厳しいかも知れないが、あっちはまだしも軍隊らしい仕事だよな」
「こっちは、すっかり土木人夫だもんな」
迷宮内、地の民商工会。
「それでリザードマンたちよ。
どのような武器を所望するのか?」
『重く、長く、硬い』
『メイス』
「だ、そうだ。
メイスはあるか?」
『あるとも』
「見せてもらおうか」
『メイス類は、こちらに展示されている』
『持つ、可能、疑問?』
『ああ、いいとも。
直に手を触れて、振ってみて、感じを確かめてみるとよい』
『軽い』
『もっと、重く、大きい、存在、疑問?』
『もっと……か。
それだと……そこにあるのが、一番大きなものになるな。
あれは、戯れに作ってみたもので、わしら地の民にも持ち上げられる者は滅多にいない』
『これ、いい』
『なんと!
軽々と!』
『それ、もう一つ、存在、疑問?』
『いや……今は、ない。
だが、少し時間をくれれば、作ることはできる。
試しに尋ねるが……おぬしらリザードマンは、そのような武器を好むのか?』
『もっと、重い、よい』
『リザードマン、重く、大きなもの、好む』
『……ふむ。
そうであるのなら、さっそくリザードマン向けに、特大メイスの量産をはじめておこう。
リザードマンの冒険者は、今後も出てくるのであろう?』
迷宮内、モンスター処理場。
「ここが、迷宮内のモンスターを一手に集めて解体処理をする場所です。
少々、不快な思いをするかもしれませんが……」
『確かに、濃い血の匂いがしますな』
『われらも、もとはといえば**大帝国の兵士。
この手の惨状には慣れております』
「大きくて重たいモンスターも多いので、特にこの室内での死体の搬送に関しては、きぼりんさんの力も借りまして、魔力を使用して自動化している部分が多いです。
効率化を図りませんと、すぐに業務過多でパンクしてしまうので……」
『今以上の効率化にも、ピス族の知識がお役に立てるかと。
各工程について、説明していただけますか?』
「では……ここに運ばれてきたモンスターは、まず最初にあそこの金網の上に乗せられ、そこで大まかな部位に解体されます。この金網の下にはさらに目の細かい金網や布が何十にも張られていて、こぼれ落ちた血液を濾過する仕掛けになっています。
これは、ときおりモンスターの血中や心臓から砂金や粒状になった貴金属が出てくることがあるからです……」
迷宮内、王国軍訓練所。
「走れ走れ走れー!
今日は一日中、走ってもらうぞー!
体力は基本だ!
いざってときにこれで命を救われるんだから、とにかく走っておけ!
そこ!
足をゆるめるな!」
「基礎の部分は、いつもの新兵訓練でいいんですよね?」
「ああ。
とにかく体を動かして、食わせて、寝かせろ。
なにも考えられないくらいに、くたくたにしろ。
細かいことは、ある程度体が出来てからだ。
しかし、ここのギルドも太っ腹だよな。
訓練場所の他に、寝台や食事の世話までしてくれるっていうし……」
「そのかわり、だいぶん、お金を取られたようですがね」
「どうせ軍の金だ。
おれの懐が痛まない限り、なんとも思わんね。
この基礎は、十日間続けろ。脱落するやつはどんどん落とせ。
その後、パーティ単位での実戦形式訓練と座学をみっちりやる。
おれたち小隊がモンスター役をやって、いやというほど戦死させてやれ。
おっと。
こっちの流儀では、ロストってんだっけな……」
「一月で仕上げるには、やはりそれくらいのペースになりますか……」
「本当はもっとみっちりとやりたいところだけどな。
なにぶん、事態は流動的だ。
外では城塞建築がいよいよはじまるってはなしだし、こうしている間にも出現するモンスターはどんどん強くなっているそうだし、ギルドも新しい術式やなんだかをばんばん販売するしで……。
多少未熟ではあっても、ある程度仕上がったら現場で実戦をくぐらせた方が、結果的にははやく成長するだろう。
なに。
向こうの冒険者の中には年端もいかない娘っ子も大勢いるというし、そいつらに比べりゃこっちのがいくらかはマシなはずだ」
ギルド本部。
「これが新しいモンスター大量発生時手順書でございますか」
「ええ。
きぼりんさんが作った脱出札と引き寄せ札を前提としたものになります。
迷宮各所に隔壁の役目を果たす結界術式を敷設していく予定ですが、それもきぼりんさんにお願いすることになるかと思います」
「当然の判断かと思いますなによりこのきぼりんは当時に多数のボディを使用した上での人海戦術が可能でございますから」
「結界術式の敷設後は、管制所から任意の隔壁を閉鎖することが可能となり、きわめて迅速にモンスターを他の部署から隔離できることになります。
脱出札と引き寄せ札、それにこの結界術式を併用すれば、大量発生時の被害とリスクは大幅に減らせるものとギルドでは予測しております」
「つまりこの結界術式敷設作業は優先順位が高いとおっしゃるわけですね」
「ええ。
そこできぼりんさん。
ここからが相談になるわけですが、きぼりんさんはこの作業に、あと何体の予備ボディを投入できますでしょうか?」
「そうですねではあと五十体のボディをこちらに呼ぶことにいたしましょう」
「そんなに!
いいんですか、きぼりんさん……」
「大量発生はいつ起こるのか予測できませんし人命がかかっているのですから出し惜しみをするべきではないときぼりんは判断いたします」
「それでは、護衛のパーティを五十組、すぐに用意いたしましょう。
結界を敷設するのは危険度があまり高くない地域になりますので、研修中の新人さんが担当することになります」