94.じむいんたちのさいこうせい。
「娘ども!
おぬしらの中で、槍を使える者は?
おお、では、これを受け取れ!
もうすぐ乱戦となる!
わらわは、この曲刀を使おう!
前衛の隙間から、とにかくこの槍をつきだしてふるうがよい!
術式つきであるから、むやみに近寄る必要もないぞ!
さあさ、本格的に囲まれてきた!
いくぞ、リザードマンたち!
やつらを一匹残らず血祭りにあげろ!」
迷宮内、某所。
「おお、きぼりんよ。
よいところでいきおうたな。
今、少し時間はもらえそうか?」
「なにごとでございましょうかきぼりんさま」
「なに、この札のことだがな。
リザードマンにも使えるよう、起動キーワードの追加をしてもらおうと思っての。
おぬしなら、魔法と言語、両方に通じているはずであろう」
「なるほどよくわかりました手すきの一体がさっそく作業を開始しましたキーワードを追加したアップデート版は印刷があがりしだい現行バージョンと平行して販売を開始現行バージョンは売り切れたらそのまま補充しないということでよろしいですね」
「それでよろしい。
手間賃は……」
「たいした手間でもございませんしわざわざいただくほどの作業でもございません今後このような処理が増えてきたら改めてギルドと相談してみみることにいたします」
「悪いな。
昨今では、おぬしもなにかと忙しいであろうに」
「いえいえいリンナさま様々な人々に奉仕するのはこのきぼりんの栄誉とするところお気遣いにはおよびません」
迷宮内、某所。
ざっ!
「……はぁ、はぁ。
これで、最後じゃ!
やったぞ!
この大群を、われらだけでしとめたぞぉー!」
「……はぁ、はぁ。
百匹以上、いましたもんね……」
「……一時は、どうなることかと思ったけど……」
「さ……最後まで、やりとげた……」
『快挙、疑問?』
『金、なる、疑問?』
「おうともさ、リザードマンたちよ。
快挙だ壮挙だ、そして全員で頭割にしても、かなりの大金となろう。
おぬしらも、獅子奮迅の働きぶりであったな!」
「本当、すごかった……」
「棍棒と尻尾をぶんぶんと振り回して、敵を弾き飛ばして……」
「頭とか背骨、ほとんど一撃で、叩き潰して……」
『あれ、われら、普通』
『ヒト、脆弱、すぎる』
『ヒト、冒険者、不可解』
『命、惜しい、疑問?』
「はは。
リザードマンは、あれが普通かぁ……」
「ヒト、弱すぎ、命がいくつあっても足りないだろうって同情されちゃったあ……」
「反論できないところが、なんとも……」
「……よし。
少し休憩してから、一度外に戻るぞ」
迷宮内、某所。
「……内装のお仕事が集中して入っているっすねえ……。
かといって、迷宮内の片づけとかバリケード架設作業からも人手は抜けないし……教練所に相談して、一時的に研修生の手を借りしかないっすかねえ……。
人手も増えているけど、お仕事はもっと増えているから、ぜんぜんおっつかないっす。
いざとなれば、モンスターの死体整理とかは実習として研修生に全部やっていただくとかも、考えなければならない頃合いっすかねぇ。
迷宮内に慣れて、様々なモンスターの実物に直に触れるわけですから、実習としてもそれなりに意味がありますし……」
「……キャヌ、ちょっと!」
「はい。なんすか?」
「本部が、あんたを呼び出して……だって」
ギルド本部。
「今日、お二人を呼びだてしたのは他でもありません。
現状、お二人には他の職員よりも多くの負担がかかっています。
キャヌさんは求人関係全般の管理の他、レアモンスターのスケッチや構造解析、試食品の調理まで担当してもらっています。
マルガさんは、あれほど複雑な迷宮の物流と人夫さんたちの管理を一手に引き受けていただいているわけですが……迷宮の既知地域がこれだけ広大になり、実働パーティ数がこれだけ増大してくると、個人で管理する容量を完全に越えています。
そこで、今、お二人にやっていただいているお仕事を分割して何名かの事務員に申し送りをしていただいて、その後でお二人には別の仕事に就いていただきます」
「それは……配置換えの、辞令……ということですか?」
「そう理解していただいて結構です。
このギルドは日増しに規模を大きくしている途上です。各種処理についても、早めはやめに次のことを考えて手を打っていかないと、早晩パンクします。
それで……一番負担が集中しているのが、ほかならぬ、お二人の部署なのですよ。
どちらも、一見して他の人では代行の効かない処理内容を内包しているのは、重々承知しているのですが……。
まず、マルガさんの物流についてですが、転移陣がほぼ無数に敷設できる現在、以前ほど複雑な流通路の管理は今後必要なくなるものとギルドでは予測しております。
今までのように線で管理するのではなく、転移陣と転移陣、点と点を結ぶ形に移行していくわけですね」
「……でも!
すいません。
でも、ギリスさん。
それですと……大量発生時など、災害が起こった際の対処が……」
「ええ。
そのことも、考慮の上です。
こちらの二種類のお札をみてください。
今のところ、脱出札と引き寄せ札という仮称がついています」
「脱出札と引き寄せ札……ですか?」
「過去の大量発生、それに冒険者が負傷した時に、本当に必要だったのはなんだったのか……それを考えて、ギルドがきぼりんさんに作らせたものです。
脱出札は、文字通り、それを使用すれば札の持ち主は迷宮入り口まで転送されます。
引き寄せ札も、機能は脱出札とほぼ同じ……なのですが、起動を管理するのは使用者ではなく、管制にいるギルド職員がおこなう形となります。
この二つがあれば過去に必要とされた救助活動の多くが省力化でき、安全性も大幅に減少します。
大量発生時には……中にいる人のことなどは気にせず、モンスターが通過するであろうルートを機械的に閉鎖していけばいいだけになります」
「……あっ……」
「そっか。
自力で、あるいはギルドの意志で、いつでも脱出可能であれば……」
「ええ。
迷宮内のどこにいようとも、取り残される心配はなくなるわけです。
今後、冒険者や人夫、見学者……その他、迷宮に入る方すべてにこの二種類の札の携帯を義務づけます。
脱出札の方は、特に出入りが激しくなる冒険者さんたちは、自分で購入して濫用することになるのでしょうが。
ここまでで、なにか質問は?」
「質問……とは、ちょっと違うんすけど、いいっすか?」
「なんでしょうか、キャヌさん」
「流通……に関係することではあるんですけど、モンスターの死体処理を、実習の一環として研修生にやらせてはいかがでしょうか?
これだけ実働パーティ数が増えていくと、人夫さんたちの負担ばかりが増えていく状況なんで、正直、仕事が多くなりすぎて、人手がぜんぜん足りてないっす。
おまけに、最近では内装関係のお仕事まで増えてきていて……」
「それは……いい案かも知れませんね。
教官の方々と相談して、前向きに検討させていただきます。
あるいは……いっそのこと、死体処理場を出口とした専用の転送札を作ってもらうのも手かも知れません」
「……あっ。
確かに、そっちの方が、大幅な省力化につながりますね」
「大きな固まりについては、冒険者の方々にその場で専用の転送札を張ってもらう。その後の細々とした片づけは、研修生に入ってもらう。
最後に人夫さんたちが入って、最終チェックとバリケードの敷設……そんな手順ではどうでしょうか?」