92.かぜになれ。
「この先、ヒトとかを襲わないでいてくれるのなら、おれたちも、なんらかの対価を支払うことができるかと……。
ちなみに、ドラゴンさんは、平穏な環境をお望みだったので、周辺には立ち入らないように手配をさせていただきました」
『なるほど、そういう次第であったか。
しかし、我は……おぬしたちヒトの力で得られる財貨に価値を認めず。
特に欲しいものなどないな』
「おう……。
おれたちは、この迷宮を調べ、できれば消滅させたいと思っています。
そのためには、どうやらこの迷宮の内部をくまなく調査する必要があるようなんで……。
グリフォンさん、どうか、見逃してはくださいませんかね?
おれたちがやりたいことっていえば、この部屋から他に出て行く通路があるのかなーってことを調べて、通り抜けるだけなんですが……」
『目こぼしをしてもよいのだが……いいや。
ヒトあいてに妥協したとあっては、グリフォンとしての沽券に関わる!』
「……あちゃあ。
どうしても、戦わなけりゃあなりませんかね?」
『ヒトよ。
どうしてそう、残念そうな様子をする?』
「まず、殺したり殺されたりって関係は、殺伐としていて非生産的でありましょう。
その道を可能なかぎり回避しようとするのは当然のことかと。
次に、人語を解するほどの幻獣を無駄に討伐していいものか。おれが、とはいわず、ヒトにその資格があるのか、ってことですね。
よそでの様子は知りようもありませんが、グリフォンさんはこの迷宮では、別段、誰かに被害を与えているわけではない。こうして話し合いにまでつきあってくださるわけで、きわめて紳士的な方であると思います。
そんなグリフォンさんと、迷宮の調査うんぬんのために殺し合わなければならないってのは、どう考えても不毛っていうもんです」
『……つくづく、おかしなヒトであるな、おぬしは。
うしろにいるやつらは……毛色の変わった匂いばかりを発しているが、あれらはおぬしに加勢しないのか?』
「うしろの人たちは、今回は見学者ということで。
グリフォンさんと関わるのは、もっぱらおれの仕事になります。
人数だけいても、グリフォンさん相手ではどうにもなりませんから」
『その判断はよしとすることにしても……その言いぐさでは、まるでおぬしならこのグリフォンに対抗できるかのような口振りではないか』
「対抗できるかどうかはわかりませんが、ギルド……おれたちの仲間うちでは、一応、おれが最速ということになっておりますので」
『……ふふ。
最速、か。
では……勝負といこう』
「勝負、ですか?」
『おぬしは、殺し合いを望まぬ。
我は、無条件に道を譲ることを望まぬ。
であれば、妥当な決着のつけかたとなろう』
「……ちなみに、どういう勝負をお望みで?」
『追いかけっこだ!』
『審判は、そこの見学者とやらだな。
一定時間以内に、おぬしが我の体に触れるか攻撃を当てられれば、おぬしの勝ちとする』
「……質問がいくつか。
グリフォンさんは、その間、逃げるばかりなんですか?
それと、魔法やアイテムは使用しても構いませんか?」
『たとえ逃げるばかりであっても、我が動けば空気が大きく動き周囲に甚大な打撃を与えること結果となる。こちらが能動的に攻撃を仕掛けようとしなくても被害は受けるものと想定するべきであろうな。
魔法やアイテムの使用までを禁じてしまったら、おぬしら脆弱なるヒトの勝率があまりにも小さなものとなろう。
ただでさえ不公正であることが前提の勝負だ。それくらいは譲歩せねばなるまい』
「……いいでしょう。
そういうルールで、審判の方々、よろしいですかな?」
「……ピス族の人たち、直接頭に声が響いたあたりでパニック起こしかけたけど、今はなんとか落ち着いていますっす!
あ、いや。
別の意味で……グリフォンさんなんて超自然の存在を目の当たりにして興奮していますが、今の会話はすべて聞き、了解しているっす!
で、審判役を演じることにも乗り気になっているっす!
制限時間は……どれくらいに設定しますかね?」
「制限時間、どうします?
グリフォンさん」
『ヒトよ。
おぬしが好きに決めろ』
「……うーん。
では、十分……いや、五分間ということで……」
『……いいのか?
そんなに短くて?』
「それ以上やっても、こっちが疲れるだけです。
それでは審判役の方々、スタートの合図をお願いします」
「……はーい!
え?
自分がするっすか?
では……三、二、一、スタート!」
ぶぉんっ!
「うぉ……風が……。
なんていってる場合じゃないか……。
式紙胡蝶、起動!」
『……分裂しただと!
幻術のたぐいか!』
「……アイテムの利用はOKのはずで……。
くっそう!
やっぱり、空を飛ぶ相手においかっけっこっていってもなあ……。
とりあえず、いけるとことまで走ってやらぁっ!」
『……地を這うものとしては、なかなかに早いが……やはり、しょせんそれまで……でもあるがな。
あれは……矢、か……。
なにぃ!』
「……爆裂弾頭の炸薬に短い紐をつけて、火をつけて……。
グリフォン相手だって聞いたとき、急いで作ってみたけど、なんとか爆発してくれたな。
でも……流石は幻獣。
爆発の衝撃波くらいでは、揺るぎもしないか……」
『……なかなかに楽しませてくれるな、ヒトよ!
だがそれも、これまでだ!』
ぎゅん。ぎゅん。ぎゅん。ぎゅん。
「わははははは!
逃げるのやめて、本格的にこっちを攻撃してきたー!
衝撃波、くるぞぉ!
野太刀、出力全開で疑似質量、最大!」
……ゴォォォォォオォォォ!
……ゴォォォオォォォォォ!
……ゴォオォォォォォォォ!
「風圧、すげぇー!
……もう少し……近寄れ……。
もうちょい……。
正面、来る!」
……ゴオオオオオオオオオ!
「……いっけぇぇぇぇいっ!」
『……これは!
見えない、刃だと……』
「グリフォンの羽根が……」
「……ああ。
風に、舞っているな」
「……なんとか……攻撃、当たったかな?」
『……見事だ、ヒトよ。
こちらから提示した条件は満たしたな』
「どうも、グリフォンさん。
まあ……まぐれも、かなりありましたが……」
『我がおぬしに近寄らなかったら、どうするつもりであったのか?』
「そんときは、まあ……この発破を使ってもっと怒らせることになったかと……」
『幾重に張られた加護の結界を着込み、それにその刃……魔力を通すことで、重さや長さを変えるのか……。
ヒトという種族は、小賢しい知恵を回すものよの』
「そうしなけりゃ生き残れない状況というもの、多々ありますので」
『迷宮を攻略せんと欲するのも、生き残るためか?』
「野心や名誉欲、純粋な探求心、ギルドが出す報奨金目当てに、その他もろもろ。
迷宮を攻略しようとする人々の動機はそれこそ人それぞれでございましょう。
われらヒト族は、見事なまでに統一が取れていない種族でございますので。
ただ、その中に迷宮からあふれ出るモンスターを本気で止めようとしている一派があることも、純然たる事実でございます」
『ヒトよ。
おぬしは、いつもこのような危険なことばかりしておるのか?』
「まあ、それが、冒険者って仕事ですから」
『つくづく、おかしな種族よの。
それで我は、ここを通る者を見過ごせばよいのだな?』
「ええ。
それでお願いします。
他になにか、グリフォンさんの方でご希望などがあれば、出来るだけ善処させていただきますが……」
『希望……か。
さして、あるわけでもないが……そうさの。
強いていうなら、時折、はなし相手をここに寄越してもらうことにするかの』