80.おうじはりあじゅうをのろう。
「なんだ、おぬしら。
もう来たのか」
「カスクレイド卿が武装しただけの身一つでさっさとこっち来ちゃったからねー。
こりゃ、乗り遅れるわけにはいかないやと思って……」
「あとからまだまだ来るけど、われらは先行組としてこちらの様子見と、それに環境を整えるべく……」
「環境……で、あるか?」
「おれたち、育ちがいいっすからねえ。
当面住む場所くらい、出来る限り、好みの場所にしておきたいなー、と……」
「それは、殊勝な……と、いいたいところではあるが、しょせん、この場は戦場であるぞ。
えり好みをするものではない」
「カスクレイド卿みたいな補正持ちの実戦派とは違って、おれたちゃ繊細にできていますもんで……」
「そういうおぬしとて特性持ちであろう、アルリエフェルト卿」
「おれのなんかは、カスクレイド卿のと違って、ぜんぜん戦闘向きじゃあないっすから。
それに、数日ならともかく、こりゃ、かなりの長期戦になりますよ。
長期戦になる以上、戦闘中ならともかく、そうではないオフのときにはしっかり休養できる環境を整えないと、身が持ちませんて。
幸いおれたちには、そうすることが可能な財力もあるわけですし、存分に金を落としていくことも、この土地への貢献になりますやね」
「そのような考え方もあるか」
「そうそう。
もって生まれた特権や財力、特性や補正なんかはしっかり使わないとね」
「ところで、カスクレイド卿。
せっかく磨き上げた具足が、だいぶん汚れていらっしゃるようですが……。
ひょっとして、すでに……」
「ああ。
このルテリャスリとともに試しに迷宮に潜り、モンスターを討伐してきた」
「「「「「……おおおおおおーっ!」」」」」
「それでそれで、どうですか?
あの、モンスターというやつの手応えは!」
「カスクレイドとルテリャスリは、それぞれ、いわば攻撃と防御に特化した補正と特性の持ち主であるからな。
この二人で挑んだのであるから、実に他愛のないものであった。
しかし、常人にとってはかなり危険な場所でることもまた確かなことであろう。
自信がない者は、地道にギルドが提供する研修を受けるのが最善であると愚考する」
「なるほどなるほど。
王子様王子様。
あんた、すでにここで何日か過ごしているんだよな?
どうだい、感触としちゃあ?
おれたちみたいにちゃらい連中でも、冒険者ってやつをできそうなもんかい?」
「できるといえば、できる。
現に、幼子や年端もいかぬおなごでさえ、冒険者として研修を受けておるからの。
やる気さえあれば、冒険者になること自体は、誰にでもできよう。
ただし……余がみるところ、実際に研修を受け出してみれば、この中の半数以上が脱落することであろうな」
「ほう……そこまでいいますか、王子様。
して……半数以上が脱落するという、その根拠は?」
「いってよいのか?
おぬしらには……逃げ場が、あるかの。
今、研修を受けている者の大半は、貧困にあえぎ、ここを出たらもう、他には行き場がない連中がほとんどだ。
物見遊山気分で来ているおぬしらとは、やる気というものが根本からして違うわ。
いっておくがな。
ここの研修でおこなわれておる武術教練は、王国軍の訓練よりも、比較にならないくらいに厳しいぞ。そして、迷宮内での実戦は、さらに厳しい。怪我程度で済めばよいが、最悪、命を落とす。
迷宮の中ではな、身分も金も、なんの役にも立たん。
遊び半分で来たのであれば、すぐに帰るのが身のためだな」
「い……いいますねえ、王子の癖に」
「いったがどうした。
心よりの忠言だ。
虚心に受け止めておいた方がよい」
「冒険者がそんなに偉いとおっしゃるか、王子よ。
聞けば、ようするに食いつめた下郎の集まりということではないか」
「その通りだ。
そして、生まれついての地位にあぐらをかくだけのおぬしらは、その食いつめた下郎にも劣る。
おぬしらがおとしめる下郎とやらはな、おぬしらが湯水のように使う金子を求めるため、命をかけて自らの働きでそれを獲得しておる。
おぬしらには……何事かを完遂するため、命がけで行動をした経験があるか?」
「……ぐっ!
いわせておけばっ!」
「ほう。
王子たるこの余に手をあげるか?
それほどの価値がその怒りにあると思うか?
殴りたくば殴ってみるがよい。あいにくと余は絶対防御の特性持ちだ。痛むのは、その方の拳だけであろう。加えて、これだけの衆人環視の中、余に手をあげたとなれば、不敬罪の適用はまぬがれん。
おぬしの怒りに、一族郎党まで及ぶ罪を背負わせるほどの価値があると、本気で思うのか? それほどおぬしは愚鈍であるのか?
いいか、いい機会であるからこの場ではっきりいっておく。
余はおぬしら、生まれ持った地位にのみ頼るやつらが大嫌いだ。
当然のように着飾り、当然のように財を浪費し、当然のようにおのれが他者よりも優位に立っている思いこんでいるやつらが、大っ嫌いだ。
晴れて王位を継いだら大貴族どもの特権を大いに制限し、浮いた金をもっと有意義な事業にまわすつもりでいる。それが困ると思うのなら、余の王位継承を今のうちから全力で阻止することだな。
余はすでに、余自身の王道をこの迷宮で歩みはじめておる。余に敵対するにせよ、迎合するにせよ、おぬしらも早々に動きはじめることだな。
余はこれより座学の講義を受けねばならぬ身。
本日はここで中座させていただこう……」
「おい、ルテリャスリ!」
「なに用であるか?
カス兄ぃ……いや、カスクレイド卿」
「明日は朝から、迷宮に入るからな」
「また、二人でか?」
「二人で十分であったろう」
「了解した。
当面、金子も必要であることだしな」
「さようさよう。
ここはおとなしく、このそれがしに利用されておけ。
なに、悪いようにはせん」
「では、しばらくは利用させていただこう。
では、明朝、管制所の前で」
「あの……妄想王子が!」
「われら大貴族なしで国政がたちゆくと思っているのか!」
「カスクレイド卿!
卿はあの、狂った王子に味方をするのか!」
「味方もクソもあるか。
あれは、別に間違ったことはいっておらんからな。逆らうべき理由がないだけだ。
おぬしらは知らぬであろうが、あれは幼い頃から同じようなことをいっておったのだぞ。
王や貴族のために国や民があるわけではない。
国や民のために王や貴族がいるべきだ、とな。
そんなことを繰り返し口にするおさな子を、大人たちはかなり気味悪がっておったものだが……やつのいうことに耳を傾けてみれば、それなりに、理屈は通っておる。
あやつは、最終的には王位も貴族も廃止して、平民だけの国を作りたいようであるが……一代では、そこまでは出来ぬであろうな」
「狂っている!
完全に、狂っている!」
「そう思うのなら、全力でやつを止めてみるのがよかろう。
それこそ、唯一あの王子を殴ったレイシャルハルス卿の二の舞になってみせるか?
あの男は、さっさと爵位と返上し、領地を分割して係累に譲渡して行方をくらましたゆえ、あえて誰も追求しようとはせなんだが……。
おぬしらに、そこまですべてを捨てて、あの王子に抗する気概があるのか?」
「そ、それは……」
「ならば、あやつのやりようを見ているほかないの。
あの王子、妄想だの妄執だのに囚われていることは確かであるが、はたしてそれをもつて狂っていると断じることができるかどうか……この後の成り行きが、自然と答えを出してくれよう」