77.ぎゆうへい。
「なんか向こうで、全身甲冑と王子が楽しそうな漫才を繰り広げていますが、いまいち意味がわからない」
「どうも、あの王子がなんらかの書状を王都に送り、それが元になって社交界にこの迷宮のことが広まったらしいな」
「社交界……おれは縁がないですけど、あれですか。
王族とか貴族とか、そんなお偉いさんの師弟とかが……」
「興味本位の面白半分に、迷宮見物にやってくるらしいの」
「それって……コニスくらいしか、喜ぶやついないんじゃないのか?」
「ただ……上流階級には、特異体質や補正持ちも多いからの。
ことによると、ギルド全体での戦力増強には、繋がるかもしれん。
むろん、役立たずが大多数であろうが……」
「そういうのは、すぐに懲りて逃げ帰ると思うから、放っておいていいと思いますが……しかし、貴族や王族かあ……。
あの全身甲冑も、王子様にタメ口をきいているようだし、かなり偉い家柄みたいだな」
「迷宮の中で、身分もなにもなかろう、シナクよ。
第一、こちらの帝国皇女以上の家柄の者は滅多におるまい」
「それをいったら、そうなんですけどね。
おれよりは……ギルドの人たちが大変なことになりそうだなあ」
迷宮内、管制所。
「ええと……冒険者としての登録、でよろしいのですね?」
「さようさよう。
さきほどルテリャスリから聞いたのであるが、登録はこちらの窓口でも可能だと聞いた。
迷宮探索をおこうだけなら登録なしでも可能であるが、登録をおこなえばパーティメンバーの募集その他のいくつかの特典が得られるとか……」
「はい。
では、こちらにお名前を記入していただいて、その後、簡単な身体能力を測定をおこなっていただきます。これは、冒険者としての初期ランクを決定するためです。このランクは、パーティメンバーを選出をおこなう際、目安となります。
カスクレイド・コスクレカス……様、ですか。
コスクレカス……って、ええ!
もしや、あの! 大貴族の!」
「なにを驚くことがある。
すでに王子たるルテリャスリが来ておるのだ。
その外戚たるコスクレカス家の者が参入しても、さして驚くべきことではなかろう?」
「で、では、これを持って……今、身体測定をおこなう場所まで、案内させます。少々、お待ちください。
コスクレカス……卿は、冒険者としての新人教育を受講なされることを、ご希望なさいますか?」
「敬称はいらぬ。ここでは一冒険者としてやっていくつもりであるからな。
なんなら、コスとかカスとか呼び捨てにしてくれてもよいぞ。親しい者たちは、みなそのように呼ぶ。
新人教育か……それは、すべて受けなくてはならぬのか?」
「いえ、冒険者としての義務ではございません。
あくまで、経験の少ない人に向けたギルドからのサービスとなっております。各講座の詳しい内容はこのパンフレットを参照してください」
「ふむ。
少なくとも、それがしには、武術関係は無用のものであるな。
座学を中心に、必要を感じてからいくつかを試しに受けてみようかと思う」
「はい。
では、宿舎の方はどういたしましょう?
寝台と食堂、共同で使う簡易浴室は無償で使用できますが……」
「それはまた剛毅な!
ついさきほど到着したばかりでな、ちょうどよかった。
食堂はすでに見せてもらったし、あの水準をか察するに、ほかの施設でも不愉快な思いをすることもなかろう。
手配のほど、よろしくお願いいたす」
「はい。
そのように申し送ります。
それでは、こちらの案内の者についていって……」
迷宮内、教練所。
「おお、ここにおったかルテリャスリよ。
ほれ、いくぞ」
「いくってどこにぃ!」
「さほほどそれがしの冒険者登録がつつがなく終了してな。
さっそく、それがしとおぬしの二人で迷宮に挑むぞ。
なに、おぬしの防御力とそれがしの攻撃力、この二つが合わさればたいていの敵は撃破できよう。欲をいえば、レイシャルハルス卿の幸運も欲しいところであるが……」
「余の前であの男の名は出さないでくれ」
「なんだ? まだ意地を張っておるのか?
あれも領地と爵位を返上して、きっぱりとけじめをつけておるというのに……。
ともあれ、せっかくここまで来たのであるから、迷宮というものを実地に体験して見ねばはじまらぬ。
おぬしも、いつまで修練所で退屈な教練に励んでおっても、埒があかないであろう。
なに、おぬしは王族らしくどんと構えて、楯として攻撃を受けきってくれればそれでよい……」
迷宮内、管制所。
「二人パーティ、ですか……。
コス様は、さきほど登録したばかりの……」
「なに、心配は無用。
こいつの防御力とそれがしの身体能力、それに、この宝剣デズバガルバス、かの五剣魔の一人が鍛えし変形剣があればたいていのことには切り抜けられよう」
「コスクレカス!
せめて、せめて売店によってくれ!
役に立ちそうなアイテム類は買い揃えてくれ!」
「……はあ。
では、こちらの書類にお二人の署名を……」
「誓約書か。
死傷した場合もあくまで自己責任、と……当然であるな。
ほれ、それがしの分、と……。
ルテリャスリ! はよう書かぬか!
書かぬと、売店による時間がなくなるぞ!」
「書くよ、書く!
今、書くから!」
「だいたいだな、ルテリャスリよ。
金子が欲しければ無心をする前に自力で稼ごうとは思わぬのか? 聞けば、第一線で活躍する冒険者の賞金は、かなり多額になるとか……。
これから二人で稼ぎまくれば、ギムキョーイクだかなんだか知らぬが、その資金くらいは楽にまかなえよう。
ふむ。
署名したな。
それに、この転移陣から出た先が、探索をする場所になると。
了解した。
ではいくぞ、ルテリャスリ!」
「待って! カス兄ぃ!
売店、売店によるの忘れてるから!」
「おお。そうであったそうであった。
攻撃はそれがしが引き受けるが、楯役とその他の細々とした面倒くさいことは、おぬしにまかせるぞルテリャスリ」
「……大丈夫かしら、あの二人」
「でも……なんか、殺しても死なない気がしない? あの人たち」
「だといいけど……」
「……ちぃーす。
ちょっといいっすかぁ。
冒険者の登録ってのは、こっちでいいんすかぁ?」
「ええ、こちらで……す、が。
えと……こちらのみなさん全員……ですか?」
「首肯する」
「みんな、たった今、王都から着いたばかりなんだけどねー」
「感謝して欲しいものだな。
われら、迷宮の窮状を知り、自らの意志で馳せ参じたる義勇兵だ」
「おれは、退屈しのぎに来ただけだがな」
「では、こちらの書類に署名をお願いします。
みなさまは、冒険者としての新人教育を受講なされることを、ご希望なさいますか?」
迷宮内、某所。
「よっ!」
ざくっ。
「大型ばかりに遭遇するが、部屋の中で待ちかまえているのを立て続けに討伐した後だと、どうにももの足りぬな」
「そうですか?
おれなんかは、楽に探索が進むのなら、それもありかと思いますが……」
「それに……」
ひゅん。
………どさ。
「……強敵が、部屋待ちばかりとも限らぬしな。
部屋待ちのモンスターは、強大であったり特殊な能力を持っていたり、部屋そのものに妙な仕掛けがしてあったりするわけであるが……だからといって、別に、通路で難敵に遭遇する確率が減じているわけでもなかろう」
「そう、油断大敵ですな。ティリ様。
……って!」
「どうした! シナク!」
「足に……なにかの攻撃が当たりました!
かすり傷ですが……事前に、攻撃を察知することができなかった」