76.きし、きたる。
「そっかぁ。
金という要素もあるのかあ……」
「金、であるな。
みなが、下手をしたらロストしかねないようなリスクを承知でわざわざ冒険者になろうとするのは、それなりの見返りが見込めるからじゃ」
「それ以外にも、動機はさまざまにあるのであろうが……現実的なリターンの存在は、やはり大きいからの」
「それに……危なさそうな場所を避けて探索だけをやっておれば、強敵と遭遇する可能性が減るかというと、必ずしもそうとはいいきれぬ。
なにしろここは……迷宮じゃからな」
「迷宮……かあ。
やっぱ、冒険者全体の全体の底上げ延々し続けなけりゃ駄目、なのかあ」
「嘆くな、シナク。
拙者がまた、なにか役に立ちそうな術式を考案してみよう」
「できるだけ簡単に、誰にでも使えて、効果が強大で、リスクが少ないやつがいいです」
「そのような都合のよい術式ばかりが充実してくると、今度は冒険者たちの腕が鈍らないものかの?」
「たとえ腕が鈍っても、現場であわてずにそういったアイテムを使用できる胆力が衰えなければ、まだしもなんとかなりますよ。
そうした冷静さは腕力なんかよりよほど貴重だし、ときとして、よっぽど役に立つ。
今だって、なまじ、腕自慢のベテランの冒険者なんかよりも、素人から成り上がった教練所出の新人たちの方が、いい成績を出していたりするでしょ?」
「新人たちも、初期に脱落せずある程度長くやるものたちは、確かに肝座ったのが多い印象であるな。
……腕は、ともかくとして」
「腕なんか、ある程度生き残ってしばらくやっていけば、いつの間にか身についているもんですよ。
どのみち、強大なモンスターと比較すれば、多少鍛えたにしてもヒトのスペックなんてたかが知れている。
これまでだって、術式やアイテムを頼りにして、なんとか凌いできたってのが現状なわけだし……。
冷静さとか判断力とかってのは、使い方によってはそのスペックを何倍にも増大して活用することができる、最大の武器になりうる」
「その冷静さとか判断力とかを養うのが、単純に筋力を増すよりもよほど難しいのも確かであるがの」
ガチャン。
「…ご歓談中のところ、悪いが……」
「……馬に乗っているわけでもないのにぴかぴかのフルアーマーの全身甲冑だぁ……。
あんた、それ、重くないの?」
「いやはや、それはよく聞かれるのであるが、それがし、体力方面に特化した補正持ちでな。
この程度の重量であらば、まず薄衣と大差ない」
「むつけき武装姿で人に者を尋ねるやつがおるか、このうつけが」
「……ティリ様。
この具足からして、この人、結構な身分だと思うけど……」
「かまわぬかまわぬ。
然り、淑女方の御前であったな。これはそれがしが野暮であった。
こいつを脱ぐのはちと骨なので、面頬をあげることで勘弁してくだされ」
がちゃっ。
「お。
しゃべり方からして年寄りかと思ったけど、意外に若いな」
「それがし、これでも次代を担う若者というふれこみで……」
「それよりも、要件をさっさといったらどうじゃ?」
「おう。そうであったそうであった。
その方ら、さきほどの会話を漏れ聞いたところ、地元の者であるな。それも、冒険者であるとみた」
「まあ、ここいらにいるのはたいてい地元の者だし、おれたちは冒険者だけど……。
ってことは、あんたはここの人じゃないんだ。
いや、あんたみたいのが近くにいたら、とっくの昔に噂を聞いているか」
「さよう。
それがしは所用があって王都より転送されてきたばかりでな。
その方らが冒険者であるのならはなしが早い。
この地に、ルテリャスリという者がいるはずなのだが……」
「ルテ……なんだって? 聞いたことがないな。
リンナさん、ティリ様、知ってる」
「拙者、そのような名にはとんとおぼえがない」
「わらわは……残念なことに、耳にしたことがある。
魔法剣士、シナク、この両名も知っておるはずじゃが……」
「おお。
それがし、そのルテリャスリに言付けせねばならぬことがあってわざわざ当地まで転送されてきた次第。
そこな淑女よ。
ルテリャスリはいずこにおわすのか?」
「今の時分なら……第二食堂にいるか、それとも修練所か……。
どれ、わらわたちもこれより食堂に向かうとところ。
そこまでなら、案内してもよいが」
「それは重畳。いや、かたじけない。
とはいえ……あれも、だいぶん目立つ男であるからなあ。
当地においても、早速いろいろやらかしているようであるし……」
「ほれ、シナク、魔法剣士、いくぞえ」
「ああ……ん。
レンさん、お代、ここに置くね」
「……ほう。
ここが、養成中の冒険者に食事を提供する場と……広いし、清潔で……料理も、質素ではあるがいかにもうまそうで……」
「そんなことより……王都からの旅人よ。
ルテリャスリとはあの者のことではないか?」
「まさしく、まさしく。
あれこそが、それがしの求めるルテリャスリ」
「あー……あれかあ、ルテリャスリって」
「いつも、王子王子と呼んでおるので、固有名詞を失念しておったの」
「この教練所では、余の人で通っておるようじゃな」
「ご案内、かたじけなく。
それがしは、あのルテリャスリに所用がありますゆえ、これにて失礼つかまつる」
「では、わらわたちは食事にしようかの。
今日は愉快な余興を見物しながらの食事になりそうじゃが……」
「カスクレイド! なぜここに!」
「ははは。
実に愉快な冗談だな、ルテリャスリ!
なぜもクソもあるか!
軍務を放り出した上、金の無心だと!
そこまで好き勝手をしてくれれば、王宮からお目付役が派遣されてくるのは目に見えておるだろうに!
それよりなにより、今、冒険者デビューを狙って修練に励んでいるだと? 生意気に!
なに、体を鍛えたかったら、それがしに相談すればよかろうものを……」
「身体機能ほぼすべてに補正がかかっているおぬしの基準で鍛えられたら、あっというまに余は壊れるわ!
それより……肝心の、金子はどうなった」
「ああ、あれな。
ルテリャスリよ。
おぬしが軍務を放り出した時点で、おぬしの個人財産はすべて重臣議会により凍結されており、勝手に処分はできなくなっておる」
「な……なんということを!」
「憤る資格があるか、たわけが。
王族としての義務を怠ったのであるから、相応の罰則があるのは当然だ!
すぐに連れ戻されないだけありがたいと思え!」
「……ぐっ!
で、では……カスクレイドよ、おぬしはわざわざ、そのことを伝えに来たというのか!」
「ああ。
それもある。
だが、それだけではない。
それだけならば……わざわざ、このような甲冑を着込んで来たりはせぬわ!」
「なん……だと?
それ以外……このような辺境に、なに用ああるというのか!」
「義勇兵よ!」
「義勇兵……だと?」
「ルテリャスリよ、まさか……このような面白そうなこと、独り占めをしようとはせんよなあ……」
「ま、まさか……」
「おう!
昨夜、転送されてきたおぬしの書状な。
王都の社交界で、即、回し読みされたものだぞ。
そこに書かれていた迷宮の様子に興味を引かれた者たちが少なからずおって……」
「まさか……やつらが……」
「その、まさかだな。
今も、腕におぼえのあるものたちが、出立の準備を整えておるところ。噂は一晩でかなり広まっておったから……ことによると、国外からの参戦もあるかもしれん。
それがしは、その一番乗りよ!」