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2.いそうろう。

「と、いうことで、、まずは食事の用意をさせたわけだが。

 さすがに三日間も寝たきりだと腹が空いておるだろう。遠慮なく喰らいたまえ」

「それはいいですけど……。

 すきっぱらにいきなりこんなご馳走つめこんだら、おれの腹、どうにかなりませんかね?」

「意識がない間、胃の中にチューブを押し込んで定期的に流動食をいれてたし、排出物も尿道カテーテルを差し込んでいたし……まあ、問題はなかろう。

 それに、この程度の食事なら、ここでの常態だ。ご馳走のうちにはいらん」

「素っ頓狂になくせに随分と羽振りがいいんですね。

 ええと……その、ご主人」

「こう見えても、大陸一の大魔法使いを自認するわたしだ。

 この程度の魔法自給自足システムや魔法自動調理システムを塔内に構築することは、造作もない」

「はぁ……。

 頭に魔法とつければ、もう何でもありなんですね。ここでは。

 それと、ここは塔の中なんですか?」

「ああ。わたしが建造させた塔の中だ。お前さんは随分と運がいいんだぞ。ここは、多少の例外はあるものの、日常生活に必要なものはだいたいそろうようにできている。そういうふうに、このわたしが造った。

 何年でも安心して引きこもれるように!」

「最後の一行がなければ、たいへんにご立派でいらっしゃいます。

 ところで、ここで揃えられない多少の例外ってなんですか?」

「わかりやすところで例をだすと、新しい衣服だな。

 布地や布地を縫う機構は簡単に作れるのだが、まともなデザインや配色を自動で生成させることは難しい。やってやれないことはないのだが、好みや流行というものがあるからな、あの手のものは。そのおかげでわたしは、何着も同じ服を量産して毎日それを着回しているわけだ。

 基本的に魔法は、与えられた命令を愚直に実行するだけで、自分自身で考えたり判断したりすることが不得手なんだ。精霊魔法などは精霊が簡単な知能を備えたりしてくれるのだが、それでも複雑な知的能力があるわけではない。せいぜいがとこ、賢い犬やカラスと同程度だな。

 で、だ。

 余分な衣料、しかも男性用なんて、この塔では望むべくもなし。そんなわけで今、お前さんの服、今着せている寝間着しかないから」

「今、さらっとなんか重要なこといわれた気がするよっ!

 っていうか、もともとおれが着ていた服があったはずでしょう。あれ、どこやっちゃったんですか?」

「ぼろぼろだったし汚れきって不衛生だったしで、塔の中に置いておきたくないんで捨ててさせた」

「さりげなく酷ぇよ!

 長旅で草臥れていたとはいえ、あれでもおれの一張羅だったのに……。

 助けてもらってこうして食事に招いてくださることには感謝しますが……おれ、なに着てここを出て行けばいいんですか?」

「そういや、まだまだ衣服は高価なんだったな。外では。

 布や糸もまだまだ手工業で生産しているはずだし……。

 お前さんの衣服に関しては、とりあえずあとで手配することにしよう。

 それよりもお前さん、なんだってこんな雪深い時期に、着の身着のままの軽装であんな深い森にひとりで入ってたんだ?

 見たところ、自殺願望があるようにも見えないし……」

「い、いろいろと事情ってもんがありまして……」

「そうか。

 わたしはまた、てっきり、酒場で安酒かっくらったあげく馬鹿な賭でもしてその場の勢いで考えなしの軽挙に及んだのかとか思ったが、違ったのか」

「ぎくっ!」

「ときにお前さん。

 聞きづらいことをあえて尋ねるが、ここを出たあと、いくあてはあるのかい?

 いやなに。三日も寝ていたと聞かされてもやけに落ち着き払っているから、少々気になってな。仕事とか家庭とかがあるのなら、もう少しあわてて外に連絡を取ろうとするもんだが……お前さん、そんなのもなかったろう?」

「ぎくぎくっ!」

「まともな職も帰るあてもない風来坊かい。

 そんなふうたいではあると思っていたが……うむ。

 そいつは、重畳」

「な、なにが重畳なんすか? ひとの不遇を。

 なんか、非常に嫌な予感しかしやがらねーんですけど……。

 あ。それと、住所不定は確かですが、職業は冒険者です。おれ、無職ではないっす」

「冒険者なんてのは、職にあぶれた行き場のない流れ者がなるもんだ。あまり胸をはって名乗れる職業ではないだろ。なんの生産活動にも従事していないし、世間一般的にはアンダーグラウンドすれすれの存在ではないか。少なくとも、堅気と見なされることは少ないな。

 そういうことは……ふむ。

 あえて確認させてもらうが、当然、今回の救助活用に必要とされた経費を支払えるだけの蓄えもないわけだな?」

「ぎくぎくぎくっ!」

「そいつはもういいって。

 なに、そう萎縮するもんでもないさ。

 お前さんの格好をみれば、甲斐性がありそうにもないのは容易に想像がつくし、もとより期待もしげいなかったし。

 わたしは本職の医者というわけではないが、わたしがお前さんが意識を失っていた間に施された治療は、この世界の医療水準を遙かに凌駕した超最先端魔法治療だったのだからな。

 おいそれと値段をつけられる代物でもないし、無理にでも対価を金銭に換算すると、下手すれば小さな国のふたつみっつは買えるほどになる。

 ん? どうした?

 目と口をまん丸にして。

 せっかく用意させた食事だ。冷める前に食べないと、味が落ちるぞ」

「い、いえ……。

 なんかもう……展開が想定外すぎて、どうリアクションしたらいいかわかんねーっていうか……。

 はぁ……。

 おれ、どうにも大変な人に拾われちまったみてぇーだ……。

 気分はもう、どうにでもなーれ、っと……」

「ぶつくさ情けないひとりごとをいっているところすまないが、はなしを先に進めさせてもらうぞ。

 要約すると、お前さんは目下、いくあても帰るあても、職や家族はもとより、もちろん、治療費を支払えるだけの金もない、っと。

 ここまでは、あっているな?」

「え……ええ。

 まあ……そうっすね」

「ふむ。

 それではひとつ、提案があるのだが……」


「……どうして、こうなった?」

「襲いたかったら、遠慮しないで襲ってもいいんだぞ?」

「あとが怖いから、襲いません」

「そうか? まあ、わたしはどっちでもいいんだが。

 わたしの塔を維持するための仕事は、わたしが造ったり召還したモノどもに任せておけば十分なのでな。

 お前さんにできる仕事といえば、せいぜいこれくらいなものだ。

 おかげで……ふぁ……今夜は、ひさしぶりに熟睡できそ……すぅ……」

「……本当に寝ちゃっよ、おい……。

 これっぽっちも警戒してねーで、おれに抱きつきながら。

 しかしまあ、おれに唯一できる仕事が、抱き枕ってのは……なんというか。

 ああ。うう。

 寝よう。

 眠れるとは思わないが、寝よう」

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