72.たたかいすんでひがくれて。
迷宮内、羊蹄亭支店。
「……どうだった、そっちは?」
「……そっちこそ、どんな案配だった?」
「いや……いろいろな情報をいっぺんに見せつけられて、少し混乱しておるな。
なんで……王子があんなところに……」
「王子?」
「子細は、あとでじっくりはなす。
テリス様が今日、これから、見聞した内容を開陳し、意見を出し合う時間を設けてくださるそうだから、そのときにでも、じっくりな……」
「左様であるか。
では、そのときを楽しみにしていよう」
「そちらこそ、あのチビの魔法使いたちのうしろについていったのであろう。
どうだ? ギルドの魔法使いの腕前は?」
「……微妙な、ところであるな。
知識と技能は、われらより上かも知れぬ」
「まことか!
いや……しかし、あの魔女の魔力は……」
「おう。
この中の、誰よりも小さい。
だがあの魔女は……自身の魔力だけではなく、この迷宮に充満する魔力をも吸い取って、おのが魔法に役立てておる」
「この迷宮にいるかぎり、魔力切れを起こさぬというのか!
それでは……魔法使いとしては、無敵にも等しいではないか!」
「あくまで、この迷宮の中では、のはなしだ。
そう、この迷宮の中でなら……われらはもとより、あのパスリリ家の姉弟に匹敵するのやもしれん……」
「そ、そこまでか!」
「ああ。
生まれ持った魔力の小ささ以外には……あのチビの魔女には、これといった短所が見あたらぬ。
知識の豊富さ、応用力、詠唱の素早さ、正確さ……どれをとっても一級品だ。王都の魔法使いにひけをとらん……どころか、正直なところ、上回っているように見受けられた。
辺境の魔法使いといえど、あだやおろそかにはできんな……。
その証拠に、みよ。
あの魔女は、あの戦斧使い一人だけをともに連れ、実質、たったでこの迷宮の難敵を平然と撃破しつづけておる。その様子を、今日一日、しかと見届けてきた。
われら王都の魔法使いのうち、同じ真似が出来る者が、はたして何人、いることであるか……。
あるいは……おぬしには、出来るというのか?」
「い、いや……。
ただ、攻撃魔法を使うだけなら、ならまだしも……状況により、敵の性質により、その場その場で対応策を考え、即座に実行するとなると……」
「で、あろう。
われら魔法兵は、号令に従って一斉に魔法を使用することに慣れすぎておる。
実力において、あのチビの魔女に劣るものとは思わなんだが……」
「踏んできた、場数の違いか……」
「それもあろう。
それよりも……この迷宮での戦いと、いくさ場での戦いとでは……根本の部分が、かなり違っているのではないか?」
迷宮内、管制所。
「迷宮に擬態したモンスター……ですか?」
「早めに気づいて脱出したおかげで、リンナさんの魔法と式紙、爆裂弾や発破を総動員してなんとか倒すことに成功しましたが……あのまま気づかなかったら、そのまま消化されて食われていたところです」
「そんな……恐ろしいものが……」
「また同じようなのが出てくるかどうかは、わかりませんが……ほかの冒険者たちへの警告の方は……」
「はい。
もちろん、やっておきます。
それで……そのモンスターを倒したあとは、どうなったんですか?」
「……あー。
ぽっかり、ね……」
「……ぽっかり?」
「あのモンスター、熱を加えると、水分が飛んで縮むみたいで……倒した後には、向こう側の壁が見えないくらいの巨大な空間が、ぽっかりと残っていました」
迷宮内、羊蹄亭支店。
「あら、いらっしゃい、シナクさん」
「あ、どうも。
今日はイオリスさんなんだ」
「主人は、向こうの店とこっちをいったりきたりだから……。
娘たちは、酒場には出したくないっていうし……」
「なるほど。
はやくいい人を雇えるといいですね」
「そーねー。
何人かは面接したし、明日あたりから出てもらうことになっているんだけど……」
「そりゃいいや。
向こうの方も王国軍相手に繁盛しているようだし、こっちも来るたびに満席だし、人を増やさないとどうしようもないもんな」
「ええ、おかげさまでー。
ところでシナクさん、今日はお酒でいいんですか?」
「あ、いや。
これからパーティの仲間たちと買い物にいかなければならないので、ホットミルクをお願いします。蜂蜜をいれて」
「はい、ハニーホットミルクね。
ほんのちょっと、待ってくださいね」
「シナク、お疲れ」
「おお。ルリーカもお疲れ。
バッカスは一緒じゃないのか?」
「バッカスは、管制所に報告にいっている」
「そうか。
今日はなんか、特別なモンスターいた?」
「特別なモンスターはいない。
ただ、全体として、数が増えたり変な特殊能力を持っていたりして、機転が効かないパーティでは対応できないモンスターが増えつつある印象」
「そっちも、そんなもんか。
こっちはな、迷宮の通路に擬態したモンスターというのがいて……って、なんか、人が寄ってきてるし!」
「……ケチケチするなよ、ぼち王!」
「そうだそうだ!」
「お前らのパーティは、難敵ばかりを始末してきてるんだ。
そのノウハウ、こっちにもよこせ!」
「あー、もう。
じゃあ、勝手に聞き耳立ててろ!」
「シナク、前を開けて」
「ああ。
あっ……」
「指定席」
「……ま、いいけどな」
「シナクさん、ハニーホットミルク、お待たせしました。
みなさん、ご注文が決まりました順番にお願いします」
「まず一杯目はエールだな。
ジョッキで」
「こっちはガラム、生のままで」
「ワイン、お湯割りで」
「ガラムのお湯割り、頼む」
「……発破、そんなに効くか?」
「直接爆破する以外にも、部屋の真ん中で爆発させ、衝撃波でモンスターを失神させる、みたいな使い方も出来るからな。
鳥型とか中型以下のモンスターがうじゃうじゃいるような部屋でこれやると、かなり手間がはぶける」
「その、リンナの式紙ってやつは使えそうか?」
「今日試してみた感触では、かなり使えそうだ。
初心者のパーティでも、あれをごっそり仕入れて場面場面で使い分ければ、かなりいいところまでいけるんじゃないか?
今日、他のパーティがやりそこなった後始末なんかも、式紙があれば簡単に撃破できるのが多かった気がするくらいだし……」
「ルリーカのパーティが担当したモンスターも、同じ感触を得た」
「あればかりに頼っても、どうにもならない場面も多いけど……あれがあると攻略がはかどるのは、確かだな。
昨日、今日でかなり怪我人がでてたけど、あれが普及してくると、怪我人は確実に減らせると思う」
「待たせたな、シナク」
「あ。
リンナさん、ティリ様」
「おい、リンナ。
式紙ってやつ、いつ売りはじめるんだよ!」
「今日、試してみて問題なかったので、明日から正式に販売される予定だ。
そう、コニスに聞いておる。
発案は拙者だが、製造販売はコニスに一任してあるゆえ、詳しいことはやつに聞いてくれ」
「シナクよ。
買い物に出かけるぞ」
「はいはい。
それじゃあ、ルリーカ。
ちょっとどいてな」
「シナク、このミルク……」
「ああ。
残りを欲しければ、そのまま飲んでいいよ」
街路。
「あいかわらず、王国兵でいっぱいだな」
「だが、意外に治安は悪化していないらしい。
黄色い腕章をつけた兵が、数人づつ固まって、巡回しているだろう?」
「ああ。よく見ますね。
この前その腕章が、喧嘩をしていた酔っぱらいの兵隊を拘束してましたけど……」
「憲兵、というのだそうだ。
兵隊たちを取り締まる兵隊だな。
あの派遣軍は憲兵の力が強く、民間人への暴行は、厳に戒められていると聞く。
それと……野営地の外側に、兵隊相手の慰安商売人が、ぼちぼち到着してきているらしい」