69.おたがいにとってふほんいなさいかい。
迷宮内、某所。
「正直、見学者がいなくなったのはありがたいな」
「シナクよ。
おぬし、そんなことで萎縮するほど殊勝なタマでもなかろう」
「後ろでみてても別段、かまわないけど……いきなり背後からモンスターが襲ってくる事例も、皆無ではないので……」
「あやつら、あれでも魔法兵とやらなのであろう?
身を守る術くらい、わきまえておるのではないか?」
「聞くところによると、魔法兵一人で一軍に匹敵するそうですから、大丈夫だとは思うんですけどね。
それだって、迷宮には不案内なわけだし、なにが起きても不思議ではないここの突拍子もなさってもんを実感できてないと、不意をつかれたら脆いかなーって……」
「シナクよ。
もっとはっきりと、やつらはいかにも実戦慣れしていなさそうだ、と、いったらどうだ?」
「そういってもいいんですけど……まあ、頼りなさそうだな、ってこってす」
「確かに、あれらは戦士の顔をしておらなんだ」
「顔でわかるもんなんですか、ティリ様?」
「顔というよりは、目、になるのかの?
落ち着きがなく、余裕を持って周囲を見渡せていない……。
ああいうのは、いかに腕におぼえがあろうとも……シナクがいうとおり、不意打ちには弱いぞ。
わらわも、あれらが同行しなくなって気が楽になったという、シナクの意見を支持する」
「で、シナクよ。
次の案件は……」
「それがですねえ、どうも……よくわからない、モンスターらしいです」
「……遭遇した者が、軒並みロストでもしたのか?」
「いや、軽傷で、全員生還はしているんですが……モンスターの姿が、まるで確認できなかった、と」
「……軽傷、ということは、攻撃は受けておるのだな」
「打撲程度の被害ですが。
見えない敵に、いきなり殴られた……とか、いってます」
「見えない敵、か。
そのような魔法が……ないことも、ないが……」
「いよいよ、魔法を使うモンスターの出番ですか? リンナさん」
「……実地に検分してみないことには、なんともいえなんがの。
ことの本質は、魔法を使うか使わぬかよりも……見えない敵にどう対処するか、であろう」
「瓜坊とか、見えなければ反応しませんか?」
「あれが関知できるの情報は、ヒトとほぼ同じであると思っていい。
ヒトに知覚できる音、匂い、温度……などには対処できるが、その生還者たちは、特別、奇妙な音や匂いには気づかなかったのであろう?」
「なんか気づいたら、それなりに申し送っていると思いますが……なにも、書かれてませんね」
「ならば、瓜坊も反応できん」
「さいで」
「被害が打撲ですんでいるということは、たいした攻撃力も持たぬということであろう。
案ずるよりも産むかやすしともいう。
この三人なら、その場になればどうとでも対処できよう」
「さて、問題の部屋に、つきましたけど……」
「みたところ、なにもなく、だだ広いだけの部屋であるの。
シナクよ。
真ん中に点火した発破を放り投げてみよ」
「……いいですけど、それでうまくいくんですか?」
「それで、見えない敵とやらが気絶するなり驚いて姿を顕すなりしてくれれば、僥倖であると考える。
効果がなければ、また別の手段を考える」
「……いいですけど……。
それじゃあ……火をつけて……。
よっ!
伏せて!」
どぉぉぉぉぉぉぉんっ……。
「……さて、どんなもんかな……。
お。おお。
なんか、蜥蜴みたいなのが、何体か地面に転がってますね。
土埃にまみれて」
「保護色というやつだな。
周囲の色に合わせて、体の表面の模様を変える。そんな生物は、意外に多い。
おそらく、それの一種であろう」
「んじゃあ、意識を失っているうちに……術式付加の武器で、さくっと……」
迷宮内、教練所。
「教練所の、どのような場所をご覧になりたいのでしょうか?」
「そうだな……どのような研修生がいるのか、その全体像が把握できる場所がいい」
「全体像……ですか?
難しい注文ですが……。
武術関連の教練風景を、基礎コースから順番に、その後に座学の講義風景、最後に宿舎をご案内することにしましょう。
若干、駆け足になりますが、それだけ回れば研修生の全体像は、おおよそ掴めるかと思います」
「フェリスどの。
よろしく頼む」
迷宮内、某所。
「次の部屋にいるのは、飛んでいるけど、矢で落とせなかったと書いてある」
「わははははははははは。
なんだそりゃ、ルリーカ」
「姿は、ワイバーンを小型にしたような感じ。体は、ヒトよりもかなり小さい。しかし、数が多い。おそらく、数十体はいる。
矢を射ても、命中直前に矢の軌道がそれる」
「わははははははははは。
そんなもん、たった二人でどうやって討伐するんだ?
片っ端からおれがたたき落とすにしても、数により、時間がかかることになるぞ」
「バッカスは、いつものようにルリーカを守ることに専念して。
ルリーカが呪文を詠唱する時間だけ、向かってくるモンスターを落とすだけでいい。
今回は、リンナの式紙胡蝶の使用試験もしてみる」
「わははははははははは。
その、胡蝶ってのは、どんな働きをするんだ?」
「敵の感覚を、欺く。
使用者の居場所を、ずらして知覚させる。
敵の数が多いときに有効」
「わははははははははは。
なるほど、よくわからん」
「実際に使ってみれば、理解できる」
「わははははははははは。
確かに……やつら、おれたちの居場所が、間違って見えているようだな。
迎撃する立場だと、やつらの狙いがばらけている分、かえって面倒だ!」
「……疾風刃波」
ずじゃじゃじゃじゃっ!
「ここの依頼、クリア」
「おう。
全部、切り刻まれて落ちた!
次だ次!」
迷宮内、教練所。
「王子様!
第一王子様ではございませんか!」
「ん?
おお、おぬしは魔法兵筆頭の、確か……」
「そんなことより、王子様!
単身で軍を抜け出たことは聞いておりましたが……なぜ、このような場所に!」
「なぜ、といわれてもな。
司令本部は余の使命に理解を示さぬし、このままではいつまでたってもメインシナリオが進まん。
意を決して、手っ取り早く迷宮攻略に着手できる場所を探した結果、ここにたどり着いたわけであるが……」
「なぜ……一国の世継ぎの王子様が、よりにもよって単身で、冒険者にまじってまでして、迷宮に挑まなければならないのですか!」
「なぜ?
なぜと聞くか?
それはだな、そのようにメインシナリオが……余がたどるべき道筋が、命運が……ああ、そうだ!
王道! 王道であるな!
冒険者としてこの迷宮を完全攻略する!
それこそが、余にとっての王道である!」
「……王道、で……ございますか?」
「それ、そのようなうさんくさい目つきをするものではない」
「仮にも、わが迷宮派遣軍五万を預かる総司令官たるお方が……王道とは……。
王子様におかれましては、冒険者になるより他に、もっと重要な責務がおありでしょう!
王子様の王道とは、その責務を放り出さねばならぬほどの重要時なのでございますか!」
「重要である。
この王道を放り出せば、この先、余はうまく政道を治められぬ。
避けては通れない道とわきまえよ。
それに……だな。
あの軍では、余は、飾りにすぎぬ。
名目状、総司令官職を与えられてはいるものの……その証拠に、みてみよ。
あの迷宮派遣軍五万の将兵が、余の不在にまごついたか? 困惑したか?
余一人いなくても、あそこは不自由なく動くようにできておる。あの軍だけではなく、城でも同じことであった。
必要とされることがあるとすれば、それは……余ではなく、余が負っている、王子という肩書きだ」