68.ひるやすみのもんどう。
ギルド指定病院。
「ああ!
また連れてきたのか!
ったく、今日はことさらに多いなぁ……。
文句を言っても仕方がないことだがな!
あんたんところの冒険者のためだけにこの病院開けてるわけじゃないだよ!
さっきの骨折男だって、骨を接ぎ直している最中、泣き叫ぶは暴れるはでもう、大変な騒ぎで……で、今度はなんだって?
ああん?
さきまで、蜘蛛の糸に包まれていただぁ?
今は、息はあるけどぐったりとして動かない……か。
呼吸も心音も安定しているから、放っておけば目を覚ますような気もするが……いくつか、解毒剤でも試してみるかな……。
まあ、そこの寝台にも転がしておけや。
ん?
この、ところどろろ、服が焼け焦げているのは……ああ、糸をほぐすために、わざとやったのね。
あっちは緊急性はないようだし、先にこっちの傷を縫うかな。
いいか、この布を噛みしめて、暴れないようにしっかり手足を押さえてろよ!
傷口はきれいだし、縫うこと自体は簡単だが、痛みが半端ないからな。
大丈夫だって、うちの田舎じゃこの程度の縫合、床屋が副業でやってるもんだ。失敗のしようがない……」
迷宮内、管制所。
「……ということで、救助者も無事病院に送り届けて、この件もクリア、と……。
まだ、仕事残っているけど、緊急のがなければ、区切りのいいところでそろそろ昼にしたんだけど……」
「あ。はい。
それで結構です。
食事が終わったら、またこちらに来てください」
「はい。
ではまた……」
迷宮内、第二食堂。
「……ふう。
昨日あたりからか、やはり、今までの方法論だけでは突破できないモンスターが増えてきたみたいだな。
怪我人が増えて、病院の先生もいらついてる」
「わはははははははは。
あの先生もいい年齢だし、この町にはまともな病院といえば、あそこしかないからなあ」
「ギルドが医療施設、整えるというはなしも、かなり前にギリスさんがいっていたような……」
「求人が、うまくいっていないもよう」
「ま……普通に考えれば、負傷者が連日満杯で、忙しくて、おまけにいつモンスターの大量発生があるかわからないような場所に希望してくるようなお医者さんはいないだろうしな。
仕事は、他の場所でもできるだろうし……」
「……あの……少し、よろしいか?」
「ん?
ああ、王国軍の魔法使いさんか。
ここの使い方は、勝手に料理を持ってきて……」
「いや、そういうこととではなく!
……迷宮では、今日のような感じが、連日続くのであるのか?」
「今日のような?
おれたちは、今日、他のパーティが処理しきれなかったところを担当していることになるから、平均よりはハードな仕事をやっていることになるけど……。
それでも、迷宮での仕事っていったら、だいたいこんなもんだな」
「それでは、その……負傷者、なども?」
「……二、三日前までは、かなり長いこと、負傷者ゼロ、ロストゼロの記録を更新していたんだが……最近、均衡が破れて迷宮側が勝ち越してきた気配がありますね。
あと何日かすれば、冒険者も対応に慣れてくると思いますから、また均衡する可能性、大ですが。
ま、天秤が一時的にどちらかの方に傾くのは別に珍しいことでもないし、すぐにまた静かになりますよ……」
「つまり……今日のような有り様が、この迷宮の日常である、と……」
「ええ、まあ。
日により運により、厳しいときと暇なときはありますが……。
こんなあり様だからこそ、王国も事態を重く見て、みなさんのような大軍を組織して派遣してくるわけで……」
「な……なぜ、誰も逃げないのだ?
ぼ、冒険者という輩は、無頼の徒と聞くが……なぜそんなやつらが、わざわざすすんで命がけの仕事を……」
「度し難い阿呆だからでございましょう。
大金に目がくらんでるのか、それとも、自分だけは難を逃れると高をくくっているのか……。
逃げるどころではなく、みなさまも希望すれば見学できるかと思いますが、この迷宮にはギルドが創設した冒険者用の新人研修所がございます。そこには、今でも日に数十人という人たちが、この寒空の下、冒険者になりたがって集まってきます。
負傷や引退で一時的、ないしは永続的にこの迷宮を去る者よりも、新規の冒険者が増える割合の方が多い。
だからこそ……いまだに、モンスターどもは迷宮の中に収まっているのでございます」
「あ……あのようなモンスター……。
われら、魔法使いであっても、対処するのは難しい!」
「魔法を使えない者たちが立ち向かうのは、あまりにも無謀である。
このギルドは、王国軍以上に大勢の魔法使いを擁しているとでもいうのか!」
「現在、ギルドに登録している冒険者の中でまともに魔法を使えるのは、ここにいるルリーカとリンナさんくらいですね。
他にも、きぼりんなんかも、迷宮内でなら、という条件つきで魔法が使えるようだけど、あれはまた、かなり特殊な例だからなあ……」
「で、では……まるきり、無謀もよいところではないか!
なぜ、軍にすべてを任して立ち去らない!」
「……軍に任せれば、すべてが丸く収まるとでも?
われら冒険者は度し難い阿呆揃いですから、報酬目当てにいくらでもこの地に集まってきます。補充人員は、軍をあてにせずとも今のところ間に合っているわけです。
それとも、あなたがた王国軍なら、われらよりももっと損害が少なく、効率的に迷宮を攻略する自信がおありになる……と、そのようにおっしゃりたいわけですか?」
「い、いや……さ、作戦を考えるのは、われら魔法兵ではなく、軍上層部の……」
「数日前、そちらの軍の偉い方が……千人でも二千人でも、迷宮内に兵を送り込んでしまえ。そのうち何割かが生還すれば、対応策を講じることができる……と、そのように豪語したそうですが……。
ギルドやわれわれ冒険者は、これまでのところ、数百名単位の死者をこの迷宮で出してはおりません。可能な限り、犠牲を少なくしようと努力してきた結果です。
上官の命令にあらがうことができない兵隊数千人を試しに迷宮に送り込んでみて一日何百人単位の被害を出すことを前提とする軍と、攻略に参加する全員が志願してきた冒険者であり、その育成にも救命にも注力するギルドと……果たして、どちらがまともな組織であると思いますか?
あるいは、こう問い直させていただくことにしましょう。
なんで王国は……失敗しかけているのならともかく、今のところなんとか迷宮に拮抗しているギルドを押しのけてようとするのですか?
ギルドよりも王国軍の方がうまくやれるというのなら、その具体的な根拠はどちらにおありですか?」
「い、いや……そ、それは……」
「シナク、意地悪。
彼らは、今日はじめて迷宮攻略の実状を知った。
もう長いこと、迷宮に出入りして仕事をしているシナクと同じ知見をもてるはずがない。
ここでのシナクのやり口は、公正ではない」
「……それもそうか。
まあ、みなさまもわざわざここまで見学に来なさったわけですし、今日のところは好きな場所を好きなだけ、みていってください。
おい、フェリス。
ギリスさんにも、そう案内するようにいわれているんだろ?」
「はい。
くれぐれも、オープンかつ粗相がないようにと……」
「ということで、なにか見たいところがあったなら、こいつが案内してくれるはずですから……まあ、今は、メシを食いましょう。
ここの食堂、意外にいけますよ」