66.まほうへい、けんがくちゅう。
迷宮内、売店前。
「いいのですか、テリス様。
二手に分かれてしまって……」
「あんまり大人数でぞろぞろついて歩いても、向こうの方のお仕事の邪魔になるだけでしょう。
それに……これをみてください」
「新たに販売されはじめたという、札ですな。
この術式は……かすかに、東方呪術の香りが入っておりますな」
「リンナとかいった、あの異装の女剣士の手によるものでしょう。
あちらの呪術の一派には、紙や人形をあたかも生きているように動かす術を心得ている者たちがいると聞きましたが……まさか、この目でみることになろうとは……」
「式神、ないしは式紙とか呼ぶそうですな。
しかしあれは、たしか門外不出の秘術のはずでは……。
それを、ここまであからさまに曝け出しているのも、不自然としか……」
「その秘術を秘術と思わない人たちなのですよ、ここの魔法使いというのは」
迷宮内、某所。
「……あのバトルアックスの男、斧を振り回す動きが、無茶苦茶早いぞ!」
「あのバトルアックス、術式がかかっているな。一振りでかなり広範囲の蔦が、薙ぎはらわれている」
「だが……この部屋は、上下左右、全部、蔦だ。こうしている間にも、蔦が伸び続けている」
「あれでは、いつか男の体力が尽きるのではないか?」
「わはははははははははは!
とにかく、片っ端からぶった切っていけばいいんだな!」
「いい。
そのまま、バッカスだけに任せていても、そんなに時間はかからない。
だけど、時間を節約するために加勢する。
……凍れ」
「え? 熱量除去魔法だと!」
「あんな高度な術式を、あんなにあっさりと……」
「今……詠唱時間、ほとんどなかったよな……」
「それも、だが……み、みろよ!
あの、起動範囲の広さを……」
「部屋中が……凍っていく……」
「ま、待てよ!
あの小さな魔法使い……おれたちより、魔力が少ないくらいで……」
「外だよ!
あの魔女、迷宮の魔力をそのまま使ってるんだ!」
「バッカス。
蔦が凍りついているうちに、バラバラにして」
「わはははははははははは!
まかせろ!」
迷宮内、管制所。
「で、お次は……」
「こちらになります」
「モンスターは……大したことないな、こりゃ……」
「ええ。
通常の、動物型なんですが……ただ、部屋が……」
「……なんじゃ、こりゃ!」
「移動効率ランクが高い方ばかりの、シナクさん向けの部屋……だとは、思うのですが……」
「移動効率、ったって……ギルドだって、ここまでの高低差を想定してつけたランクじゃないだろ」
「そう……ですよね」
「前に失敗した連中は……」
「モンスターに遭遇する前に、足を滑られて……」
「落下して、捻挫と骨折が数名。
仕事にならないんで引き返してきた、と……」
「シナクさん。
あと、今朝もはなしたように……」
「ああ、見学ってやつ?
お、テリス様とかいいましたっけ。
昨日は、どうも」
「今日も、よろしくお願いしますよ。
シナク……さん」
迷宮内、某所。
「わははははははは。
王国軍の人たち、今度はつっこんでくるモンスターだからな。
もっと退っていた方がいいぞ。ルリーカの、さらに後ろだ!」
「バッカス。
あと十秒持ちこたえて」
「わははははははは。
その百倍でも余裕だ!」
「……なんだ、あの男は……」
「あれだけの……カラスを、ことごとく……」
「斧だぞ、斧!
なんで、重たくて小回りが効かないはずのバトルアックスを、あんなに軽々と振り回せるんだよ!」
「……疑似重力」
ばさばさっ!
「カラスが……全部、地面に……」
「おい、あれって……」
「ああ。
天象系物理干渉魔法の一種……だな」
「魔力はともかく……あの娘、理論面では、一流もいいところだ」
「風魔刃斬」
ずじゃじゃじゃっ!
「終了。
バッカス、確認を」
迷宮内、某所。
「ということで……今回は、ロケーションが問題になってくるわけで……」
「ふふん。
高低差が激しいというだけのことであろう」
「普通の地形なら、たいしたことでもないんですけど……。
ここは、迷宮ですからね。
ご覧の通りのありさまでして……」
「……ブロック状になった床が、隆起したり沈下したりしているわけか……」
「梯子か脚立が欲しいところだな」
「最低でも、成人男性の背丈よりやや高いくらいの高低差があります。極端なところは、その五倍くらい。
この、ブロック状の床が……どうも、不定期に動いて、高さを変えるようで……」
「それ加えて、モンスターか……」
「そ。
足を滑らせるだけでも負傷必死。
見通しは利かない。
モンスターは、さほど強くないもののうようよいて、人目を避けて隠れている。
ま……そんな部屋です」
「シナク、おぬし、垂直方向へは……」
「人並み以上だろうとは思っていますが……それでも、助走抜きで自分の背丈の何倍もの高さに飛び上がれるわけがありませんよ」
「で、あろうなあ」
「空を飛ぶ魔法とか、ないんですか?」
「ないこともないが……諸々の要素を考慮すると、かなり複雑な術式になるな。
おぬしの体を今すぐ飛ばすことは可能だが、加速と減速の加減を少し間違えると、挽き肉になりかねんぞ」
「そいつは……やめておいた方が、よさそうだ」
「せめて……ロープでお互いの体を結んでおくか?
長さに余裕を持たせておけば、他の者に引きずられるということもなかろうし……あとで、ひっぱりあげることも可能だ」
「上に残ったのが一人だけで、二人が下に落ちた場合はどうするんですか?」
「……うっ」
「でもまあ、いつまでもこうしていたところで埒があかない。
そのロープ案を部分的に採用して……おれ一人で、いってみます。
万が一、おれがどこかに落ちて出られなくなったら、ロープをおろして二人で引き上げてください」
「まて、シナク。
いくのはかまわないが……その前に、この式紙を使ってみよ」
「さっきのとは違うものですか?」
「さっきのは、攻撃のみに特化したものだからな。
これは、索敵や偵察用のものだ。
実体があるわけではないので、高低差に左右されずに移動できる。
使い方は、瓜坊と同じ音声起動式。起動して、進むべき方向を示してやればよい」
「ええと……地面に置いて……。
式紙子鹿、起動!
いけ!」
「……おお、そこの下にいるのか。
じゃあ、爆裂弾を投げ込んで……。
よっ!」
ばかん。どかん。ばすん。
「……逃げ場がないから、悲惨なことになっているな」
……ざっ。
ざしゅ!
「かなり上からも、いきなり飛び降りてきた。
式紙の、探知範囲外か。
あんだけの高さから飛び降りてきたら、斬らなくても無事ではすまされなかったんじゃないかな……。
とりあえず、移動できる範囲内のモンスターを、全部、片づけないと……。
垂直に切り立った上の方にいるやつは、とりあえず、後回し。
いずれ、手の届く範囲に移動してくるだろう。
ん?
今度はその穴になんかいるのか? 子鹿ちゃん。
お……揺れ、て……。
おお。
地面が……あがって。
そっちに飛び降りる!
っと。
へへ。
今まで上にいたやつらが、同一平面上にきて……一斉に、こっちにきましたね。
まあ、視界の中に入ってしまえば、借り物のこの野太刀で、片っ端から……はっ!」
ざっ。ずしゃ。ずばっ。ざしゅ。
「……大型でも特殊能力でもない普通の動物型なら、今や一撃で片がつくようになったからな。
術式付加の武器っていうのも、ありがたいもんだ」