57.とーちかむし。
迷宮内、某所。
「あかりだ」
「あかりじゃな」
「あかりであるな」
「……ってことは、あそこの角をまがったところに……」
「例の、部屋なる空間が広がっている可能性、大なわけじゃな」
「なに、いつものように一蹴してくれればよいだけのこと。
ほれ、シナク。
先にいかぬか」
「リンナさん。
そんな簡単にいいますけど……あの手の部屋って、いつも変な仕掛けがあったり特殊能力を持ったモンスターがいたりで、もっと慎重にいった方が……」
「簡単にいっても難しくいっても、結果はおなじであろう。
この中では最新鋭の複合術式に守られたおぬしが、一番、防備が手堅い。
様子見で先頭をゆくのは理にかなっておると思うが。
なに、拙者もすぐにあとに続いて、必要ならば魔法で防御を展開する。心配せずに一番槍をつとめればよい」
「そんじゃあ……おれが先頭でいきますから、その後に続いてくださいよ。
じゃあ……いきます!」
ひゅぅぅぅぅ……ごぉぉぉん!
「わっ!」
「なんじゃ?」
「これは!」
……どかぁぁぁん!
「爆発した!」
「走れ、シナク!
足をとめるな!」
「攻撃元へ肉薄せよ!
あの、砲弾のような攻撃は、おぬしの防御に弾かれておる!
おぬしが先頭にいるかぎり、害はない!」
「ええ、もう!
好き勝手なことをいってくれてっ!
……やってやらぁ!」
ひゅぅぅぅぅ……。
「こっちに向かってくる砲弾を、真っ正面にみて……しかも、そいつに向かっておれも走っていくなんて!」
ざしゅっ!
ぼぉぉぉん! ばかぁぁぁん!
「……げっ……。
砲弾を斬るな、シナクよ!」
「……ごっ……。
熱気で……喉が灼けるではないか!」
「ああ、もう!
目の前の砲台、いや、トーチカかっ!
あいつを潰しますよっ!」
「おう!
大出力の広範囲大質量斬撃はまかせよ!」
「砲塔の中に、爆裂弾を……」
ひゅぅぅぅぅ……。
「次の攻撃がきます!」
……しゅいんっ。
「シナクの術式装甲が、砲弾を反らした!」
「……今じゃ!
射る!」
ひゅぅぅぅぅ……。
「取りついた!
……砲身をぉ……下から斬りあげ!」
しゅっ!
「潰れよ!」
がごぉぉぉん!
「……おー。
前半分が、ひしゃげた……」
「そんなことをいってる場合か!」
「伏せよ!」
「へっ?」
どん! どん! どん!
ぼごぉぉぉんっ!
「……内側で、誘爆か……」
「まだ続くぞ。
しばらく様子見じゃ」
「爆風が来るかもしれぬ。
今しばらく、立つな!」
ごぉん! ぼぉん! ぼごぼごぼごっ……。
どっ、ごごぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!
「……おー。
吹っ飛んだ、吹っ飛んだ。
内側から綺麗に吹っ飛んだ……」
「風循楯!」
かん! きん! こん!
「……上から、いろいろ吹き飛ばされたものが、落ちてくるな」
かん! きん! こん!
「こりゃ、しばらく動かない方が無難かな?」
「それはいいのだが……この仕掛けは、人造物にしかみえぬだが……」
「どうなのかの?
このように形状に進化したモンスター、ということもありえるが……」
「爆発物で射出した質量弾で敵を攻撃する生物、ですか?」
「群体とか共生体の可能性もあろう。
このトーチカは砲弾を射出して獲物を挽き肉に変え、挽き肉を食べる他の生物がトーチカの世話をする、とか。
実際にはもっと複雑なプロセスがあるのかもしれぬが……」
「……見てみよ。
その推測は、案外、あたっておるのかもしれんな」
「おっ。
トーチカの残骸が……いつの間にか、大量の虫に……」
「そのトーチカも……外殻こそ分厚い金属のようだが、中身には血が巡り、内蔵もあるようだ」
「あ。
よくみると、ヤドカリのような脚もあった」
「あの虫ども、どうします?
こちらには、あまり関心がないようですが……」
「残しておいても、ろくなことにはなりそうもないからな。
……焼くか。
布で鼻と口を覆い、しばらく外気を直接吸い込むなよ。
爆炎驟雨陣!」
どっ、ごぉぉぉぉぉぉぉんっ!
「……いやぁ……。
派手派手」
「われらでなかったら、高確率でロストしておったの」
「まったく。
この先、こんなのがごろごろしているんだとしたら……ロストはもとより、負傷者も増大しそうだな」
「帰ったら、コニスに一般販売向け防御術式の実用化を急がせよう」
「あのトーチカ虫についても、ギルドに報告して注意を呼びかけてもらった方がいいっすね。
飛び道具……どころじゃない。
なにせ……はは。
生きている砲台なんて、冗談みたいな代物だ。
信じてもらえないかもしれませんが……」
「なに、焼け焦げておっても、死骸は残っている。
それに、たとえ半信半疑であっても、注意を怠れば冒険者に被害がでるとなれば、警告はしてくれるだろう」
「それ以前に……仮にもシナクがいうことを、ギルドが軽視するとも思えぬ。
シナクはもう少し、自分の影響力というものを自覚したほうがよいと思うぞ」
「そうはいいますけどね、ティリ様……おれ自身、無理矢理、悪い冗談につきあわされている心境なんもんで……」
「それより……今までの部屋の多くがそうであったように、ここも、出入り口はひとつしかないようじゃな。
いい時間であるし、一度引き返して食事にでもするとしよう。
先ほどので、服や顔も汚れたことだしな」
「着替えたいですか?
では、一度戻りますか。
リンナさん、お願いします」
迷宮内、簡易浴場。
「女性陣は、ざっと体を洗ってくるそうだけど……おれは、顔と手を洗うくらいでいいや。
しかし、防御術式って、気体もある程度、反らしてくれるらしいな。
熱風とか思ったよりも浴びなかったし、おれの服も、女性陣よりかは煤で汚れてない。
今後も、危なさそうな場面では、おれが前にでる方が確実かな……。
さて、女性の身支度は時間がかかるだろうから、その間におれがギルドに報告を……」
迷宮内、ギルド管制所。
「……トーチカ虫、ですか?」
「ええ。
二頭立ての馬車ぐらいの大きさで、上下に押しつぶしたような円錐形。そこから丸太みたいな太い砲身が突き出していて、下にはヤドカリ様の脚が何本もあり、自力で移動もできるようです。おれたちが遭遇したのは、部屋の真ん中に居座って、そこから動きませんでしたが……」
「それが……砲弾を、打ち出すんですか?」
「爆発する砲弾を、ね。
おれが斬ったときは、ふたつに分かれてそれぞれが爆発しました。
一度発射すると二秒くらい間隔があくようですが、おれたちは計三回、砲撃を受けました」
「そんなのに遭遇して……よく、無事でいられましたね」
「この、コニスからもらった兜と胸当てが、予想以上に高性能だったんで助かりました。
最初、様子見のつもりで出たら、いきなり砲撃をもらって、その砲弾が術式のおかげで逸れて……あとは、一度引き返すよりはっておれを先頭にして突撃、三人がかりで潰しましたけど……おれたち三人でなければ……かなり、危なかったかと」
「……この地図の場所ですね。
至急、キャヌさんときぼりんさん、それに護衛数名の調査チームを編成して調査にあたります」
「同時に、他の冒険者たちへの警告もお願いします。
飛び道具やそれ以上の投射攻撃をおこなうモンスターと遭遇する可能性あり、ってね」
「ええ。
注意と、それに防備の呼びかけも、しておきます」
「それじゃあ、おれたちはこれからメシにするから、なにか緊急事態があったら、第二食堂にいるし」
「お疲れ様です。
ゆっくりお休みになってください」