55.きゅうけいじのざつだん。
迷宮内、某所。
「……左へ曲がって、次が右、左、左、右……」
「ティリ様、地図書くの、かわりましょうか?」
「いらぬ!
この程度のことで……」
「とはいえ、今日の道は……おれも経験したことがないくらいに……入り組んでいますけど……」
「ええい!
心配はいらぬ! これくらいで根をあげるわらわではない!」
「シナク、捨て置け。
どうしようもなくなれば放りだすことであろう」
「わらわは放り出したりしない!
黙れ! 気が散る!」
「そうはいっても……せいっ!」
ざぱっ!
「こうも道が入り組んでいては、索敵するにも見通しが悪くてかなわん。
少し早めであるが、ここいらで一息、いれることにしよう」
「そうっすね。
おれも、リンナさんの意見に賛成。
短気もイライラも、誤判断を招きかねない。
こういうときは、気分転換をするに限ります」
「そ、そこまでいうのなら、仕方がないな。
みなの意見をいれて、休息をとることにしよう」
「今日は、いつほどにはモンスターと遭遇せぬの」
「どちらかというと、ここ二、三日がちょっと異常だったんですが……。
そのかわり、道がちょっと複雑すぎますね。
ティリ様、ちょっと地図を貸してもらえますか?
ほら、こんな複雑なの、滅多にありませんよ。
……だいたい、正確なようですね」
「これまでの道のりをすべておぼえておるのか? シナクよ」
「あくまで、だいたい、ですけど。
ソロでやっていたときの癖で、なんとなく歩数とかも数えちゃうんですよね」
「最悪、迷ったら、拙者の転移魔法で脱出するから、その地図に多少の誤りがあったとしても、致命的な失敗とはならん。
気楽にいくことだな」
「わらわは、失敗なぞせぬ!」
「はいはい。
ティリ様も、水でも飲んで気を落ち着けて……。
せっかくの休憩なんですから……」
「……ん。
シナクが、そういうのであれば……。
しかし……水筒の中身がいつも水、というのも芸がないの。
いっそのこと、羊蹄亭で茶でも詰めてもらうことにするかの?」
「茶を持ち歩くんですか?
歩いているうちに、すぐに冷めますよ」
「冷めてもうまい茶葉も、冷やした方がうまい茶もあるでの。
あの店なら、揃えておるであろうし」
「はは。
冷たいのでよければ、水筒に詰めてもらって、水筒を雪の中にでもつっこんでおきますか?」
「おお、それはいい考えじゃ!
今夜にでもマスターに相談してみることにしよう!
あの男も、夜には店にでるのであろう?」
「昨日は、そういってましたね。
今頃、仕込みでもやっているのか、それとも甘い菓子でも仕入れているのか……」
「あのマスターも、あまり休まぬの。
働き者というか……」
「元冒険者ですからね。
体力が有り余っているんでしょう」
「それが、今では二軒の店持ち。
世間的にみれば、あれで狙い目かもしれんの」
「あれ、リンナさん、マスター狙いなんですか?」
「そんなはずがなかろう。
あの、朝に店でみたおなご衆のことをいっておる」
「ああ、あのおねーさんたちね。
なる……そういう見方もできるか……。
昨日の今日で、よくぱっとあんな仕事ができる人たちが揃ったなあ……とは、思っていましたが……」
「わらわには、別の見解があるがの」
「お、ティリ様、なにか異論がおありですか?」
「異論というか……あれほど膨大なメニューをこれほど短時間の付け焼き刃で、すぐに処理できるようになる……とするほうが、むしろ不自然じゃ。
あの娘ら、どんな注文にもすぐに応じ、動きにためらいや遅滞もみられなかった。
だからわらわは、逆に、マスターがあの娘らから様々な茶のいれかたについて学んでいたのではないか、と推測しておる。
あの娘らは、さしずめ、どこぞの茶道楽な良家の婦女、といったところかの。マスターは、その茶道楽な良家に影響をうけたか、師事でもしたかして、異国の珍しいものも含めた膨大な種類の茶の取り扱いを学んでいった、と踏んでおる」
「「……おおー……」」
「いや、それは……説得力あるな……」
「人手不足の急場をしのぐため、一時的に知り合いの伝手を頼ったか……」
「マスター、昔、商隊護衛とかもしてたっていうし、そのときにどっかの商家と懇意になったとしても不思議ではないし……」
「そもそもあのごついのが、自発的に茶道楽を極めようとするのが似つかわしくない」
「いや、リンナさん、さすがにその言い方はひどいと思うけど……。
そうすると、あの子たちは急場のつなぎで、本雇いはこれから決めるのか……」
「あれだけ品数が多いとなると、作り方をすべて会得するまで、相応に時間がかかると思うが……。
茶葉ごとに、適切な湯の温度や蒸らし時間が違ってくるからの」
「げ。
茶って……そこまで細かいんですか?」
「無造作にいれてもそこそこのものにはなるが、葉が潜在的に秘めているものを完全に開花させるためにはやはりそれなりの知識が必要になる。
マスターもあの娘らも、それを心得ているようじゃった」
「……上等なものを知り尽くしているティリ様がこういうんだから、間違いはないだろう」
「さて、その帝国皇女の推測がどこまで正しいのか……今夜の答え合わせが楽しみじゃの。
さて、気分転換にはなったし、そろそろ仕事を再開するかの」
「……よっ」
ずびしっ!
「はっ!」
ずぐっ!
「おう!」
ざしゅっ!
「……今日はどうも、一撃でしとめられるようなのばかりですねえ」
「その分、楽に進めていいではないか」
「毎日、昨日みたいに手こずる相手ばかり、というのも、それはそれでげんなるすることになると思うが」
「そりゃ、そうですけ……おっとぉっ!」
「どうした?」
「なんか……人影が……。
ちらりと動いたんで、あやうく反射的に斬りかかるところだった……」
「……こんな迷宮の奥に、か?」
「近寄ってみりゃ、いやでも何がいるのかわかりますよ」
「そうであるな。
どのみち、先へは進むわけであるし……」
「モンスターならともかく、このような場所に入り込めるヒト……。
仮に本当にいたとしたら、その方が、よほどあやしい」
「……いた、な」
「ローブを着た人が、倒れておる。
それも、身一つで、荷物も武器も持っておらぬ」
「だからいったでしょう」
「しかし、シナクよ。
この暗いなか、よくぞこの距離まで見渡せたものじゃな」
「おれ、わりと夜目は効くほうなんで」
「そんなことより、この倒れている者を助けるの先であろう。
そこな老婆よ。無事であるのか?」
「……うっ」
「なんとか、息はあるじょうじゃな」
「しかし、なんだってこんな場所に……」
「詮索はあとじゃ。
だいぶん、衰弱している様子。
この者を連れて、一度外に帰るぞ。
シナクは、その者を抱き上げよ。
そして全員、拙者の体に触れよ。
転移する!」
迷宮内、管制所。
「さっきのお婆さんは……ひどく衰弱しているようですが、命に別状はないそうです。
今はギルド指定の病院でおやすみになっています」
「まあ、一安心だ。
助かるようなら、それに越したことはないしな」
「しかし……なんだって、迷宮のあんな奥に……しかも、たった一人で……どうやってあそこにいたのであろう?
どうやって、あそこまでいったのであろう?」
「本人に聞けばすべてはっきりすると思いますが……彼女がギルドに登録した冒険者ではないことは確かです」
「女性の冒険者は、まだまだ少ないからの。
ロストした者がいれば、すぐにそれとわかる」
「当人が目をさませば、いろいろ聞けるさ」