52.せーるすとーく。
「バッカス、お前、この前、剣聖様といっしょにドラゴン退治をしたことがあるとかいってたよな?」
「わはははははは。
こんなことも、あったな」
「ドラゴンってのは、あれか?
基本的に気前がいい生き物のなか?」
「そりゃ、個体によるんじゃないのか?
おれたちが退治したのは、毒だか呪いだかに蝕まれて、周囲に害悪を広める悪竜だったわけだが……。
ドラゴンもヒトも同じで、いいやつもいればわるいやつもいる。気前のいいのもいればケチなのもいる。
ま、個体により性質や気質はばらばらってこったな」
「そっか、個性か。
今日会ったドラゴンなんかは、たまたま気前がよかったんだな。
会話したときは、なんか素っ気なく感じたけど……」
「ツンデレドラゴンだね!」
「おはなしを聞いてみると、そのドラゴンさんはシナクくんが今、一番欲しがっているものを与えたのではないですか?」
「おれが? あのコインを?」
「シナクさん。
最近、もっと異族と親密になりたい、とか、意志の疎通をはかりたいと思ったことはありませんか?」
「……うーん。
これといって……あ。
強いていえば、昨日の件かな。
あれは、ちょっと後味が悪かったから……」
「ああ!
あれか!」
「なになに?
シナクくん、リンナさん」
「昨日、迷宮の中で、類人猿を相当数始末したんだけど……おれたちのパーティが相手だと、かなり一方的な戦いになっちまってなあ……。
もっとコミュニケーションがスムースに成立すれば、わざわざ討伐しなくてもいいモンスターが増えるんじゃないか、って思っちまってな……。
いわれてみると、あのドラゴン、おれが内心で気にしてたことを読んで、わざわざあのコインをくれたのかな?」
「きっと、そうですよ。
そのドラゴンさんも、シナクさんならあのコインを無駄にすることがないだろうと、そう踏んだのに違いません」
「本当に、そこまで深読みしたうえで、なのかなあ……。
だとすりゃ、ドラゴンってのは、やはりすごい生物なんだなあ……」
「そういえば、コニスよ。
昨日、ルリーカに聞いたのだが、新たな術式付加のアクセサリーとかを用意しているそうだな?」
「はいはい。
生産も順調で、現に完成品もかなりの数、この鞄に入ってますよー。
リンナさんこそ、新しい武器用の術式、開発していたそうで……」
「うむ。
そちらはもう、この野太刀に刻んでおる。
今日、試用してみたが、なかなかに使えるようだ」
「「「「「……なにぃー!」」」」」
「おっと、ギャラリーから思わぬ反応が!」
「そりゃ、するだろ。
武器が攻撃できる範囲を拡大する術式ひとつで、あれだけ戦術の幅が広がった。
そこに新しい術式と聞けばば、当然、注目度は高くなる。
冒険者にとっては、文字通り死活問題だしな」
「では……ちょうどみなさんがみていることでもありますし、軽くデモンストレーションしてみましょうか?
リンナさん、お先にどうぞ」
「拙者がか? まあ、よいが……。
今回、拙者が考案したのは、得物の見かけ上の質量を加減する術式だ。
平易ないいかたをするのなら、武器に対し、一時的に重みを加えるものだ。
現に、その術式をこの野太刀に刻んでいるわけであるが……。
そうさの、そこの男。
おぬし、がたいがいいな。少し協力してくれんか?
なに、この野太刀を鞘に入れたままで肩に乗せるだけだ。
ふむ。
肩に乗せた。重いか?」
「いいや、ぜんぜん」
「では、術式を駆動する」
「おっ! おおおっ!」
「どうだ?」
「いきなり……重くなった!」
「さらに、重くもできる」
「……うへぁっ!」
ばたん!
「すまぬ。
加減を間違えたか。
見ての通り、肩に乗せただけの野太刀を、このがたいがいい男が思わず尻餅をつくほど、重くすることが可能なわけだ。
これを、攻撃時、攻撃対象に武器をぶつける瞬間、振り抜く間際に駆動させたらどうなるか?」
「今日、こーんなでかい犀モドキのモンスターを討伐したんだが……リンナさん、その野太刀のひと振りで、その犀モドキの後ろ足を一本、ほぼ丸ごと粉砕してたな」
「あの時は、この術式に加えて、出力調整とか従来の攻撃範囲を広げる術式も一緒に駆動させていたわけだが……結果としては、そうなった。
ただ、この術式にも短所はそれなりにあって……使いどころをあやまると、使用者自身に災禍が跳ね返ってくることがあげられる。
攻撃対象に打撃を与える前に駆動するのばいいのだが……攻撃対象を破砕して、あるいは空振りした後、いつまでもこの術式を駆動させ続けると……こう、武器を振り切った腕に、無理な重量と慣性がくわわるわけだから……骨や間接、筋などに、無理な負担がかかることになる。
脱臼、筋違い、筋肉破損……力の抜きどころ、術式の終えどころを見誤ると、そのような事態を招くこともありえる。
現在、かなり広く普及している、武器の攻撃範囲を拡張する術式も、実用化当初は誤って自分や周囲の者たちを傷つける事故が少なからずあったという。
コツさえつかめばなんのことはないのだが、ある程度、扱いに熟練するまでは注意をして貰いたい。
この術式をうまく使いこなせるようになれば、非力な者が持つ軽い武器にも、強大な攻撃力を与えることが可能になる。
また、この術式を楯などの防具に使用すれば、その重量で相手の突進や攻撃をくい止めやすくなる。
拙者は、注意点に留意するのなら、かなり応用範囲が広い術式であると自負しておる。
なにか質問は?
なければ……何人か、この野太刀を肩に乗せ、術式を体感してみるか?」
「ええ、腕輪や首輪に術式を刻んだものを用意してみましたが、他のアイテムに術式を刻むことも可能です。今回用意したのは敏捷性を高めるものと、筋力を高めるものの二種類になります。性能的にはどちらも二割り増し、と考えてください。ただし、この比率はだいたいの目安ということで、術式の効き方は体質に左右されることがあり、使用者により若干のずれが生じますのでご留意ください。
論より証拠、ものは試し、実際に使ってみますか?
はいはい、いっぱいあるから押し合わないでくださいね。あと、ちゃんと返してくださいよ。ネコババしようとしても、今、ここに出したアイテム類はすべて位置情報をたどれる仕掛けが施してあるので、すぐに発覚しますからねー。
試用しながらでもお聞きください。
これらのステータス操作系アイテムにもリスクはそれなりに存在します。身体能力の、ごく一部だけを突出して高めても、他の部分がついてこない、というわけでして、ええ。あくまでここぞというときにのみ使用する、いわば瞬発力を高めるような使用法を推奨いたします。長時間の連続利用は、健康を大きく損なう危険性があるとご存念ください。
アイテムに底上げされて、自分の能力自体が高まったと感じても、それは錯覚です。心肺機能はそのままですし、体を動かした分、ちゃっかり疲労は累積します。使いすぎたときにかける呼吸器系や循環器系への負担は半端ないですし、あとにはしっかり乳酸が筋肉に貯まります。
これらのアイテムは、あくまで一時的、短時間で使用することが前提だと思ってください。使い方を誤ると、被害を被るのはあくまで使用者ご自身、リスクを伴うアイテムあることを、くれぐれもお含みください。
明日の朝よりギルド売店で販売開始です」




