50.おしゃべりこいん。
迷宮内、管制所。
「今度は……ドラゴン……ですか……」
「はあ、まあ。
で、約束してきちゃったんで……」
「あの地区周辺は、今後、かなりの安全マージンをとって閉鎖します。
ギルドとしても、冒険者を無駄にロストすることは望んでいませんので」
「それで、お願いします。
はなしを聞いた限りでは、こちらから攻め込まない限りは害がない存在のようです」
「それで、シナクさん。
この後のお仕事は……」
「そうですね……昼食をとってから、考えます」
迷宮内、第二食堂。
「シナクよ。
どれ、そのコイン、少し見せてみよ」
「あ、どうぞ、ティリ様。
見て、なんかわかります?」
「……これは……下手すると、わが帝国の建国以前にさかのぼるものじゃな……」
「そんなに、古いものですか?」
「帝国建国以降に発行された貨幣については、おおむねこの頭にはいっておる。
そのどれでもない」
「帝国建国って、何年前になりましたっけ?」
「三百五十年ほど昔のことになるの。
もっとも、初期の二百年ほどは今のような広大な版図を持つわけでもなく、西方の砂漠に点在する都市やオアシスを結ぶんで巡回統治を行っていたわけだが……いずれにせよ、その時代からわが家は交易に力をいれておったからの。
帝室に生まれたからには、各地の貨幣についても熟知しておかねばならぬわけよ」
「なるほど。
だけど、それだけだと……このコインが古いってことには、ならないような……。
あの迷宮経由でもたらされたものだから、例えば、あのドラゴン様が別の世界から召還されて来た可能性なんかも……」
「おお!
いわれてみれば、さようであるな。
わらわもまだ別の世界とかいう概念に慣れておらぬので、ときおり念頭からはずれてしまうわ」
「どれ、シナクよ。
今度は拙者にみせてみよ」
「どうぞ、リンナさん」
「ふむ……」
「なにか、わかりますか?」
「魔力とかは、特に感じぬな。
魔術的な仕掛けとかは、どうやらなさそうだ」
「じゃあ……貨幣としての価値はなく、マジックアイテムでもなく、純粋に地金の、貴金属としての価値しかないのかな、これは。
ま、いわばチップ代わりに渡された、みたいなものだから、そんなもんか。
それで、お二方。
午後の仕事は……」
「「無論、やる」」
迷宮内、某所。
「……リザードマンですね」
「リザードマンであるの」
「リザードマンじゃの」
「こりゃあ……レキハナ官吏の仕事が、増えたっぽいな……」
「地の民に続く、第二の迷宮内知的種族、か」
「今のところ、敵意は感じませんが……ジロジロ、物珍しそうに見られてますね」
「当然であろう。
われらとて、町中にひょっこり三人のリザードマンが現れたら、それなりに目をくれると思うぞ」
「えー。
大陸標準語、通じるかな……。
この中で、リザードマンの言葉、わかる人います?」
「わらわには無理じゃ」
「同様」
「いったん引き返して、リリス博士でも連れてくるべきかな……。
あの人、あれでも偉い言語学者だっていうし……」
「ピリピリ」
「ぴりぴり?
突っ立っている間に、はなしかけられちゃったよ、おい……」
「ピリピリピリ」
「えーと。
なにをいっているのか、わかりません。
誰か、こちらの言葉がわかる方、いらっしゃいませんか?」
「ピリピリピリ」
『何用で来たのか、旅人』
「……おっ?」
「どうした、シナク?」
「さっきのドラゴン様のときみたいに、頭の中に声が……」
「ピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリ」
『出来れば助けてやりたいところであるが、われらもいきなりこんなところに連れてこられ、難儀しておる』
「連れてこられた?」
『連れてこられた、のであろうな。
気づいたら、村の者の大半が、このような閉ざされた地にいた』
「ピリピリピリピリピリ。
ピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリ」
「シナク、このリザードマンがはなしていることが、理解できるのか?」
「なんか、頭の中に声がして……一応、会話にはなっているみたいですけど……あのー。
すいません。
おれがいっていること、理解できますか?
理解できるのなら、片手をあげてもらえませんか?」
『なんの真似だ、旅人。
おぬしはドラゴン様の加護を得ておるのだ。確かめるまでもなかろう』
「ピリピリピリピリピリ。
ピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリ」
「「片手をあげた!」」
「ドラゴン様の加護……あのコインか!
そうとわかれば……。
えー。
おれたちは、地上から来ました。
いきなりこんな場所に連れてこられたのなら、さぞやお困りでしょう。おれたちに着いてくれば、とりあえず地上には出られます。
なにか欲しいものがありますか? 欲しいものがあるのなら、急ぎ持ってきます。
それから、地上の帝国、強く大きい国が、みなさまとの交易を望んでいます。
特に物産がなければ、働いて糧を得ることも可能です……」
『旅人よ、そう急くものではない。
お互い、子細がある様子。
順を追って、説明をしあおうぞ』
迷宮内、管制所。
「リザードマンの……集落……」
「ええ。
迷宮内で発見された、第二の種族です。
帝国公館に連絡をお願いします。
それと、どうやら彼らは、いきなり村ごと迷宮内に転移させられたみたいで……食料もその他の物資も、ぜんぜん足りないみたいです。
そちらの手配も、出来るだけお願いします。
地上が冬で雪が積もっていると伝えると、暖かくなるまで外には出たくないとの意志を示しました」
「それは……ええ。
まったく、かまわないのですが……シナクさん。
今日は……ずいぶんと、まあ……盛りだくさんですね。
ちょっと待ってください。
注目!
シナクさんが、第二の知的種族発見!
いろいろ準備が大変そうだから、手が空いている人はこっち来て!
あと、キャヌさんにも連絡して、何人か……いいや、とりあえず何十人か、集められるだけ、人、集めてもらって!
救援物資も、必要になりそう!
……お待たせしました。
それでは、シナクさん。
詳細を、いただきましょうか……」
「どーぉぞくくぅーん、お手柄っ!
一回だけでもすごいっていうのに、二回も最初の発見者になるなんて!
もう!
この子ってば、どんだけお役立ちなんだか!
で、それが、例のドラゴンさんから貰ったコイン?」
「そうっす。
こいつをポケットにいれてたら、なぜか、リザードマンのいうことが理解できて、リザードマンもおれのいうことがわかったみたいです。
なんか、ドラゴン様の加護、みたいな言い方をしていましたけど……」
「ふーん。
古ぼけたコインにしかみえないけど、そんな力が、ねー……。
これって、わたしたち言語学者にとっては、喉が手がでるほど欲しいお宝なわけだけど……くれない?」
「あげません」
「けちぃー。
じゃあ、せめて、貸して。
リザードマンの言語は、ヒトには発声が難しいの。理解は出来てもしゃべる方が不自由だから、これからの交渉も、このコインがあるのとないのとでは、大違い」
「貸すくらいなら……。
でも、絶対に返してくださいよ。
おれが惜しがっているっていうより、それをくれたドラゴン様の厚意を無碍にすると、なんか呪われそうで……」
「わかってるわよぉっ。
わたしも、そこまで無謀じゃないしぃ。
それに、うん、確かになんとなく怖そうよね、ドラゴン様の呪い。
大丈夫、ちゃんと大事に使うから」