49.どらごんとのそうぐう。
「そんなのが、うじゃうじゃいる、と」
「詳細な数は不明ですが、まず十体以上は」
「そいつらがいる部屋の広さは?」
「目測で、一辺の長さが四十歩前後の正方形の部屋、だとか」
「四十歩前後の部屋に、火蜥蜴が十匹以上……か。
速攻で倒していかんと、こちらが火だるまになるな」
「魔法で、なんとかなりませんかね?」
「冷却系の攻撃魔法は、知っての通り、いくつか使えるが……果たしてそれだけで、ダメージになるのかの?」
「試してみなければ何ともいえません」
「が、それで効果があればめっけものじゃ」
「広域の冷却攻撃魔法を最初にかましてもらって、そのあと三人で一斉に物理攻撃。
大きさからいっても、炎を吹き出してさえいなければ手こずる相手にも思えません」
「で、あるな。
魔法の効果があってもなくとも、一人一撃で一体づつ着実に始末していけば、さしたる時間も手間もかかるまい」
「問題は、手間や時間よりも、いかにこちらのダメージを軽減するか、ということなんですが……もう三人とも攻撃範囲を拡張する術式を持っていますし、うかつに近寄らないということさえ気をつけていれば、なんとかなるでしょう」
「……二十体以上、いません?」
「いるな。
それも、部屋中に散らばっておる」
「どれかを攻撃して、少しでも手間取ると仲間が集まってくる……って、寸法か」
「一匹づつ確実にしとめていけば、問題はなかろう」
「あいつら……死んだら、炎も消えるんですかね?」
「実際に試してみんことには、なんともいえん」
「では、やはり打ち合わせ通りに?」
「ほかに、しようがなかろう」
「ですね」
「では……いくぞ!
烈氷華結陣!」
ヒュォォォォ……。
「…うっ……」
「ぶるっている場合か!
いくぞ!」
「はいはい。
せい!」
ざっ!
「はっ! やっ!」
しゅん!
ざはっ!
「はい! はい!」
ずしゅっ!
ざしゅっ!
「よっ! はいっ!
寄ってくるなって!」
ざくっ!
ざすっ!
ずしゅっ!
「……はぁ、はぁ……。
しぶといってぇか……こいつら、なかなか燃え尽きないから、どんどん足場がなくなってくるし……」
「肉体的な疲労より、精神的な疲労が大きな仕事であったの」
「あと……寒さと熱さ、両極端を一度に味わえる、最上の職場環境ね……。
さむっ!
さっさと、この部屋から遠ざかりましょう」
迷宮内、羊蹄亭支店。
「ずず……。
で、今、休憩中……と。
ああ、この店がやっててよかった」
「ほぉー……。
今の迷宮、そんなことになってんのか」
「難易度が高いモンスターは、どうやらあれで打ち止めらしいから、一休みしたら通常の探索に戻る予定ですがねー。
時間的にたいして経ってないけど、もう一日分の仕事を終えたような気分ですよ」
「いや……賞金的には、もう一日分以上稼いでるだろ? そんな難敵ばかり討伐して、なんだかんだいっても、数もそれなりにいってるだろうし……」
「確かに、ここでやめちゃううのも手ですけど……こちらの二人が……」
「今、仕事を切り上げても、時間が余って仕方がないわ」
「わらわがこの仕事についてまだ二日目。
もっと経験を積んで早めに慣れておかねばの」
「……とのことです。
おれも……こんな時間にひけても、やることもないしなあ。
ところでマスター、結構お客さんがはいっているようで、よかったね」
「初日としては、上々だな。
物珍しさもあるんだろうが、時間帯に限らず客がとぎれていない、ってのも、うれしい。
こういう商売は、お客に喜んでもらってなんぼのもんだからな」
「おお。
火蜥蜴の報告してきた冒険者も、掲示板、みてるな。火傷の程度も様々なんだろうが、ほかの仲間は数日、仕事にならんのか」
「このままモンスターが強くなっていけば、ああいうパターンは今後も増えそうであるの」
「パーティの集合離散が激しくなる、か……。
マスター。
マスターも、元冒険者だ。
もし、あの掲示板の前でなんかあったら……」
「ああ。
できるだけ、相談に乗るなりなんなりして、力になるようにしよう。
もっとも、部外者に出来ることには限りがあるがな」
迷宮内、某所。
「で……ようやく、普段の探索に戻ったわけですが……」
「昨日とはうってかわって……」
「いけどもいけども……何者にも遭遇せず」
「暇……ですね。
たまに、こういう日もあるんですが……」
「エンカウント率は、完全に運であるからの」
「……嵐の前の静けさ、でないといいけど……」
「あれは……ドラゴンではないのか?」
「ドラゴンだな」
「ドラドンじゃな。
それ以外の、何物にもみえぬ」
「実に……伝承通りの姿をしておるものだな」
「しっかり、金貨やら宝物やらを抱いておるし……」
「赤い鱗に包まれて、蝙蝠のような羽根、と……確か、剣聖様とバッカスが、二人で退治したこともあるっていってたな」
「あの二人でか……。
バッカスはともかく、実に剣聖様であるからな。われらとは、比較にするのもなんであるが……」
「大事をとって、いったん、引き返してみます?」
「それよりも!
ドラゴンは知能が高く、人語を解するものや魔法を操るものも、決して少なくはないと聞く。
話し合いを試みてみぬか?」
「今のところ、こちらに気づいても襲ってくる様子はないし……むやみに突っかかってばかりというのもなんだしな。
いっちょ、試してみますか?
リンナさん、話し合いがうまくいく魔法とかありません?」
「そんなピンポイントな魔法があったら、とうの昔に世界平和は実現しておるし、法律もいらなくなっておる」
「ですよね。
えー。
ドラゴン様、ドラゴン様。
手前は冒険者のシナクともうします。
おくつろぎのところ申し訳ありませんが、少しの間だけお時間を拝借できませんでしょうか?
……あ。
あくびされた。
こりゃ、脈ナシかな?
言葉がわからないのか、それとも、おれたちなんて眼中にないのか……。
せめて……なんでこんな場所にいるのかだけでも、確かめたいんだが」
『知らぬ』
「うぉ!
頭の中に声が!」
『大声を出すな、騒がしい痴れ者めが。
問われたから答えたまで。
驚くこともなかろう』
「や、これは、失礼をば。
われらヒトは頭の中で会話ができぬもので、それで思わず驚いたわけです。はい。
ドラゴン様、先ほど、知らぬ、とおっしゃられましたが……」
『気づいたら、ここにいた。
元いた場所へ帰る方法も、知らん』
「ははぁ。
さては、迷宮に召還されましたか……」
『迷宮?
この場所を、そう呼ぶのか。
魔力が豊富でるゆえ、ずっとここにおったとしても、不自由はしなさそうだが』
「ドラゴン様は、この場に居続けることに不満はないと?」
『長生きをするとな、たいていのことはどうでもよくなる。
身辺を騒がしく嗅ぎ回る小者どもなども、いよいよ癇にさわれば滅するがな』
「ドラゴン様。
では、われらヒトの間で取り決めをしまして、この近くに誰も近づけないようにいたします」
『なんのためにそんなことを?』
「ドラゴン様の平穏が保たれます。
無謀にもドラゴン様に挑んで自滅するヒトを救えます」
『汝は、ヒトの身としては、理性的なのだな』
「いえいえ。
無駄なことが嫌いな性分であるだけです。
それでは、ドラゴン様。
長々と御身を煩わせ、失礼いたしました。
われらはこの場から去り、仲間にここに近寄るなと報せてくることにいたしましょう」
『待て、ヒトよ』
「え?」
『みやげだ。持ち帰れ。
そして、二度とここへは来るな』
「……ドラゴン様からいわくありげなコインをいただいてしまった」