46.だかいさく、いまだみえず。
「魔力の増大は、リンナも感じているはず」
「そうなの?」
「そうさの。
確かにここ数日……いや、例のイナゴの日以降、それ以前とは目に見えて、魔力の増え方が異なっておる」
「大型のモンスターが増えた。強力なモンスターが増えた。冒険者も増えた。熟練した者も増えて、以前なら歯がたたないようなモンスターでも、討伐できるようになった。ロストはもとより、逃げ帰ってくる冒険者でさえ、少なくなっている。
ここまでが、前提」
「前提、なのか」
「事実、でもある。
ここからが、憶測と予測。
そこで……迷宮を制御する何者かは、モンスターの強さと出没頻度を変更した。
現在は、冒険者の強さとモンスターの強さが、なんとか拮抗している状態。
つまりは……モンスターが、効率よく倒されている状態。
結果、以前と比較して、迷宮内の魔力が効率よく増大することになる」
「つじつまとしては、あっているのか。
でもよ。
その理屈でいくと……こちらが体勢を整えて、要領よくモンスターを狩れば狩るほど……」
「迷宮は、モンスターをより強く、より多く出現させると予測される」
「どちらが先に根をあげるのか我慢比べをしながら、えんえんと殴り合いを続けるようなものじゃな。
不毛なこと、この上ない。
もっとこう……根本的に事態を打開する手だてというのは、なにかないものか」
「なんかうまい方法をおもいついていれば、とっくにやっているんですけどね、ティリ様」
「でも、よ。
発破とか特殊弾とか術式付加の武器とか、いろいろ工夫しているにせよ……。
そろそろ、限界に近づいているんじゃないのか?
つまり、その……」
「魔法を使えない冒険者が対処できる範囲、ということかな?
モンスターの、強さ的に……」
「そう、それ!
今がほぼ拮抗している……ということは、そろそろやばいってことでもあるわけで……」
「だが……王国軍の本格参入も時間の問題、修練所も、徐々に成果をあげ、放免されるものも増えている。
シナクよ。
それでも……まだ不安があるというのか?」
「こういってはなんですが、人数だけ、増えても……っていうのもありますし……。
ある程度経験を積んで、ようやく使えるようになるってのは、どこの世界でも一緒なわけで……」
「モンスターが増えるほどには、攻略者が増えることはない」
「あとは……隘路が多い、という、迷宮内の特殊な要因がある。単純に人数だけを増やしても、一度に戦える人数は限られておる」
「それは、座学で教わった。
迷宮内では、少人数でのパーティをよしとする理由であるな」
「で……少人数でも可能な、打撃力の増大法を、どんどん考えて実用化しなけりゃならないわけだが……」
「考慮しなければならないのは、打撃力と、それに守備力の増大。
どちらも、計画はある」
「本当か? ルリーカ」
「シナクの兜と胸当て。
あれには、最先端の防御術式が試験的に組み込まれている」
「ああ、そんなことも、いってたな」
「物理防御や矢除け……向かってくる飛翔体を、ことどとく外側に反らす術式。
それらを、バラで売る。
武器のときのように既存のものに刻んだり、術式つきの防具を売ったり……」
「かなり、高価になるんじゃないのか?」
「最初のうちは、そう。
しかし、普及すればすぐに値は崩れる。
武器のときに実証済み」
「例の術式を武器に付加するのも、今では下手すると金貨一枚切るもんな」
「それから……肉体パラメータを補正するアイテム」
「コニス持っているやつみたいなのか?
ああいうのって、ほとんどレアで高価なんてものではないってことだけど……」
「コニスのアイテムを借りて解析した結果、ようやく作ることに成功した、不完全な複製術式。
元のレアアイテムの性能とはでは、比較にもならない。
が、まったくなにもないよりは、はるかにまし」
「知らない間に……そんな準備、していたのか……」
「きぼりんと二人で研究した。
敏捷性や筋力を底上げする術式は、なんとか完成している。
効果は個人差があるが、おおよそ、元の二割り増し。
腕輪などのアクセサリー類に刻んで売る予定。
コニスがすでに手配している」
「術式付加の防具と、パラメータ補正のアクセサリー。
その二つだけでもかなりの戦力アップになると思うが……」
「当面は、それで……かなり時間を稼げると思う」
「それでも、根本的な解決にはならないのか」
「どこまでいけば攻略が完遂することになるのか、その条件が、いまだに見えてこない。
それがはっきりしない以上、根本的な解決は無理」
「放置すれば、モンスターがあふれてくるだけであるしの。
まこと、やっかいなものだ。
この迷宮というやつは……」
「どうです? ティリ様。
ティリ様が本日より本格的に足をつっこんだこの迷宮は、かように泥沼な有様でございますが……」
「根本的な打開策が見いだせないとは……これは、いよいよ長く楽しめそうじゃの」
「長く楽しめる、ですか……」
「なぜそこでいかにも残念そうな顔をするのか、シナクよ。
早々に、わらわをやっかい払いできるとでも思ったか?」
「いえいえ。
滅相もない。
術式付加といえば……リンナさん、昨日はなしていた、アレンジとかオリジナルとか術式はどうなりました?」
「おう、手配しておるぞ。
今、拙者はふた振りの同じ野太刀を所持しておるからな。
ひと振りづつ、術式を刻んでおる」
「野太刀、であるか?」
「これ……に、なるな。
分類でいえば刀の一種となる。
標準的なものより肉厚で、折れにくくなっておるが……」
「ほう。
片刃で、きっさきに反りがあり……刃紋が綺麗な波形をなしていて、うつくしいものだの」
「突いてよし、斬ってよし。刃も、鋭利このうえなし。
わが郷里ではこれが普通なのだが、こちらではあまり見かけない型となるな。
拙者なぞは幼少の頃よりこれで稽古をつけておるので、他の剣ではうまく魔法が乗らんほどだ」
「二種類以上の術式とか同時に乗せたら……どちらもうまく機能するものなんですか?」
「まれに、術式の相性が悪く、干渉しあうような例もあることにはあるのだが……そうなる組み合わせは、かなり限られておる。
おおかたでは、大事なかろう」
「リンナのオリジナルな付加術式、見かけの質量を増大させる術式も、次に売り出す武器用術式の、有力候補」
「見かけの質量……ってのは、具体的にどんな効果があるんだ?」
「この術式を刻んだ武器は……使用者の意志により、見かけの質量を加えることが出来る。
例えば……術式を駆動させないままに振り上げてから、振り降ろす途中で術式を駆動させると、ものすごく重い攻撃になる」
「ああ……そういう、ことか」
「拙者の場合、自分の体に魔法をかけて、移動力や俊敏さも加増できるので、よほど相性が悪い相手でなければ接近戦も可能であることだしな」
「この術式は、場合によっては、楯などの防具にも転用できる。
今、出現しているのは、明らかにヒトよりも重いモンスターがほとんど。
防具にこの術式を刻んで、戦闘時に駆動させれば……」
「体当たりされても、容易に吹っ飛ばされることがなくなる、か」
「根本的な打開策がみいだせない以上、迷宮に挑む冒険者全体の戦力を少しづつでも底上げしていくより他に、方策はない」
「いろいろ……なんぎなことだ」