45.たまには、みうちで。
迷宮前広場。
「おお、シナクよ。
そこにいたのか……」
「あれま。
リンナさんとティリ様。
これから、外に出るんすか?」
「なにをいうておるのか。
これより補充のための買い物をするのであろう」
「女性の身支度にあわせて待ち合わせてくれるとは。
見かけによらず、シナクも気が利くものじゃな」
「い、いや。
別にお二人を待っていたわけでは……」
「ほれ。
シナクの補充品とは、今となってはすなわちパーティ全体の問題。
おろそかにはできまい」
「なんなら、今後、消耗品はパーティ全体の負担と考えて、割り勘にするなり、報酬から一定金額を貯めておくなり……」
「おお、それはいい考えじゃな。
シナクにはもう少し、ソロであったころとは考え方を改めてもらわねばならん部分が……」
「あー。
なんか、二人とも、強引なところは共通してるから……今後、おれが大変なことになりそうな……」
町中、薬屋の工房。
「で、半ば無理矢理引っ張られてきた、と……。
ふぉっ、ふぉっ、ふぉ。
シナク、お前さん、わしの若いときに似てモテモテだのう」
「後半部分は聞き流すことにして……どうだい、じいさん。
最近の景気は?」
「上々、ではあるな。
迷宮から出物は、ときとして高価な薬品に化けることもあろうし、ギルドの冒険者向けの商品も、お陰様で大幅な売り上げ増。
ここ数日でいえば、王国軍兵士たちが酔い止めと二日酔い、精力剤、性病用の薬を大量に買っていって、在庫を一掃していきおった。
ま、商売としては、万々歳といったところかの」
「特殊弾道とかも、ずいぶん種類が増えてたもんな」
「あれは、弟子たちが勝手に張り切っていろいろ工夫を凝らしての。
どうも、買い手に娘っ子が多いからといって、無駄に息巻いてるようじゃ」
「……スリングは、力がない女、子どもが使うこと多いしなあ……。
ま。
なにはともあれ、モンスターは徐々に強くなって来ているようだし、今後ともよろしくお願いします」
「こちらも商売じゃからの。
売れる以上は、売れるだけ売る。
それだけのことじゃ」
「あと……発破、どうも、今後、もっと使う機会が増えそうなんだけど……在庫、大丈夫?」
「そういうと思ってな。
従来のものよりも高性能なものを、仕入れておいた」
「高性能か!
そいつはありがたい!」
「今までのは、ここの鉱山で使っていたものの売れ残りでの。
こういうてはなんだが、古い製法でつくられたものだし、当然、炸薬の質も劣る。
今度のはな、炸薬の配合からして帝都から仕入れた最新のものを使用しており、煙が少なく爆発力は増大しておる。
その分、多少割高にはなるが……」
「かまわない。
多少高くったって、命には変えられない。
そもそも、発破をつかわなけりゃならないようなモンスターなら、討伐賞金もそれなりのものになるから、十分に採算も合うしな。
とりあえずそれ、二十本もらおうか」
「……そんなに使うのか?」
「使わないですめば、それに越したことはないんだがな。
今日だけでもかなり使っちまったんで、今、手持ちは二本しか残ってないんだ」
「おお、それはそれは……。
では、おぬし用に、新型の発破ももう少し作らせておこう」
「わらわも、同じものを二十本、頼む」
「おお。
お嬢さんもか。
シナクのやり口はかなり荒っぽいから、真似るのはあまり推奨せぬが……」
「……このお嬢さんの方が、おれなんかよりも荒っぽかったりして……」
「では、二十本づつじゃな?
包んでおこう」
「拙者は、例の湿布薬を」
「おお。
いつものじゃな」
「リンナさん、どこか悪いんですか?」
「なに、普通の熱冷ましだ。
魔法を使うと、頭に血が昇るのでな。
鉢金をつける前に、いつもこう、額にひんやりとしたのを張りつけておるのよ」
「魔力回復によく効く薬も扱っておるが?」
「あれは……効果のほどが、どうにも実感できぬからなあ。
今回は、やめておくことにしよう」
街路。
「……あいかわらず、王国軍兵士でいっぱいだな。
日か落ちると、さらに増える気がする」
「……よー、ねーちゃんたち、おれたちと……」
「……爆……」
「リンナさん!
酔っぱらいに声をかけられたくらいで、にっこり笑って魔法を使おうとするのやめて!
もう、今日はこのまま、おとなしく帰りましょう!
送りますから!」
「……このまま飲みにいきたい気もするのだが……」
「マスターのところも他の酒場も、今頃、王国軍兵士でいっぱいで、おれたちなんかの入る隙はありませんよ」
「……それもそうか。
では……酒を買って帰って、迷宮で飲もう。
そうだな。
ティリ様の歓迎会もかねて……」
「おお!
わらわの歓迎会であるか!
それはいいな!
そのような慶事は、是非ともことほぐべきである!」
「……昨夜、大勢で飲み食いしたばかりでしょう」
「あれとこれとは別だ。
大勢で飲むのと身内だけで飲むのとでは、親密さと意味合いとが異なるではないか」
「……そういうもんすか。
でも……迷宮内で、身内だけで飲める場所なんて……どこかに、あったかな……」
迷宮内、某所。
「……まさか、仕事終わってからまで、迷宮に潜ることになるとは……」
「迷宮の中とはいっても、この辺はずっと前に探索を終えた比較的浅い部分。
何日かに一回とかそんな割で巡回はくるが、まあ、他の誰に出会う可能性もほぼ皆無。
それでいて、出入り自体は、通路固定の観点から、ギルドにも推奨されている場所であり……」
「例の、人通りが多い場所ほど、いきなり変化するようなことがない……ってはなしですか。
しかし、こんな場所、よく知ってましたね……」
「なに、療養中にな。
一人になりたいとき、このような場所に入り込んでだな。宿舎も、決して悪い場所ではないのだが、なにしろプライバシーが確保できぬからの。
ほれ、酒肴になりそうな料理も、食堂からしこたま調達してきた。
今宵は大いに飲み、語ろうぞ!」
「しこたますぎます。
どうするんですか。
また、こんなに持って来ちゃって……三人しかいないのに、こんなにあったんじゃ、食べきれない……」
「手伝う」
「うわっ!
ルリーカ、いつの間に」
「シナクの匂いがした」
「ルリーカがいうことは、ときどきどこまでが冗談なのか判断に苦しむときがあるよね」
「さて、今宵はわらわの歓迎会だったはずだが……」
「はい!
そうでそうです。
ティリ様の歓迎会です!」
「シナク、前をあける」
ぼす。
「……自然に、シナクの膝に座るな。
この魔法使いの小娘は……」
「ルリーカの、特等席」
「もう、なんでもいいから、さっさとはじめましょう!」
「それでどうですか、ティリ様。
冒険者初日の感想は?」
「思いのほか、血腥いものであった」
「……そりゃ、そうだ。
でも、今日はかなり特別ですから。
いつもは今日みたいにモンスターがぼこぼこでてきませんから」
「果たして……本当に、そうであるのかの?」
「……リンナさん?」
「今まではともかく……これからは、この程度のが標準になるのではあるまいか?
そのような予感は、おぬしも得ておるのであろう、シナクよ。
で、あるからこそ……さきほども発破を、多めに買い求めた」
「……そんな予感、当たらないにこしたことはないんですけどね」
「迷宮の魔力、急上昇中」
「……本当か? ルリーカ」
「本当。
今日一日だけで……多くのモンスターが殺され、迷宮に魔力を供給した」
「その仮説、もう本決まりなの?」
「今までところ、反証となるなりうる事実は観測されていない」