42.いへんのよちょう。
迷宮内、第二食堂。
「仕事をするにしても、まずは、腹ごしらえだな」
「リンナさん、タダだからって、そんなにいっぱい持って来て……」
「必ずしも、タダというわけでもないのだが。
研修生はともかく、われらのように懐の余裕があるものが利用するときは、出口に置いてある壷に好きな金額を置いていくことになっておる」
「に、したって……多くすぎはしないですか、それ?」
「シナクは、昨日もそんなことをいっておった気がするな。
なに、二人で食べればこれくらい……」
「おれの分もコミだったのか」
「わらわも、シナクとともに食べるつもりで持ってきたのであるが……」
「ティリ様も、また、そんなに……。
しかたがない、三人でシェアしましょう」
「ふむ。
拙者らは、体が資本だ。
よく食べろよシナク」
「ほれ、シナク。
今日はこの煮込みがおすすめであるぞ。
やはりこの手の料理は大量に作る方が、素材の味がよく染みるものだな」
「いや、ティナ様。
それくらい、自分で食べられますから。
にしても……ずいぶんと、注目を浴びているような」
「わらわは、ここではちょいとした顔であったからな。
ことに、女子のみなには、不思議と人望があったものだ」
「過去形にしないでください、ティリ様」
「ティリ様、冒険者初日の感想は?」
「そこの人、昨夜、教官たちが手こずった王国兵を一人で叩き伏せた人ですよね」
「教官たちと王国軍の人が話し合っているの聞いたけど、そこのシナクさんって、かなりすごい人みたいよ。
伝説の冒険者っていうか……」
「前に、教官してたって聞いたけど……」
「教官も、してたの。
そっちの方でもいろいろやった人らしくて……」
「……だー。
女子たちが、どっと押し寄せてきた!」
「皆の者。
わらわたちは、これより食事をすませ、また迷宮に潜る予定でいる。
ここは静かに食事をさせてはもらえないだろうか?」
「「「「「……はぁーい……」」」」」
「なかなかの人気であるの」
「なに、生まれ持った身分に群がってきているだけのこと。
必ずしもこのわらわそのものを見て寄ってくるわけではないので、人気といってもあまり自慢にはならん。
彼女らとて、悪気があるわけでもないので、あまり邪険にも扱えぬがな……」
「必ずしも、そればかりでもないだろう。
ダリル教官も、ティリ様がここにいるときといないときとを比べると、女子のやる気が断然違っているって断言してたし……」
「シナク、この佃煮、なかなかいけるぞ。
副菜というより、酒のつまみに良さそうだが……」
「そうであるのか?
特にかわったことがあったという、心覚えもないのであるが……」
「そりゃ、ティリ様は、ご自分がいないときの様子を自分の目で見聞することができませんからね。
比較のしようもないでしょう」
「ダリル教官のもうしようの正否はともかく、シナクのいいようは説得力があるのう」
「このスープの具にはいっているつくね団子も……例によってなんの肉かは判然とせぬが、軟骨がいいぐあいに歯ごたえを与えていて、なかなかいけるぞ、シナク」
「そういや、今、管制所で聞いてきたんですけど、昨日今日と、やはり、討伐数が全体的に増加しているようで……」
「そうであるのか?」
「われらだけではなかったのか」
「一概にはいえませんが、いつもはこんなに頻繁にモンスターとは遭遇しませんよ、ティリ様。
どうやら、迷宮全部で騒がしくなっているそうですよ、リンナさん。
で、まあ、なんの原因もなく、たまたまそうである可能性もありますが……」
「例のBOSSとか、確固たる原因があってモンスターが多発している可能性もある、と」
「そう、そういうこってす、ティリ様。
これからまた別のルートを探索していくわけですが、引き続き、気を引き締めていきましょう」
「そうじゃな」
「承知」
迷宮内、某所。
「……うわぁ……」
「あいつら、たった三人で……」
「こんなデカブツ、討伐したってか……」
「しかも、この有様……」
「魔法剣のリンナと、あのシナクがコンビ組んで、さらに帝国の皇女様まで加わった、ってはなしだろ?」
「そら、攻撃力飽和するわ」
「……しかし、まあ……」
「「「「「……派手にやったもんだ」」」」」
「護衛のみなさんは、周囲を警戒していて欲しいっす。
一回、シナクさんのパーティがモンスターを一層しているはずですが……」
「再出現してくる可能性も、ないこともない……ってね」
「はいはい。
報酬分は、きっちり働かせていただきますよ」
「キャヌ様素手では触らない方がまだまだモンスターの残骸の熱量平衡化が完了しておりません高温と超低温両極端の部位が混在して触れるだけでも大変危険な状態であると推測します」
「きぼりんさん、ありがとう。
じゃあ……この、棒で……」
コン、コン。
「……やっぱり、聞いてた通り、外側は金属っぽい音と感触っすね。
見た感じでは、確かに青銅っぽいっす。
試料を持ち帰って、実際にはなんなのか調べてみるっす。
いくら巨大化しているとはいえ、牛さんのみたいな脊椎動物にこんな不自然な外殻が出来ること自体、普通ならありえないはずっす。
中身は……残っている骨格とかみても、やはり牛さんっぽいし……。
迷宮の中に出没するモンスターだから、何でもありではあるんでしょうけど……シナクさんところみたいな攻撃力を持たない他のパーティが、なんの準備もなくこの手の重装甲型に遭遇したら、うまく対処できるかどうか怪しいっす。
このタイプのモンスターが報告されたのは初めてのことですし、今後も出没するのかどうかは、まだわからないっすが……。
念のため、資料を整備して、分析もして……はやいとこ、冒険者のみなさんに注意を呼びかけないと……」
迷宮内、某所。
キャー! キャー! キャー! キャー!
「なんだ、サルか? サルなのか?」
「より正確にいうのなら、類人猿ということになるの。
南方の帝国属国にいる、チンパンジーとかいうものに似ておる」
「うるさいだけで、一体一体はたいしたことはないのであるが……」
「こうも、数が多いとねっ!」
ずばっ!
キャー! キャー! キャー! キャー!
「おまけに、骨を持って棍棒代わりに振ってくるしの」
「これで、言葉をはなしだせば、また帝国折衝官のお世話になるところだし!」
ずばっ!
キャー! キャー! キャー! キャー!
「ええい!
もう、面倒だ!
術式で、攻撃範囲、めいっぱい広げて!
やあっ!」
しゅびぃぃぃぃんっ!
ずざざざざざ……ざっ!
「……ふう。
今ので、半分くらいは、いったかな……」
キャー! キャー! キャー! キャー!
「あ。
残りが逃げていくの」
「みながこぞって一つの方向に逃げていく、ということは……」
「ああ。
やつら、そっちにいけば安全だ、と思っているわけだ」
「わらわたちが追っていけない場所なのか……」
「それとも、仲間が大勢待ちかまえてでもいるのか……」
「ま。
実際にいってみれば、わかりますよ。
例によって、警戒しつつ、慎重に進みましょう」
「風巡楯!」
ばすん。ばすん。ばすん。
「おや、まあ。
飛び道具まで使うモンスターには、はじめて遭遇した」
「大きな、皮の堅い果実のようだ」
「そんなもん、この迷宮のどこにあるんだか」
「言葉が通じれば、やつらを直接尋問するところじゃかの」
「今は、片っ端から……討伐していきますか」
「油断するなよ!
下手すると、百前後はいる気配がするぞ!」