39.てぃりさま、ぼうけんしゃしょにち。
商人宿、飼い葉桶亭。
「で、今日の出来事な。
まず、リンナさんと組んで迷宮に潜った。
平均よりだいぶん大漁ではあったが、ここまでは普段の仕事とそう変わらない」
「ふむ」
「そのあと、セルニさんに呼ばれてついていったら、王国軍のなんとかって特別な部隊と模擬戦になった。面倒だし早く終わらせたかったので、六人いっぺんに相手にしたら、流石にそこで打ち止めにしてくれた」
「当然、お前さんが勝ったのだろうな」
「結果的には。
その後、なぜだが食堂で宴会になってその部隊のやつら、とくに隊長といろいろ情報交換した。
軍隊といっても、そいつらの仕事は普通の軍隊とはかなり違うらしくて、かなり冒険者よりの発想をするらしい。向こうも、冒険者にシンパシーを持っているようだった。
ま、あいつらなら、迷宮に潜ってもそんなに問題はないだろう」
「そういう部隊もいるのか」
「やつらはまた、王国軍の中でも特別だと思うけどな。
その後、なぜかティリ様の扱いについてぐだぐだ話し合うことになって、このままではいつまでも本物の冒険者になれないそうだから、おれのパーティにいれることになった。
おれはすでにリンナさんと組んでいるから、二人が三人になるだけどと割り切ることにした」
「お前さんにしては、ずいぶんとものわかりがいいことだ」
「いろいろ葛藤はあったけど、ここでは省略しているだけだよ。
そんで、なぜだかティリ様の中ではおれとティリ様は深い関係になっているようで、そのことを実家にも報告しているようだった。その誤解を解くべく、教官詰め所から紙とペンを借りてきて、その場で弁明の手紙を執筆。
ティリ様にも署名をさせて、帝国公館に持ち込んだ。
そこで酔っぱらったリリス博士に抱きつかれたり、リリス博士と同じ大学の先生だとかいう人と出会ったりしながら、手紙を託して少しティリ様の様子を向こうに伝えたりしてきて、帰宅。
これが、今日一日の出来事」
「こうして改めて聞いてみると……なかなか、密度が濃い人生を歩んでいるようだな、お前さん」
「そういわれてみると……毎日、今日くらいはなにかしらあるような気がしてくるな……。
まあ、そんなこんなで……ふぁ。
もう、眠いから、寝るわ」
「おう、寝ろ」
商人宿、飼い葉桶亭前。
「……ふぁ」
「よう、シナク。
よく眠れたか?」
「ああ、リンナさん、おはようございます。
この寒い中、わざわざ迎えにこないでも、迷宮で待っててくれればいいだろうに……」
「そうはいうがな、シナク。
拙者は基本的に朝方だし、それに、今は迷宮内に宿泊しているからな。朝くらいは外に出て日の光を浴びないと、体調にも影響する。
ま、散歩のついでだな」
「そんなもんですか」
「そんなもんだ」
迷宮内、管制所前。
「あ、来たな! シナク!」
「ああ、ティリ様か。
もう今日からやっていいんでしたっけ?」
「ふむ。
昨夜、シナクがその場で手紙を書いたのが効いたのか、教官たちから放免の認可がでた」
「手紙よりも、パーティの件のが重視されていると思いますけどね……。
じゃあ、さっそく、冒険者カード出して。
今日はこの三人のパーティで、受付通してくるから……」
「ふむ。
任せたぞ」
「リンナさんのカードも」
「おう、頼む」
「で、頼みます」
「シナクさん……今日からは、この、三人……ですか……。
ますます、有名になりそうな組み合わせですね」
「そういう、おれが不安になるようなこと、わざわざいわないでください」
「はい。
では、今日はこちらの転移陣から……」
迷宮内某所。
「さて、これから、ティリ様の記念すべき冒険者第一日目がはじまるわけですが……ティリ様。
地図の書き方は、習ってきましたか?」
「案ずることはない。
一通り、学んできておる」
「では、復習がてら、お願いします。
今まではおれが担当してきましたが……」
「パーティでも新参者の役割ということだな。
ふむ。
心得た」
「では、ティリ様は地図と、余裕があれば後衛を、おれとリンナさんが前衛、という編成でいってみましょうか……」
「その方が、無理がないな。
拙者も、異存はない」
「では、出発」
ずしゃ。
ざっ。
「お?」
ばしゃっ。
ざしゅ。
「おお?」
ざざっ。
ずしゃ。
「おおお?」
ばしゅ。
ざばっ。
「ちょ、ちょっと待て!」
「……なんですか、ティリ様?」
「さっきから、後から見ておれば……モンスターの姿がみえるか見えないかの位置から、一撃二撃でしとめおって!」
「ええ……とぉ……。
反撃が来ない距離から着実にしとめるのって……リスクが少なくて、理想的な攻撃法なんですけど……。
おれは、この術式付加を持ってからこっち、かなりの遠距離で攻撃可能になったし……」
「拙者も、もとより魔法剣を嗜む者。
魔力を刃に乗せて遠方を攻撃するのは、基本中の基本」
「では、それでは……わらわの出番がないではないか!」
「ティリ様には、地図を書いて、しとめたモンスターに認識票を置いて来るという重要な役割が……」
「確かに!
そういう仕事もおろそかにしていいとはいわぬがな!
もうちょっと、こう……見せ場というものがっ!
せっかくの冒険者初日!
愛用の槍にも、術式を刻んで来たというのに!」
「……あー。
じゃあ、もう少ししたら、おれと前衛を交代しましょ」
「はなしがわかるな、シナク!」
ずさっ。
ばしゅっ。
「そう、こうでなくてはならん!」
「……ティリ様。
不用意な大声は、お控えください。
音を察知して近寄ってくるモンスターもおりますので」
「おお、そうであったな。
すまぬすまぬ」
ずんっ!
ざざっ。
ばしゅっ。
ざっ。
「……昨日に劣らず、かなりいいペースでエンカウントしますねー……」
「シナクも、気になるか。
場所的にも……ここは、昨日の経路と、かなり隣接した地区であるよな」
「ええ。
これは……ひょっとすると、ひょっとするかもしれません」
「なんのはなしじゃ?」
「ティリ様は聞いたことがありませんか?
モンスターが多く出没する場所には、モンスターの首領ともいうべき強大なモンスターがいるという噂……」
「俗にいう、BOSSとかいわれるあれか?
だが、あれは……」
「因果関係がはっっきりしていないし、実際にBOSSに遭遇したら、かなり高い確率でロストしますから、公式には単なる噂ということになっていますが……冒険者の間では、それなりに真剣に扱われています。
いずれにせよ、慎重を期しても悪いことはありませんから……一層、気を引き締めていきましょう」
ざんっ。
がっ。
ずしゅっ。
だぐっ。
がしゅっ。
じゃっ。
ばしゅっ。
ざぐっ。
ざしゅっ。
「……どうも、先ほどから、微妙にモンスターの生命力が増してきているような……」
「わらわも、そのような手応えを感じる」
「……一日で移動できる距離で、これほど差が出ることは、あまり例がないはずですが……。
念のため、ティリ様、もう一度、おれと交代してください」
「よかろう。
そのかわり、機会と余裕があれば、わらわも攻撃に参加するぞ」
「一撃二撃では死なないモンスターが増えてきましたから、今後は後衛の出番もあると思います」
ざっ。ざっざっ。
ずじゅっ。
がっ。
ざっ。
「これは……。
いよいよ」
「ええ……手強く……。
あっ」
「……え?」
「おっ」
……おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……。
「向こうに、大物がいるようですね」
「BOSSかの?」
「いってみれば、わかります。
どうやら……向こうは、少し広くなっているようですが……」