38.ていこくじんたち。
迷宮内、第二食堂。
「……はい、ティリ様。
これに署名して、ついでに指紋もつけてください」
「これを帝国に送れば、シナクとパーティが組めるというのだな。
よかろう。
署名くらい、いくらでもしようではないか!」
「ああ、また、内容を読まないでぽんぽんと……。
こっちは助かるけど、この子、先行きが不安になるな……」
「なに、シナクがわらわの不利になることをするはずもない!」
「はいはい。
厚き信頼、ありがとうございますよ。
あとは、この手紙を帝国の公館にお願いして届けてもらって……。
ということで、おれはこれで帰らせてもらいます。
みなさんは、このままお楽しみを……」
「なにをいっておるのか、シナクよ。
ともにパーティを組むこの拙者をおいていけるとは、よもや思ってはいないであろうな」
「ルリーカとの打ち合わせはもういいんですか? リンナさん」
「ああ。
向こうの小隊の魔法技官とかいう者のはなしが、なかなかに興味深くてな。
小さな魔力をいかに有効活用し、部隊を援護するかという方法論なのだが……」
「詳しい内容は、歩きながら伺いましょう。
それではみなさん、おれたちはこれで中座させてもらいます」
街路。
「……今夜も、王国兵どもが騒がしいな」
「昨日の今日ですからね。
やつらも長旅を終えてようやく気を緩めることができたんだ。しばらくは変わらんでしょう」
「帝国の公館というと、どのあたりになるのだ?」
「こっちですね。
前に、一度お邪魔したことがあります。帝国から派遣された人は、全員、あそこにお住まいになっているそうですから、この時間でも誰かしらに取り次いでもらえると思いますけど……」
「かりにも、帝国の皇女が帝室に出す書状だ。
粗略に扱われることもなかろう」
「……おっ。
ここです。
幸い、まだ、明かりがついていますね。
ええと、呼び鈴とかはないのか……うひゃぁっ!」
「……どぉーぞく、くぅーん……」
「先生、またあんたですか!
夜中にいきなり背後から抱きついてくるの、禁止!」
「あははははは。
リリス、やめなよー。この子、いやがっているでしょー」
「んー。
チェニのいけずぅー」
「あ、先生のお知り合い……ってことは、帝国の方で?」
「そ。
このリリス博士と同じ帝国大学の教授やっている、ワルチェニイス・ワイスメル。専攻は民族学。その中で、地の民関連が専門ね。
チェニでいいわ」
「これはどうも。
おれは、冒険者のシナクといいます」
「同じく。
拙者も、冒険者のリンナだ」
「こっちの子は、知っている。
このリリスから聞いた。聞かされた。久しぶりに同族に会うことができた。これがもう可愛い男の子でうんぬん」
「は……はは」
「リリス、酒癖が悪い癖に、酒が好きだからねー。
いろいろ、悪戯されたでしょ?」
「は……はは」
「……拙者も、身におぼえが……」
「リリス、その気になったら見境がないからねー。
まあ、こんなんでも根は悪い子でもないから、これからもよろしくつきあってあげて」
「それは、ぜんぜん構わないんですが……チェニさんは、この、帝国公館にお住まいなんですよね?」
「そうだけど、それがなにか?」
「担当の方が誰になるのかわかりませんが、こちらの手紙を、公館の方に託したいと思いまして……」
「ちょっと、見せてもらえる?
この署名は!
……あー……なーるほどぉー。
あなたが、皇女様の駆け落ちの……」
「いや、違うから!
駆け落ちなんか、してないから!」
「え? そうなの?」
「そうです。
皇女様がどう説明しているのかは知りませんが、おれと皇女様は、断じてそんな関係ではありません」
「そうなんだ……つまらない」
「……おい……」
「冗談よ。
で、この、皇女様のお手紙を、帝室に届けるよう、手配すればいいのね?
他の帝室あての書類と一緒にしておけばいいだけだからたいした手間でもないし、よかったらわたしがやっておくけど?」
「いいんですか?」
「わたしじゃ、信用できない?
これでも、帝族の書簡をどうこうできるほどの度胸はないつもりだけど……」
「いえいえ、そういうわけでは……それでは、よろしくお願いします」
「ただしっ!」
「はい?」
「かわりに、このぐにゃぐにゃした酔っぱらい、二人で部屋に運んでくれない?」
「まあ、その程度のことなら……」
「おやすいご用であるな」
「……という次第で、お二人にはいっていただきました」
「どうも、レキハナ官吏。
ご無沙汰しております」
「はじめてお目にかかる。
冒険者のリンナと申す」
「……どうも……」
「レキハナ官吏、相変わらず、お疲れのようで……」
「ええ、その。
なんというか、ですね。
地の民の方とは、波長が合わないとでももうしましょうか……」
「レキハナ官吏は、真面目でいらっしゃるから……こういってはなんですが、もう少し不真面目な方であったのなら、地の民との交渉も、もう少し気楽にできたと思うのですが……」
「そう……ですね。
ぼくも、そう思います」
「立ちばなしはそこまでにして、この酔っぱらい、部屋に入れちゃいましょう。
まずは、二階にあがってもらって……」
「ごめんねー。
散らかっててー」
「……このベッドの上で、いいんですか?」
「いいよいいよ。
そのまま、どーんと放りだしちゃって」
「ま……普通に、置きますけどね」
どさ。
「さてと。
二人とも、せっかく来たんだから、お茶くらい飲んでいきなさい。
皇女様の様子も聞きたいし、冒険者ギルドの人なんて普段接触する機会が少ないから、おはなしを聞いてみたいってのもあるし……」
「あー。
時間が時間ですし、そんなに長くならないようなら……」
「……そうね。
詳しいはなしは、またの機会でもいっか」
「……というわけでして、皇女様とおれとは、そんな関係ではありません」
「本当に、なんでもないのだな。
シナクよ」
「なんでそこでリンナさんが念を押してくるかな……」
「あはは。
そんなことろかぁ。
まあ、皇女様のお年頃なら、そういう思いこみもあるかもねー……」
「で、今の手紙も、誤解を解こうと、さっきはなしたような内容を書いてまして……」
「……うーん。
なるほど。
でも、よけいな心配もいらないかもよ。
帝室の人たちって、基本、身内の言動に関してはへんに鷹揚っていうか、よほどのことがないかぎり、笑って受け入れる気風がおありになるし……」
「ティリ様のアレは、家風だったのか……」
「……おかげさまで、変人を多く輩出していることで、有名。
へんに堅苦しくないし、あれで治世は押さえるべきところをしっかり押さえて、乱れるところがないから、民にはかなり人気があるわけだけど……」
「帝国のことはよく知りませんが、そんなもんですか?」
「そんなもんよう。
例えば皇女様が、旅先で出会った雄牛と結婚したいとかいいだしたら、やはり今回と同じように、笑いながら、孫ができたら……とか書いて、手紙を出しそうなご一家……とでもいえば、理解しやすいかしら?」
「ま、おれは……雄牛よりは、少しはマシだとは思いますが……」
「で、本当のところはどう?
駆け落ちはともかく、皇女様とは、なんにもないの?」
「ありません」
「なんだ、つまらない」
「とにかく、皇女様は、さっきもおはなししたように、息災でいらっしゃいます。
今度、無事研修期間を終え、おれたちとパーティを組んで本格的に冒険者として活躍をなされる運びとなりまして……」