32.まほうつかいの、ざつだんとすいそく。
王国軍野営地、周辺部。
…どっごぉぉぉぉぉん……。
「なんだ、あの音は! 煙は!」
「なんでも、魔法兵たちが雪を溶かしているんだとよ」
「雪?
なんでまた」
「なんでも、新しい要塞だかなんだかを、ここに建造するんだそうだ!
そのためには、雪が邪魔なんだとよ!」
「わざわざ、この時期に普請かよ。
お偉いさんの考えることは、よくわかんねーな……」
「だがまあ、今日はあくまで試験的に雪を始末してみるってだけで、本格的に手をつけるのはまた後日ってはなしだがな。
資材が届くまでに、魔法兵どもがやりやすい方法を探しているところなんだろう」
「魔法兵どもの間でも、決まった方法とかないものかね?」
「やつらは、破壊専門だからなあ。
わざわざ雪なんか、溶かしたこともないだろうし……」
王国軍野営地外部、雪原。
「確かに、雪は除けましたが……すごい蒸気ですね。一気に熱を加えすぎたのか、爆発に近い現象が起こったようですし……。
雪を溶かすのは熱、という発想は、いささか短絡的すぎて、性急でしたか……」
「はっ。
しかし、それ以外の方法となると……」
「一気に加熱するのではなく、徐々に……いいや、それでも、蒸気の問題は残ります。
別のアプローチで……そうですね、雪を、圧縮してみましょう」
「圧縮……ですか?」
「そうです。
雪から水を経ずして氷にするイメージで。
それも、ただの氷ではなく、普通の氷の何倍もの比重を持つ、重く、硬い氷に変化させます。
これなら、氷そのものを、仮の壁面としても利用できますし……。
そうですね。論より証拠。
試しにこれから術式を詠唱してみせますので、口述筆記をお願いします」
「はっ!」
「おおっ!」
「雪原に、穴が開いて……」
「壁面の雪が、氷に……」
「雪が自分で移動して、道を造っていく……」
「これは……これほど斬新な術式を、この人は、即興で……」
「……一応、成功したようですね。
術式を部分的に変更すれば、まだまだ応用が効くと思います。
口述筆記したものを参考にして、みなさんでいろいろ試してみてください」
「「「「「はっ!」」」」」
「……うーん。
でも、これだと、地面は凍りついたままですねえ。
このままだと工事に支障を来しますから、別にやはり加熱する必要がありますか……。
熱量はさほど必要ないかもしれませんが、そのかわり、地面のできるだけ深い部分にまで熱を浸透させような方法が、何か……」
「王都一の魔法の名門、パスリリ家は健在、か……」
「いろいろ噂があるのは確かなことだが、腕がいいのも否定できないんだよな」
「魔力や知識はもちろんだが、あれほど柔軟な思考を行える魔法使いも珍しい」
「魔法使いの腕では、かなりの部分、応用力に左右されるからな」
「ああ。
よくも悪くも、あれがおれたちの頭領だ。
これで、姉君の方が復調なされば、いうことはないんだが……」
「なんでも、塔の魔女とかいう隠棲者に術比べ破れ、人前に出られないお姿にされているとか」
「その噂は聞いたが……今一つ、いや、かなり、信憑性に欠けるな。
なんといっても、あのパスリリだぞ?
このような辺境の魔法使いなぞに遅れを取るものか!」
「でも、その塔の魔女とやらは……実は、あの、五賢魔の一人というはなしだぞ。
かの賢者フラニル様でさえ、涙して頭をお下げになったという……」
「五賢魔だあ?
あんなもん、神話や伝説のたぐいだろう?
今時、あんな超絶な魔法使いが、実在するもんかい」
「じゃあ、昨日の……あの、特大ゴーレムが出てきて、すぐ消えた件はどう説明するんだよ。
あれだけの大質量、転移させるだけでも膨大な魔力が必要となる。
お前が、とはいわないが、賢者様やパスリリ姉弟クラスの魔法使いだって、果たして、何人がかりの仕事になることか……」
「そ、それは……」
「それとも、あれは、おれたち魔法兵全員ならびに五万を超える将兵全員にみせた幻覚だとでもいうのか? それに、王国軍だけではない。あのゴーレムは、町の人たちにだってみえていたってはなしだぞ。
それだけの幻覚を見せることができるのなら、それはそれでたいしたものだとは思うが……。
ゴーレムが立っていた場所には、くっきりと深く、足跡が刻まれていたよな。
あれだけ大きくて深い足跡を残す幻覚なんてありえるのか?」
「わ、わかった。
五賢魔だかなんだかわからないが、とにかくおれたちや賢者様、パスリリ姉弟が束になったって適わない、そんだけの、化け物級の魔法を使える何者かがこの土地にいる。
それだけは、否定もしようがなく確かなことだ。
認めるよ」
「どうも、うちの参謀長やらは、その化け物級と、ギルドの中で接触してなにやらの問答だか取引だかをしたらしいのだが……。
悲しいかな、おれたち下っ端には、詳しい事情までは把握できん」
「……よろしかったら、おはなししますか?」
「こ、これは、テリス様!
お聞きになっていたのですか!」
「ええ。
途中から。
別に誰に口止めをされているわけではなし、ぼくとしてもいまだにどのように消化すれば困惑している部分も、多々ありますので……。
ちょうどいいといえば、ちょうどいいですね。
みなさんに一通りのことをおはなしして、意見をちょうだいしたいところです。
少々、身内の恥を晒すような部分もありますが……」
「……そうですか。
そんなことが……」
「ですが、その魔女。
高慢な態度はともかくとして……具体的に要求したことは、意外に小さいものですな。
われら王国軍が気にくわないのであれば、壊滅させるなり追い返すなりすればよかった。きゃつめには、悔しいことながら、そうすることができるだけの実力があった」
「なのに、彼女は……そう、実際には、軍の方針を、多少、変えさせただけだった。
そうですね。
彼女は、おそらく……わが軍に関わらず、世事のあらゆることに関して、積極的に関わり合いにはなりたくはないと、そう思っているのではないでしょうか?」
「つまりは……文字通りの、隠棲者であると?」
「ええ。
今回も、彼女が自分の意志で積極的介入してきた、というより……なんだか、別にそうせねばならない理由なりなんなりが存在して……不本意ながら、しぶしぶ、出てきたような気がします」
「失礼ながら、テリス様。
そのようにおっしゃる……根拠は?」
「あくまで、勘でしかありませんがね。
ぼくらの前に出現した彼女の言動が……わずかに、芝居がかっていたように思えまして……」
「芝居がかる……ですか?」
「ええ。
われら魔法使いは、ときに魔法を知らない者に向け、演出やある種の印象操作をおこなうことがあります。
たとえば、必要もない詠唱を長々として、もったいをつけたり……みなさんも、心覚えがあるでしょ?
それと同じような気配を、ね。
今にして思えば、あのときの彼女から感じました。
ああ、この人は……あのとき、声や表情や挙動、その他諸々……観客の目を意識して、造りこんでいたな、と。
つまりは……彼女にとってぼくらは、ぼくらにとっての魔法を使えない人々と同じくらい、無知で無力で、こけおどしも含めて演出して動かさなければならない存在だったわけで……。
まあ、実力差を考慮すれば、当然ではありますけど……」




