31.すすむひとたち。
ギルド本部。
「これが、今朝の分の報告書ですか……」
「大量発生ならびのその余波に関する案件がほとんどですが、ひとつ、王都の渉外さんたちから注目すべき提案が……」
「これ……ですか。
なるほど、荷車の図面まで同封して……。
フェリスさん!
至急、この図面を正確に複写して、各地の渉外さんに送ってください」
「では?」
「ええ。
すぐに、実行に移ってください。
こういうのはタイミングも大事です。
各地で五台でも十台でも作らせて、必要となる場所に送り込みさえすれば、かなりの台数がすぐにでも確保できます。
目下のところ、豊富な資金を持っていることと、王国各地に渉外さんが散らばっていること、この二点が、わがギルドの強みです。
この事業案は、この二点の強みを存分に生かせる、希なケースです。
それから、この荷車専用の船舶も、大きさを変えて何種類か、至急用意させてください。こちらは、さすがに専門家に依頼しなければどうにもできないでしょう。造船が盛んな土地の渉外さんにも、すぐに発注させてください
すぐに造るのか無理なら、既存の船舶を買い取って改造するなりなんなりして、とにかく、一刻も早く数を揃えてください」
迷宮内、教官詰め所。
「つい先日も、顔をみせた方ですな」
「えっへへへへ。
その節は、どうも。
本日は、観光ではなくお仕事ということで、お邪魔させていただきました」
「王国軍の方でありましたか。
どうりで、ただ者ではない気配が……。
と……グリハム、だと?
グリハムといえば、あの……」
「へえ。
口がさない者たちは、野盗狩りのグリハムなんどとも呼んでいるようでして。
つまるところは、まあ……そんな、ケチな野郎でござんす。
今後とも、お見知りおきのほどを……」
「それは、よいのだが……ふむ。
この書類によると、なにやら王国軍の方が、こちらの新人と一緒に研修を受けたいとか……。
いや、それは困るとはいわぬが……戦闘のプロである王国軍、その中でも勇猛をもって知られるグリハム小隊が、このような辺地ギルドの研修を体験したとしても、さて、得るものがあるのかどうか……」
「へえ。
そうはおっしゃいますが、こちらの教本といい、研修者の能力に応じてそれに即した技能を磨かせる合理的なカリキュラムといい、こちらの制度と内容、そのレベルの高さに、当方は見学したとき、いちいち驚かされたものでございます。
特に、われわれの専門は、その任務の性質上、野戦となっておりますゆえ、迷宮内のような特殊な環境下での戦闘、ならびにサバイバル術に関しては、また大きく勝手が違います。
ご謙遜なさるまでもなく、当方にとっても十分に意味深い研修になるかと……」
「そこまでおっしゃるのなら……すでにギルドの認可も得ていることであるし、具体的なスケジュールなどについて相談いたすことにしよう」
「こちらといたしましては、できる限り、はやく。
今日でも明日でも、いつからでもはじめられますが」
「ほう……。
では、早速……今日、これからでも、何名か連れて来られるだろうか?
なに、入門時の挨拶代わりというか……うちの教官は、わたしも含めて、戦いたがりが多くてな……」
「ええ、ええ。
よーくわかりますとも。うちの隊も、似たようなものでございます。
そうですとも、そうですとも。
そうこなくっちゃあ、いけません。
わたしらみたいな者の挨拶は、そうでなくっちゃあいけません。
結局のところそういうのが、わたしらみたいな者にとっては、お互いを理解し合う一番の近道なんですな。
ええ……」
迷宮内某所。
「……ふぅ。
ここいらで、メシにしますか?」
「もうそんな時間か?
今日はなかなかに忙しいな、シナク」
「ですね。
午前中だけで九体。それも全部、大型。
二人で、この術式付加の武器があるからそれなりのペースで捌けているけど、三ヶ月くらい前のおれだったら、かなり苦戦して、途中で引き返していただろうな」
「そうであろう、そうであろう。
やはり、一人より二人のが、効率がよろしい。
倒し甲斐のあるモンスターも増えてきたことだし、安全を期するにこしたことはない」
「警報札を使いました。
もう、リラックスしても大丈夫ですよ」
「どれどれ……なんだ、シナク、また同じ黒パンのサンドイッチか。
以前から、ずっと同じものだな」
「宿のおばさんに無理いって作ってもらっているんだから、贅沢はいえませんよ。それに、どうせ迷宮の中で食べるんです。こんなもん、食事というより燃料ですよ燃料。とりあえず、腹が満たされれば、それでいいんです」
「いっていて、虚しくはならぬか?」
「……うっ」
「今なら冒険者を目当てにした総菜屋や弁当屋も、いくらでも出ておるだろうに、変なところに保守的というか、無精であることよ。
それ、せめて、果実でも恵んでやろう」
「林檎一個まるごと、ですか?
ってか、リンナさん、それ全部食料ですか? 食べるんですか?」
「食料だとも、食べるとも。
そもそもだな、魔法使いというのは基本的に燃費が悪い生き物なのだ。
おぬしも、太った魔法使いに会ったことはなかろう?」
「そういわれても……おれ、魔法を使える人、三人……いや、リリス博士も使えるから、全部で四人しか、面識がありませんし……それだけでは、太っているの痩せているのと判断できません」
「拙者に、ルリーカに、塔の魔女……か。
ふむ。
塔の魔女とあの痴女博士は、一部分限定でずいぶん肉がついておるな」
「例の、王国の派遣軍にも、何人か魔法兵が配属されてるのは聞いてますが、いまだ、遠目にもあったことがありませんし……」
「まあ、魔法をよく使うと腹が減りやすいのは、本当だ。
シナクよ、この竜田揚げもくれてやろう。なんの肉かは知らぬがな」
「いただきましょう。
ルリーカも、成長期だから代謝が激しいってのもあるんでしょうが、あんだけ酒をパカパカやって、いっこうに肉がつく気配がありませんし……」
「確かに、ルリーカはちと痩せすぎだし、背もちっとも伸びる様子がないな。
あれは、もう少し、肉がついていてもよい。
これはな、例のイナゴのモモ肉をそのまま火にかけて、火が通ったところで殻から出して軽く味をつけたものだ。
元を考えなければ、少々淡泊ではあるが歯ごたえがあって、なかなかに美味であるぞ」
「いただきましょう。
この町に来て虫くらいでビビっていたら、喰うものがなくなります」
「しかし、シナクは実にうまそうな顔をして食らうな。もっと食い物をあげたい衝動に駆られる」
「リンナさんこそ、こうしてはなしている間にも、結構なハイペースで平らげていらっしゃる。
その細い体に、よく収まるもんですねえ」
「われらは肉体労働者だからな。
体を壊さないためにも、よく食べねばならん。
それも、バランスよくな。
ということで、シナクよ、この檸檬もやろう。
揚げ物とか肉料理ばかりだと、口直しが欲しくなるであろう」
「いや、さっきの林檎、まだ口つけてないので。
ってか、やはり果実を丸のまま何個も持ち歩くのは、ちょっとおかしいと思います」
「おかしいとまでいうか。
せっかく、シナクと二人で食べようと持参したのに……」
「あ、ちょ……いきなり、しおらしくならないでください。
食べます、食べますから……」




