30.てきおうするひと、しないひと。
王国軍野営地某所。
「一晩、時間をやったんだ。
向こうさんのギルドが用意してくれた教本を、じっくり読み込んできたろうな?」
「みんなで手分けして読みました」
「小隊長。
すごいですね、これ」
「おれらの仕事にも、十分に生かせますよ、これ」
「そうだろそうだろ。
おれと副官の二人で最初に確かめたときも、大いに驚嘆したもんさ。
田舎の冒険者ギルドでこんな上等なもんに出くわすなんて、誰が予想するよ。
で、だ。
これからおれたちが出向いて研修を受けようっていうのは、この教本を作ったやつらの総本山なわけだ。
この小隊の野郎どもなら、体を使うことに関しては、万が一にも遅れを取ることはないだろうが……座学については、しっかり予習しておけよ!
おれたちゃ王国軍の中でも一番実戦経験が豊富な部隊だが、必ずしも教養豊かな連中ばかりでもねえ。なに、難しく考えすぎる必要もねえ。実戦で心得ているはずの経験則を、文字列で確認するだけのはなしだ。
いずれにせよ、こっから先、おれたちの恥は王国軍全体の恥となる。
野郎ども!
せいぜい、気を引き締めてけよ!」
「「「「「おー!」」」」」
「よし。
では、副官をのぞく全員はこのまま予習を続けてろ。
副官は、おれについてこい。
向こうさんに、ギルドの新人研修所に、改めて挨拶にいくぞ」
迷宮内、修練所。
「スリング、か。
筋力や体力に不足があるものは、まずこちらに回されるとな。
ふむ。
余のチート能力を十全に生かすためには、前衛向けの訓練を積むのがいいかと思うのだが……これがここの方針とあれば、従うより他、仕方がなかろう。まずはてはじめに、この技を極めてやろう。
しかし、ここは……思いのほか、婦女子が多くてウハウハであるな。それもロリ系が存在に多い。さて、ものは考えようだ。ここはひとつ、数多くのフラグを立てるためにも……」
「ちょっとあんた!
さっきから気持ちの悪いことをくっちゃべっていないで、練習するならさっさと練習しなさいよ!
あんたの声が大きい独り言聞いて、こっちの子たち全員、どん引きになって練習できないんだけど?
真面目にやるつもりがないんだったら、さっさと帰ってちょうだい。
少なくとも、他の子の邪魔はしないで!」
「なに、余の内心の独白を読みとるとは、汝はメタな者か?」
「内心の独白もなにも、思いっきり声に出してたけど?
さ、修練をするんならする、しないんならさっさと帰る。
さっさとどっちかに決めて!」
「う、うむ。
確かに、このままいつまでも立ち尽くすのも、余の望むところではない。
で、では……」
ひゅんひゅんひゅん。
「おお!
スリングとは、初めて使ったが……なかなかに、面白そうなものだな。なにより、簡単に扱えそうなのがよい。
で、これを、このまま、あの的に投げつければよいのだな?」
ひゅんっ。
「……どうだ!
はは。
なるほどなるほど。
これは、よく飛ぶ。
慣れればもっと命中率はあがるであろうし、最初はたかだか紐一本と侮っておったが、これは、ななかなか実用的な、良い武器であるな」
「でしょう?
最初はみんな、お粗末な印象を持つのよね。
でも、威力はごらんの通りだし、普段持ち歩いても邪魔になるもんじゃないし、扱いを修得しておいて損になるもんじゃないわ」
「で、あるな。
ここは怠らず、しばらく修練に励むとしよう」
「それはいいけど、一回投げたらすぐに場所を空けて次の人に使わせる。あそこの砂時計が落ちきったら、いったん修練を中断して、練習用の弾をみんなで拾う。
それがここの基本的なルール。
それさえ守ったら、好きなときに修練をはじめて好きなときに修練を終えていい。
基本的に、ここではみんな自主トレしかやっていないから、なにか聞きたいことがあったら、教官たちに直接聞きにいくこと。
それから、今のあんたみたいにここのルールや使い方がわからずにまごついている人がいたら、積極的に声をかけて教えてあげること。
なにか質問ある?」
「いや、ない。
ここがどういう場所であるのか、よく理解できた。改めて礼を言わせてもらおう。
あっ……」
「なによ?」
「ひとつだけ、質問がある。
汝の名は、なんというのか?
余の名は、ルテリャスリという。ゆえあって、家名は伏せさせていただく」
「家名?
やけに身なりがいいとは思ったけど、偉い人が訳ありでここに来ているのね。
わたしはカディ。
また会うかどうかもわからないし、別におぼえなくてもいい」
「いや、すでにフラグは立った。
ここで別れても、いずれまたまみえることもあろう」
「旗? 旗が、どうしたの?」
「こちらのはなしだ。気にしないでよろしい」
王国軍司令部。
「パスリリ家の姉弟が、自分たちの天幕に引きこもって、出てこない?」
「はっ。
配下の魔法兵たちも戸惑っているようで……」
「わが軍の魔法兵は、命令系統がしっかりしすぎて、柔軟性に欠ける傾向がありますからねえ。
もう少し様子をみてどうにもならないようなら、次席の者を臨時の魔法兵指揮官に指名。
パスリリ家の姉弟には、このままなんの働く気配を見せぬのなら、王国からの禄を取り上げると、軽く脅しておいてください」
「はっ。
しかし……よろしいのですか?」
「王国が魔法使いの家門にくだされる有形無形の恩賞は、かなり高額なものとなります。パスリリ家ほどの名家であれば、なおさらです。
普段、それだけの高禄を喰んでおきながら、いざというときに役に立ちませんでした、というのであれば……その禄を取り上げられても、文句を言われる筋合いではありません。
確かに、パスリリ家の姉弟ほど強力な魔法使いを、王国が他に抱えていないのは事実ですが……だからといって、彼らの代わりがまったくいないわけでもない。一人で彼らが抜けた穴を埋められないのなら、数人で埋めればいいだけのことです。
その禄にふさわしい働きを見せるのか、それともすぐにでも路頭に迷うのか……しっかり、彼らに選択させて来てください」
王国軍、将校用天幕。
「……はい。
おはなし、確かに承りました。
そう、参謀長にはお伝えください。
姉はまだ体調が優れず動けない状態ですが、明日から、いや、これからでもぼくが出ます。
……姉さん、今、司令部から連絡があってね。
働くか、家門を潰されるのを待つか、好きに選べってさ。
やつら……魔法使いを、融通の利く便利屋くらいにしか思っていないんだ。
魔法使いの矜持や誇りなんて、てんで理解しない、できない下等民どもが……。
でも、ぼくはいってくるよ。
姉さんはああいったけど……ぼくは、魔力の大きさだけが、魔法使いの偉大さを決定づけるとは思わない。
だって、あのクソ忌々しい魔女でさえ……魔力でいえば、ぼくらとせいぜいトントンくらいの賢者様に、相応の礼をとっていたじゃないか。
おそらく……より強く、より巧みに……とかいうこととは別の部分で、今のぼくらには理解できない、魔法使いの価値というものがあるんだよ。
ぼくは……それを、知りたい。
それを理解するまでは、パスリリ家を潰したくない。
だから……とりあえず、王国にパスリリ家は価値があるんだってことを示すためにも……働いてくるね。
姉さん。
起きたら、また改めてはなそう。
じゃあ……いってくるね。
愛してるよ、姉さん」