23.おうじさまのあつかい。
迷宮内、閉鎖区域、最深部。
「……まだ見つからないのか?
その、源流ってやつ」
「見つからない」
「あのイナゴ、今日は一匹も飛んでこぬしな。
場合よっては、すでに閉じておるのやも知れぬ」
「閉じてる?」
「向こうの世界との、出入り口というやつよ」
「ああ、なるほど。
考えてみれば、大量発生もこれで二度目だ。
全部が全部、以前のように確固とした門が出現するとは限らないわけか……」
「たった二例で普遍的なパターンを類推するのは無意味。
しかし、今回は妙に空間が安定している。
昨日の大量発生は、何らかのアクシデントが起こった結果として一時的に時空に綻びが生じた可能性もある」
「その、何らかのアクシデントってのは、具体的になんなんだよ、ルリーカ?」
「不明。
ただでさえ、迷宮内の空間は不安定。外部からの干渉により、魔力を一点に集中させることにより、その不安定な空間をさらに不安定にすることは可能と思われる」
「思われる?」
「理論上は、ということ。
試したことはない。試そうとも思わない」
「シナクにわかりやすく例えるとだな、水平に、ピンと張った帆布があると仮定する」
「おお。
布が、水平にピッと張ってるのな」
「その上に、砂を置いていく。
砂をどんどん増やしていくと、帆布は砂の重みにより、真ん中を中心として下方にたわんでいく」
「うん。
想像できる」
「その帆布が迷宮内の空間で、どんどん増えつつづける砂が迷宮内の魔力だ。
いい加減、帆布が砂の重みに耐えかねたとことに……外部から、何者かがさらに重みを加えて……ついに、重みで下がりきった帆布の真ん中が、破れた。
ルリーカいったのは、例えれば、そういうことになるな」
「わかったようでよくわからないたとえ話だな、リンナさん。
じゃあ……そのさらに重みを加えたやつってのが、迷宮の外にいるってことか?」
「ルリーカの推測によれば、そういうことになるな。
確かに……昨日までの迷宮の状態であれば、強力な魔法使いが数人がかりで干渉を行えば……異なる世界との間に穴を空けることも、可能かもしれん。
たとえ話の中の帆布とは違い、空間は、余計な負荷がなくなれば元にもどる。
ゆえに、今さらいくら探したところで、源流は見つかりようもない」
「では……そう結論して、ギルドに報告にいきます?」
「いいや。
せっかくこんな深い場所にまで来たのだ。
もう少し、念入りに探してから結論を出すことにしよう」
「リンナに賛成」
「二人がそういうんなら、お言葉に従うことにしますかね……。
しかし、まあ……今日は、静かだな。
昨日とは大違いで、モンスターがまったく出てこない」
王国軍司令部。
「お呼びですか、ヘレドラリク卿」
「昨日の報告、一通り読ませていただきましたよ、グリハムくん。非常によくできた観察と分析でありました」
「ヘレドラリク卿がそうおっしゃるってぇことは、いよいよおれたち戦争屋の出番ですか?」
「はなしが早くて助かりますよ、グリハムくん。
その通り、グリハム小隊の出番です」
「で、敵は?
誰を叩けばいいんです?」
「迷宮です」
「そいつは……強敵ですな。
昨日の報告をお読みになったらわかると思いますが……現在、迷宮に挑んでいる冒険者たちは、残念なことに、現在のわが軍兵士より、よっぽど精強です。
その冒険者たちがあれだけ躍起になっても攻略できない迷宮を……となると……正直、二の足を踏みたくなります」
「おや、グリハムくんのような勇者が怖じ気づくわけですかな?」
「なんとでもいってください。
おれは、負け戦は嫌いです。
犬死にするのは、もっと嫌いです」
「たいへん、正直な方ですね、グリハムくんは。
ええ。
お気持ちは、とてもよく理解できますとも。
どうやら誤解があるようなので先にそれを解いておきますが……グリハムの部隊に頼みたいのは、対迷宮用の人材を養成して欲しいということです。
最終的な目標はもちろん迷宮の攻略になるわけですが、一足跳びにそこまでの成果を得ようとする高望みは、こちらとしても持っておりません」
「ああ……なるほど。
そう来ますか……」
「今日、当地ギルドとの話し合いの結果、大人数で迷宮を攻略することは禁じられてしまいましてね。
そこで、王国軍の中でも随一の実戦経験を持ち、当地ギルドの手口をいち早く研究したグリハムくんに、白羽の矢がたった次第です。はい」
「軍による、少人数で迷宮を攻略せんとする人材の育成……」
「ギルドの方では、そのような戦闘単位をパーティと呼んでいるようですね。
王国軍人によって編成される対迷宮用のパーティを、グリハムに頼みたいわけです。
当地ギルドともはなしはついてます。必要とあれば、ギルドの教材や施設も貸してくださるとか……。
どのみち、例え軍籍にあろうとも、迷宮に入るにあたっては、冒険者としてギルドに登録しなけれならないわけですしね……」
「それは、例の……帝国対策ですか」
「そう。帝国対策です。
王国軍に属する軍人が迷宮に入るのは差し障りにありますが……」
「軍籍も持つ冒険者が迷宮に入るのは、誰からも非難を受けない、と。
……上の人というのは、いろいろな抜け道を考えるものですな」
「それが、後方支援というものですよ。
で、どうです? グリハムくん。
引き受けてくださいますか?」
「いいでしょう。
ここで引き受けでもしないと……かなり長いこと、退屈させられそうだし……。
それに迷宮なら、喧嘩をする相手として不足はない。
わが軍で最初に迷宮に入るのは、われわれグリハム小隊の者で編成されたパーティになることでしょう」
「それでこそ、わが軍随一の勇将、グリハムくんです。
では、早速……」
「……そのはなし、乗った!」
「……王子……様?」
「……へ?」
「すっかり、聞かせてもらったぞ。
グリハムとやら。
余のパーティメンバーに属する栄誉を与える!
ほれ、これをみよ。
余は、このことを見越して、先に冒険者の登録を済ませてきたところだ!」
「ヘ……ヘレドラリク卿?
こ、こいつは……」
「し、知りません!
小官は、なにも聞いていませんでしたよ! なにも!」
「なにを狼狽えることがあるのか!
余のチート能力を申してみよ!」
「人呼んで、『鉄壁』……。
自称、絶対防御……でしたな……」
「さよう。
何人も余を害すること能わず!
なにを恐れることがあろうか!」
「えーと……ヘレドラリク卿。
その……本当に、いいんですかい?」
「い、いえ……。
こんな無茶、いいわけが……」
「ふむ。
余の提案を、呑めぬと申すか。
では、しかたがないな。
余はこのままこの派遣軍とは袂を分かち、一冒険者として迷宮内の教練所に身を寄せるといたそう!
それでは、皆の者!
……さらばだ!」
ばたん。
「……ヘレドラリク卿。
あの王子様……一応、この派遣軍の総司令官、だったような……」
「前代未聞でしょうねえ。
冒険者になるために軍務を放棄する総司令官というのは……。
少々、彼を侮っておりました」
「いや……流石にあれは……。
いかな、ヘレドラリク卿といえども、予想できんでしょう」
「そのようにいわれると、気が楽になりますねえ。
……なんの解決にもなりませんが……」
「いいんですか? 連れ戻さないで?」
「一体、誰が連れ戻せるというんですか?
鉄壁にして絶対防御、無敵の王子様を……」