22.おうじ、さんせん?
「おのれの欲するところを把握した上で、分限をわきまえ、慎み深く生きる。
確かに、賢者の称号に値するようね。
わたしには、出来ない生き方だけど……。
それに引き替え、こっちの若い二人は……」
「……何事か、粗相をいたしましたか……。
二人とも、若く優秀な魔法使いです。将来のある身と思し召し、どうか、おめこぼしのほどを……」
「だってさ。
ねえ、そこのお二人さん。
この賢者様とあなた方の最大の違いって、わかる?
こちらのおじいちゃんは、魔法を自らの生を実践するための道具として扱っている。
あなた方は、魔法をもてあそぶことこそが目的と化している。
どちらが豊かな生き方なのか、一目瞭然なんじゃない?
こちらのおじいちゃんに免じて……なんていうつもりはないけど、あなた方にこれ以上、構いつけるつもりはない。あなた方が、これ以上、なにもしなければね。
ただ、今後も魔法使いとしてやっていくつもりならば……いつまでも狭い世界に閉じこもっていないで、もう少し、知見を広めなさい。
さて、お偉い軍人さん、ギルド事務方筆頭のお嬢さん、ここで仕切り直して……今後の迷宮攻略について、細かいことを話し合いましょうか?」
数時間後。
「……ふぅ」
「ギリスさん、お茶をどうぞ」
「ありがとう。
塔の魔女さん、いつもとは全然雰囲気違うし……いや、むしろ、あっちのが本性なのかな?
魔女さんの介入があったおかげで、なんとか王国とも互角に渡り合えることができました。結果オーライで、自分の力で引き出した結果ではないとはいえ、まずまずの成果といっていいでしょう」
「こちらが、昨日の報告書とその抜粋です」
「大量発生の件ですね?。
……んー……。
やっぱり、魔法が使える人、もっと欲しいですねえ……。
特に、非常時のために。
王国軍の方が、もっと協力的だといいんですけど……」
「それから、フェリスさん。
王国軍の方が、大勢で、この町の近辺をかぎまわっているそうです。
あちこちを測量して回ったり、町の商店や工房の規模や数をあたっていたり……」
「やはり、軍による直接攻略はむしろ見せ札で、本命の策は、別のようですね。
ヘレドラリク卿は生粋の武人というよりは能吏タイプだと聞いていますし、やはりこちらの絡め手の方が本命でしょう」
「前にコニスさんが示唆していた例のあれですか?」
「そう、例のあれです。
町に、ギルドに膨大な資金を注入して、主導権を握ろうとしてきます。
コニスさんは、敵対的買収といういい方をしていましたが……」
王国軍司令部。
「さてはて、予想外の進展となりましたが……大まかな方針は、変えずにすみそうですよ。
迷宮攻略Aプランを破棄!
Bプランに変更!
彼を、グリハムくんを呼んでください!
測量班、調査班は少しでも結果がまとまりしだい、司令部に報告書を提出してください!
さあ、これから忙しくなりますよぉ!」
市内、某街路。
「あの代官、王子様が直々に来るとは思わなかったのか、青い顔をして棒立ちになていましたね」
「なんの抗弁もせず、こちらの要求を丸呑みしていましたよ」
「こんな辺境にも王室のご威光がくまなく照らされている証左でございますな」
「貴公らは……馬鹿か?」
「……は?」
「あの……王子……」
「今……なんと……」
「なんだ、聞こえなかったのか?
貴公らは……馬鹿か?
と、申したのだが」
「い、いえ」
「聞こえなかったわけでは……」
「はは。
王子……おたわむれを……」
「たわむれなどではない。
先ほど役場に届けた書面は、すべてここの領主の承諾を得ているものばかりだ。
そして、役場にいた代官は、その領主が雇った者。
ゆえに、領主の意向を無視して代官が抗弁する道理もない。
これほど簡単な理屈も、貴公らはこれほど詳細に説明しなければ理解できないのか?
この際、はっきりと申しておこう。
此度のことは、軍がすべての手筈を整えた上で余の顔を立てるための茶番だ。たった今、余がなしたのは、子どもでのできる使いだ。
それを口々にほめたたえる貴公らを、馬鹿と呼ばずになんと呼べばいいのか、余はほかの言葉を思いつかぬ」
「あの……」
「……王子……」
「さて、これにて余も公人としての義務は放たしたわけだが……この後の予定については、特に指示もされておらん。
ということで、これより余は単身で迷宮に挑もうと思うのだが……誰ぞ、お供として名乗り出る者はおらぬか?」
「め、迷宮へ……ですか!」
「こ、これから……」
「い、いや……辞退させていただきたく……」
「ふん。
では、ここで別れるとしよう。
貴公らは、町の外にある軍の野営地に、余は、その反対側に向かい、迷宮に入る」
「お、王子!」
「なにとぞ、お考えを改めて……」
「わ、われらが処罰を……」
「余は余の意志において、余自身の先行きを決す。
貴公らに責が及ばぬよう、あとでいっておくことにしよう。
それでは……さらば」
迷宮入り口、冒険者ギルド受付。
「……なにぃ!」
「ですから、昨日、モンスターの大量発生があった影響で、本日、関係者以外の迷宮への出入りはいっさい、お断りさせていただいてます」
「な……なんとか、ならんのか?」
「後かたづけで忙しいから、すでに冒険者として登録済みの方とか、迷宮で働いた経験のある人夫さんとかなら、労働力として大歓迎なんですが……。
仮に、今、迷宮に入るにしても……中、片づいていないから、あそこにあるようなイナゴの死骸が、ずーっと床一面に累積している状態ですよ?
興味本位で入るにしても、決して快適とはいえない状態になりますが……」
「イ、イナゴか!
た、確かに、あれは、イナゴであるな!
か、かなり……大きさが、アレであるが!」
「……大丈夫ですか?
顔の鳥肌がすごいことになってますけど……」
「よ、余は……虫だけは、大の苦手であってだなはははははははは」
「では、なおのこと、後日、またの機会にした方が……。
もし登録がまだのようでしたら、冒険者への登録もできますが……」
「それだ!
そうだな。
まずギルドへの登録!
それこそ、セオリーというものだ!」
「はあ。
登録を希望なさいますか。
それでは、こちらに……」
迷宮内、新人教練所。
「……あれ、すごいな……」
「ああ。
身なりからして、どこぞのボンボンだとは思うが……」
「ちょいと走らせればすぐに息切れするし……」
「片手剣を、両手でようやく持ち上げるし……」
「女子より、弓を引く力が弱いし……」
「ありゃ、ペンや食器よりも重たいもの、持ったことがない口だな……」
「だな」
「しかし、あそこまでひどいのは、教練所、はじまって以来じゃないのか?」
「まあ、いいじゃないか。
おれたちは自分の仕事として、機械的に成績をつけておけば……」
「だな」
「……適正ランク、オールDってのは、はじめてだよ……」
「うむ。
これが余の成績になるのか?
なに、D? Dか。
そうだな。
はじめは低いレベルで開始してあっと言う間に頭角をあらわすのがセオリーというものだ。
なに?
教練所?
冒険者になるための学園があるのか!
なに、学園とはなにかと? そんなことも知らんのか。学園とはな、余のような人間が隠れチートでハーレムでウハウハするための場所だ。
なに、意味がわからんとな。わからんままでよろしい。
そうか、宿舎か。宿舎まであるのか。
だが、どうするかな。
宿舎にはいるにせよ、一度は野営地に戻って余の希望を伝えておかねば無用の混乱を生む。
この教練所とは義務ではないのだな?
ふむ。
では、一度帰ってから日を改めて来ることにしよう。
おお。
これが余の冒険者カードか。教練所での受講希望者にはついては、まだランクを彫り込まないと。そうだな。これから余の隠れた能力が発現するわけであるからなうははははははは」