21.こうしょう。
ガブッ。
「……あっ。あっ……。
生命が……体、から……」
「一般には血を吸う……ということになっているけど、より正確にいうのなら、吸血鬼が吸収するのは、血をも含んだ生命力全般。
おかしなことに……吸われている側は、その最中……ずっと強烈なエクスタシーに襲われるそうだけど……」
「……だ、駄目ぇ!
みないで!
テリス、みないでぇ!」
「姉さん!」
「ねえ、坊や……。
どう?
生まれてはじめて、自分以上の魔力を持った魔法使いに出会った感想は……」
「……あっ。
……やっ……」
「ほら、こうしている間にも、坊やのお姉さんが、あーんなにしわくちゃに……。
ま、数日たてば、自然にもどるけどね。
で、坊や。
きみもあのお姉さんみたいになりたくなかったら、早めに吐いた方がいいわよ。
あの吸血鬼、最近、人の生き血を吸わせてないから、とても坊やのお姉さん一人分だけでは満足しないと思うのよね……」
「……ふっ。
ごちそうさまでした。
あやうく……吸いすぎて殺すところだった。
あのー……そっちの人も、吸っちゃていいっすか?」
「……ひっ!」
「さあ、坊や。
どうする? このまま精気を吸われてあられもない姿をこの場に晒すか、それとも、なにもかも正直にぶちまけてしまうのか……」
「……いう!
なんでもいうからっ!」
「吸血鬼、ステイ!」
「……ちぇっ。
ざんねーん……」
「では……坊や。
すべて、白状おし」
「め、迷宮の魔力に魅惑されて……それをもっと増やそうと思って……。
わ、わざと、空間に干渉して……魔力が、一点に流れ込みやすいように……」
「彼らは、ずっとわが軍の内部にいました。
昨日……となると、当地まで、かなりの距離があったと……」
「ね、姉さんと二人がかりで……もう魔力はかなり貯まっていて、あとほんの一押し、必要なだけだったから……」
「さて、王国の偉い軍人さん。
あなたの部下であるこの二人がしでかしたことは、理解できたわね。
この二人のおかげで、昨日、迷宮内にモンスターが大量に発生することになった。それって……王国軍の将兵として、やっていいことなのかしら? よもや……監督責任というものがあるし、知らぬ存ぜぬで押し通すつもりはないわよねえ……。
なんなら、ことの次第を王都にあてて、詳細にお知らせしてもいいのだけど……」
「……それには、及びません。
王都には、小官が責任を持ってこの子細を報告いたします。
小官が関知しなかったこととはいえ……多くの臣民の命を危険に晒した今回の件、とてもではないが看過できません」
「あら、意外に、よい心がけ。
でも……軍人さん。
あなたのさっきの案、大軍で迷宮の中に押し掛けるっていうのも、ちょっと関心しないわぁ。
あなたの兵隊さんがぼかすか犬死にしていくのか勝手だけど……短期間に魔力を得た迷宮がどんな挙動をするのか、予測できないところでもあるし……」
「塔の魔女の仮説……ですか?」
「それもあるけど……わたし、この迷宮と、迷宮を攻略しようとしている人々に、興味を持っちゃったのよね……」
「……はい?」
「わたしは、塔の魔女。不眠のタン。
自らの興味に従い、知るべき知識を貪欲に探求する者。
ここまでは、理解してる?」
「は、はあ……概略は……」
「そのわたしの研究対象に、あなたの軍隊は過剰に干渉しようとした。
これって……わたしを敵に回すってことになるんだけど……あなたの軍隊とあなたのお国は、その自覚があるのかしら?」
「……ヘレドラリク卿!
ヘレドラリク卿は!」
「……何事ですか?」
「ヘレドラリク卿!
外を……町の外に……窓の外をご覧ください!
巨大な……人影が!」
「外……失礼。
窓を……」
ばたん。
「……こ、これは……。
王城の尖塔よりも、なお高い……。
岩の、巨人……」
「うちのガーディアン、略してがっくん。
ま、ちょいとばかしスケールが大きいけど、原理的には普通のゴーレムとかわりばえしないわ。
でも……ご自慢の軍隊も、うちのがっくんならほんのちょっとスキップするだけで、すっかり平らになっちゃうでしょうねー……」
「……お、脅すと……いうのですか?
軍を……王国を……」
「脅す、というのは、基本、弱い者が強い者の弱みを掴んだときに行う卑劣なふるまい。
だからこれは……警告。
だってわたし……王国なんて目じゃないほどに強いし、弱みなんて、これっぽちもないもん。
なんなら、無警告で王都とやらに隕石を落としてみせてもいいわよ。
あなたたちのことなんて、基本、関心はないの。
ただ、わたしが……」
「……わたしが、興味を持っていることに干渉してくる場合は、この限りではない。
よく、理解できました。
塔の魔女は、おとぎばなしなどではない。
本物の……現実の……脅威です」
「はい、よくできました。
ところで、わたし……このギルドと、ある取引をおこなっているのよね。
ほんの少し、このギルドに手を貸すかわりに、このギルドが収拾した迷宮関係の情報をすべて閲覧できる、っていう……。
これって、さ。
このギルドに公金をつぎ込んだ王国と同じ、パートナーシップにあたると思わない?」
「つまり、あなたは……ギルド、王国……そして、塔の魔女の三者は、対等であるべきだと……」
「はーい、正解。
頭がいい子って好きだわ。
でも、対等ではないわね。なぜならその実効的な戦力において、このわたしが突出した存在になるわけだから……。
でも……安心してね。
わたし、王国ほど横暴なこと、いうつもりはないから。
ただ、このまま……」
「今までどおり、ギルドと冒険者たちに、迷宮を攻略させろ、と……」
「そ。
別に、王国軍が迷宮攻略に参加してはいけない、なんてことを、いうつもりはないけど……でも、さっきの提案にあったような、数に任せただけの方法は、駄目。
迷宮に悪影響を与える可能性のが大きいし、なにより、方法として、エレガントじゃないもの」
「……計画を、練り直しましょう」
「それがいいわね」
「……この魔力は!
まばゆいばかりの魔力の源泉は、いずこか!」
「け、賢者様!」
「お、落ち着いてください!」
ばたん。
「今度は……フラニル様……ですか?」
「誰?」
「わが王国が誇る、賢者にあらせられます。
老齢ですが……」
「……ふーん」
「……おお、おお……。
これこそ、まさに……」
「……大丈夫かしら、このおじいさん。
涙が滂沱と流れているけど……」
「あ……あな……あなた様の、お名前をいただきたく……」
「塔の魔女。
またの名を、不眠のタン」
「おお……おお……。
五賢魔のおひとりで……。
道理で、道理で……」
「あなたもかなりいい線いってるわよ、おじいちゃん。
あなたほどに達すれば、仙に入ることだってできるでしょうに……」
「……ふぉっ、ふぉっ……。
この、節々が痛む、おいぼれた体で……で、ございますか……。
わたくしの求道は有限の中でこそ輝きを発するもの。
若い時分に、そう思いとどめました」
「それもまた、生き方ね」
「あなた様のような……半永久的な時間を費やして求めるほどものには、このわたくしには、ついぞ見いだせずに終わりました。
あえて通常の人の輪から外れ、自らが求めるところのみに愚直に邁進するあなた様の求道、この年寄りにはいささか眩く思えます……」
「おじいさん……あなたは、いい生き方をしてきたのね」
「苦しいことも、悲しいこともたんとありましたが……はい。
わたくしは、そのようにしか、生きられなかったのでしょうなあ……」