20.かいだん。
王国軍司令部。
「ヘレドラリク卿。
本当に、ギルド本部の方にいくのですか?」
「そうですよ。なにか、おかしいですか?
役場にいくのは、王子様と取り巻きの貴族たち。それに見届け人として、幕僚からも二名。
格式や序列を考えれば、王族が役場にいってわれわれがギルド本部にいくのに、なんの不思議がありましょうか」
「しかし……彼らに、交渉などできましょうか?」
「交渉といっても……ここの領主様がすでに認めていることを、この地にいる代官に追認していただくだけですからねえ。実質、書類のやりとりだけで終わります。
こういってはなんですが、仕事としては子どもの使いと大差ありませんよ。それで、王子様の方はこの軍の司令官としてのお立場を示される、われわれは本丸のギルド本部と腰を据えて対峙できる。
なにもかも、いいことずくめじゃないですか……」
「しかし、それでは卿の功績が……」
「参謀長の小官が、総司令たる王子様をさしおいてすべてを仕切るわけにはいかないでしょう?
名目上の司令官とはいえ、王子様にも少しはそれらしいお仕事をしてもらわなくては、あとあとの禍根となりかねません。
それに、小官は周囲の評価よりも自分の仕事を完遂することに満足をおぼえるたちでしてね。なに、弱小貴族としてここまで出世できていれば、あとに思い残すことはありはしませんよ。
それでは、みなさん、準備はよろしいですね?
いよいよ、われわれのいく場です。
敵の本丸に、乗り込みますよ」
ギルド本部。
「来たよ。来た来た」
「先頭を歩いてくる人、あれが、なんとか卿?
偉い軍人さんっていう割りには、温厚そうな普通のおじさんだよね」
「続いてるのが……軍服の人たちと……あ、男女ペアの魔法使いがいる。兄弟なのかな? そっくりな顔しているよ」
「二十前後かな?
二人とも、きれいな顔だちをしているけど……」
「なんか、不健康そうな顔色をしてるね」
「……はいはい!
覗き見なんてしない!
さっさと自分の持ち場に戻って!
どんなに偉い人が来ようが、お仕事は待ってくれません!」
「「「「「……はーい!」」」」」」
「さて、と……。
いよいよ……ですね」
「ギリスさん!
王国軍の方が……」
「奥に通してください」
「王国迷宮派遣軍所属、総参謀長、レドクレイラム・ヘレドラリクと申します」
「冒険者ギルド事務方筆頭、レイスリム・ギリスといいます」
「まずは、わが軍の作戦行動指示書、命令書、その他、王国が発行した書面をお渡しいたします。
不振な点があれば、いつでもお確かめになってください」
「ありがとうございます。
後ほど、詳細に確認させていただきます」
「その書面にも書いてある通り、わが軍の目的を簡単にご説明すれば、将来予想される迷宮から大量発生したモンスターによる被害を最小限にとどめること、そのための防壁となることです。
当地の冒険者ギルドと利害の衝突はないものと、軍部では評価しております」
「つまり、王国軍は……われわれギルドが失敗した際、尻拭いをしてくださるということですね? それは……とても、ありがたく思います。
王都にはすでに報告済みですが、現在の迷宮の状況は混迷を極めています。
いつ発生するのか予測がつかないモンスターの大量発生に加え、迷宮内で遭遇した知的種族との交易も帝国官僚が目下交渉して細かい取り決めを行っている最中です。
この上、王国軍までもが迷宮内に介入してくるとなる……正直に申しまして、この先どのような混乱が起きるか予測がつきませんし、当ギルドでは収拾がつけられなくなるおそれがあります」
「つまり、余所者は迷宮の外で待機して過剰な干渉は控えよ、ということですね。
はは。
個人的に、率直なお嬢さんは嫌いではないですよ、ええ。
帝国と発見された知的種族、どうも地の民の枝族らしいですね、それとの交渉が開始されている現在、確かに、王国軍と迷宮内に派兵することは、大変にリスキーであると判断しております。
しかし、当地の冒険者ギルドの規約を確認させていただいたのですが、これによると冒険者登録にさいし、前歴は問われないと明記されています。加えて、登録冒険者の副業を禁止する規定もない。
これは、確かなことですね?」
「え……ええ。
でも、それが、なにか……」
「これから、そうですね、試しに千人か二千人ほど、わが軍選りすぐりの将校を選抜して冒険者として登録。
そのまま、軍籍も保つ冒険者として隊列を組んで迷宮内を進軍させてみようかと思います。これらなら帝国にも言い逃れができますし、当地の法にも触れません」
「危険です!
兵の命をみすみす……」
「……だから!
試しに、と、最初に申しておいたはずです。
失敗してもいいのですよ。その失敗を、次で生かせばいいんです。全員とはいわず、進軍した兵たちの何割かが帰還できれば、その失敗を次に生かせます。何回かそれを続ければ、立派な迷宮仕様の軍事教本が作れることでしょう」
「……兵の命を、代償にして……ですか?」
「兵とは、本質的に消耗されることを前提としたものです。
軍とは、最終的な勝利を導くために効率的に死者を作る行為です」
「……その案には、反対を申し上げなければいけません。
王都にも報告しましたが、あの迷宮は生命を魔力に変えて成長するという仮説が……」
「存じておりますよ。ええ。
塔の魔女の仮説、もちろん、その報告書は読ませていただきました。
ですがね。
軍人というのは本質的に現実主義者でなければやっていけません。
失礼ながら……その、いるかいないのかわからない、おとぎ話の登場人物のような……何千年だか何万年前から生きている、超絶的に魔力と英知を蓄えている魔女、ですか? そのような人物が、果たして本当に実在しているか……」
しゅん。
「ここに実在していますがなにか?」
「……なに?」
「……魔女……さん?」
「予告なしの乱入、失礼する。
なに……ちょいと、このわたしが施した術式にちょっかいを出した不届き物がいてな……。
その無礼な魔法使いに、お灸をすえに来ただけのことだ」
「あ……あなたは……」
「王国の軍人とやら、お前にもはなしたいことが若干、あるのだが……それは、後回しにする。
先に……この悪戯好きの若者たちに、お仕置きをしなくてはならない。
さて……自信過剰な木っ端魔法使いたち……。
なにか、今のうちに弁明すべきことは……ある、かしら……」
「………………………………なに……」
「………………………………馬鹿な……」
「………………………………迷宮なんかよりも……」
「………………………………よほど、大きい……」
「………………………………燦然たる……」
「………………………………膨大な、魔力……」
「……あらぁ?
二人して、ガタガタ震えちゃって……ひょっとして、なにもお仕置きしないうちに、壊れちゃった?」
「この二人が……なにか、やったのですか?」
「うん。
軍は、本当に知らなかったみたいね。ま、それが芝居かどうか、調べればすぐにわかるけど……。
さて、若いお二人さん。
申し開きをする気がないのなら……一方的に断罪をするだけ……」
しゅん。
「あはははははははははは」
パシンッ!
「正気にかえれ!」
「って!
って、あれ?
あー!
なんか全身が、虫くさいー!」
「それ、この二人があんたをいじったせいだから。
罰として……死なない程度に、血を吸っていいわよ。眷属化もなしで、女の方から先に」
「マジで!
いっただきまーす」